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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
裏色の夏祭り
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 月乃をつつじちゃんと呼んだ男は、相変わらず私を視界に入れることなく真っ直ぐに月乃………なぜか彼女を(つつじ)だと思い込んでいるが………を見ている。

 突然の事に怪異達も月乃も何も言えなかったが、男はそれを困惑だと受け取ったらしい。

困惑しているは正解であったが、私達の困惑とはまた違った『困惑』として受け取ったらしいのが男の言葉で分かった。


「なに、バレてへん思うとったん?」


 あくまで男の中では月乃が(つつじ)で私が月乃らしい。

小馬鹿にするような声で言う男は酷く滑稽だ。


「まさか面をしてるのをええ事に入れ替わるなんて思てへんかった。そやけど、仕込みをしといてよかった。ちゃちな仕掛けくらい、すぐに見抜けたで。」


 何がどうしてそうなったのかは知らないが、ニヤニヤと言う効果音が似合う男は酷く性格が捻じ曲がっていそうだと私の直感が告げていた。

そしてここまで来ると冷静を取り戻してきたらしい怪異達も、どこか白けた目で男を見ている。

 まぁ、ここまで深読みして何もあっていないとなると相手を舐め始めてしまうのは心理状仕方がないだろう。

その油断が命取りになりかねないと言うのに。


「さぁ、お話はこないなもんにしとこか。此雅夜君達を引き渡すかワシと一緒に此雅夜君達を迎えに行くか、決めてええわぁ。つつじちゃん。」


 ねっとりとまとわり付くような低い声が月乃に降りかかる。

本来なら私に贈られるはずだったその声は中々に迫力があった。

 さっきまで随分と低かった警戒心が急激に跳ね上がる。

 思っていたよりは間抜けそうだが、思っていたよりもタチが悪そうだな。

男が言ったのは二人を引き渡すのが嫌なら今ここで私達を捕まえて人質にする、と言う脅し以外の何者でもなかった。

 思わず前にいたフェレスに視線を合わせる。

それを男は見ていたのだろう。

 初めて(月乃)に目を向けた。


「あー、あんたはこの前会ったなぁ。用があるのんはつつじちゃんだけや。あんたらは帰ってええわぁ。」


 そう言うとまたすぐに月乃(つつじ)に視線を戻す。

(つつじ)の何を警戒しているのか知らないが、ある意味好都合かもしれない。


「つつじっ!」


 私はなるべく月乃を意識して()()に飛びつく。

月乃は珍しく察し良く合わせてくれた。


「わ、わたしは大丈夫だから、先に帰ってて。」

「でも…っ!」

「………!だいじょうぶ。先に帰ってて。」

「わ、わかった……。」


 おずおずと月乃から離れ、怪異達の方を見る。

三人にはできれば二、一で分かれてほしい。

私の方に一人、月乃の方に二人。

これが私が考えうるベストな陣形だ。

 明らかに私と勘違いされている月乃が一番危ないのでフェレスと月乃を一緒にしておきたいな。


「つつじ、大丈夫なんだな?」

「うん。大丈夫。」

「分かった。じゃあ俺は先に月乃と帰る。」

「僕はつつじが心配だから残るね。」

「ふん。つつじのためではありませんが、わたくしも残って差し上げますわ。あんまり遅くなると月乃様に心配をおかけしますもの!」


 三人ともうまく演技をしてくれたおかげで向こうからすれば割と自然に分かれる算段はついた。

次は出口の処理。


「言うたやろ?ワシば用あるのんはつつじちゃんだけや。他に用はあらへん。」

「僕はつつじを守るのが仕事だからね。」

「わたくしの仕事は月乃様を粗末に扱った無礼者に目に物見せる事ですもの。」


 フェレスとメリーさんが月乃の前と後ろを陣取り、今にも一触即発といった雰囲気の中、私とあかねは出口に向かって走る。

 早く動かなければ、いつ時間切れになるか分からない。

急がなければ。


「………おい、つつじ。このあとどうする気だ?」

「ちょっと、まって、はしりながら、むり。」


 走りながら話すなんて言う事は私の体力が許さない。

横から呆れ切った目線が見え隠れしているが、本当に今はそれどころじゃない。

肺が終わっている。

まだそんなに走っていないはずなのに。

なんとか出口の行燈がある場所まで辿り着く頃には肩で息をしていた。

 しかしあかねは容赦なく話を再開する。


「次は絡繰を解けっつってたな。解き方わかるか?」

「ちょ、ちょっと、まって、」

「早くしねぇと月乃が危ねぇんだ。早くしろ。」


 せっかちだがもっともなあかねの言葉に私は無理やり息を吸い込んで言葉を絞り出す。


「ちょ、うち、」

「ちょうち?」

「ん。ちょう、ち」

「んちょ?」

「……………。」


 私は黙って指で上を指すと、流石にあかねも気づいたらしく提灯か、と納得の声を漏らしている。

私はまだ息を整えていた。

 ようやく話せる程度の余裕ができた時にはすでにあかねが提灯の裏を覗き込んでいる。

先ほどは提灯の裏を見るだけでも一苦労だったが、背が高いあかねは手を伸ばせば提灯に手が届くため簡単に確認する事ができた。


「辰、蛇、羊、朱雀、牛、猪、虎、白虎、兎、鳥、鼠、玄武、猿、馬、犬、青龍だな。」


 あかねの言葉を聞きながら私は行燈の周りにある見えない壁を指で叩いて行く。

音が鳴らない場所がほとんどな中、コツン、と言う音がする場所が見つかったのでそこを中心に周りも突く。

 すぐにちりん、と音がなる場所が三ヶ所、先程こつん、と鳴った場所と合わせて計四ヶ所。

今度はこつんとなる方が北らしい。


「ヒガンさんが言うには、ここの音がなる場所が北で、方角を表してるらしい。」

「ああ、だから干支と四神なのか。」


 絡繰を説明するとすぐにあかねが壁を物色し始める。

最初から方角やらなんやらを理解しているあかねがいるおかげで私が解くよりも早く解き終わりそうだ。

 私は次の行動に出ようと考え始めたが、そううまくはいかないようだ。


「つつじ!本当にこれ合ってんのか!?」

「ヒガンさんはそうやっていってたけど。」

「方角を合わせてもダメだぞ。」


 あかねはもう一度干支と四神に対応するらしい方角を指で叩いていく。

しかし、ヒガンさんがやった時のように壁が消える事はなかった。


「うーん……?」

「本当に解き方合ってんのか?」

「同じなら合ってるはずなんだけど。」


 あかねが方角を間違えている可能性もあるにはあるが、何度も確認してやり直しているあかねを見る限り間違っているようには思えない。

となるとやはり解き方に問題があるのだろうが……。


「もしかして四神が違うのか?」

「どうして?」

「こいつらだけ干支三つの間に挟まってんだよ。」

「あー、それを言うなら干支も三つずつだよね。」


 干支が三つ、四神が一つ。

これが四回繰り返される事で一つの円を作っている。

 確かに、ただ方角を示すだけならば干支だけでも十分な上に規則的に干支と四神を配置する必要はない。

つまり、何かのヒントである可能性が高い。

 ヒガンさんは何か言っていただろうか……。


「あ。」

「どうした。」

「四神の強さかも。」


 確かヒガンさんの四神講座で強さの順番がどうのと言っていた気がする。


「その強さがどうしたんだ?」

「強さ順に三つの方角を入れてくんじゃない?」

「ああ?………あー………、まぁ、やってみるか。」


 ヒガンさんが四神の強さについても講座していた事を思い出した私はとりあえずあかねに適当な指示を出す。

 その間に私は月乃達を置いてきた方向を観察する。

もし月乃が月乃だとバレてしまったらこちらにも人が来るだろうから、何か異変はないかとできうる限り神経を向けていた。

 その間にもあかねは小さく方角を口にしながらトントンと壁に触れていく。



「玄武が最初で、東、西、北。次が青龍で西、南、西。白虎……北、北、東か。」


 あかねは提灯の裏を覗き込みながらちりんちりんと指を叩いていく。

ちりん、と最後の一音が聞こえると、あかねはもう一度()()()()()()()に手を近づけた。

 空を切ったその手を見て、私は用意していたものを思い切り引いた。

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