107
「まず、先ほどはヒガンと一緒にせんぼんびきの屋台に向かいましたの。でも、途中で小汚い面をつけた不届き者どもが襲いかかって来ましたわ。返り討ちにするつもりだったのですが、不届き者がベラベラとあちらの計画を話しましたの。」
「だから戻って来たの?」
「そうですわ!」
「じゃあ、その計画っていうのは?」
「それで、絡繰だけじゃ無く、出口に回数制限をつけられたから他の出口探さないといけないんだよね?出口は見つかってるの。」
「ああ、ヒガンが予備に目星つけてた出口に今向かってんだ。」
「でも確実に実家の人間と絡繰がある、と。」
「そうだ。だからあいつらをどうにかしつつ絡繰を解かなきゃなんねぇ。」
「そっちの出口に回数制限は?」
「ない。代わりにそこから出る時は絶対に一人で目を瞑って出なきゃなんねぇらしい。」
「つまり?何をすると出れなくなるの。」
「誰かが体に触れたり何かが充満してたりすると出られねぇんだと。」
月乃とメリーさんがほのぼのと小学校の授業のような話をする横で、こちらは闇取引のような治安が悪そうな温度で会話をしていた。
どうしてこうも温度差があるのかと言えば、月乃に現状を伝えるのに苦労したためである。
普段であれば説明の時間を惜しむことはないのだが、今回ばかりは時間の勝負になりそうなので役割分担をした。
まずメリーさんが月乃に実家の事を説明し、その後現状についての説明をする。
その間に私とフェレスはあかねから現状についての聞き、どうやって安全に帰るのかという策を練る、と言う分担だ。
「回数制限がブラフな可能性はないの?」
「ぶらふってなんだ?」
「気を引くための嘘の事だね。」
「ヒガンはマジだっつってた。まぁ、もし仮にぶらふってやつだとしても俺はさわんねぇけど。」
「なんで?」
「回数制限を破ったら強制的に引かれるらしいからな。」
「あー、なるほどね……。」
「ちょっと待って、‘引かれる’って何?」
黙って二人の会話を聞いていたが、急に怪異用語が入ってきて意味がわからなくなって来たので口を挟んで説明を要求する。
引かれるというと、なんと無く怪談なんかで出て来そうなものだが、同じ解釈でいいのかがわからない。
私の要望にあかねの上に乗っているフェレスが私を見下ろすような形で説明をしてくれた。
「‘引かれる’っていうのは色々と便利な言葉だから色々と意味があるんだけど、大抵の場合は血縁者とかの繋がりが深い者の事だね。その繋がりが引かれて近くに行っちゃう事。」
要は血縁者の近くに自然と引き寄せられてしまうという事だろう。
なるほど血縁との関係が最悪であろうあかねが触れたがらないわけだ。
シガンさんとヒガンさんが同時に出たのも頷ける。
「シガンさん達、一緒に出てなかったっけ?」
「ああ、触れてるのが血縁者かつ怪異だったからじゃねえの?詳しくは知らねぇけど。」
「どっちにしても実家の人達にっとては大分都合がいいね。」
「だからやったんだろ。ただ、一回は出られるってゲロってくれたおかげでアイツらは出れたからそれも無駄だけどな。」
「でも妙だね。」
「うん、変だよね。」
フェレスも私と同じ事を考えているようで、あかねの飾りがじゃらじゃらとついた頭の上のフェレスと目が合った気がする。
ただあかねは分かっていないようで、何がだよ、とフェレスに聞いていた。
さっさと教えればいいものを、おかしいでしょ、と言って勿体ぶるフェレスに苛立ったあかねが片手でフェレスを掴んで握り潰そうとしたあたりで止めに入る。
「そんなもんにしといてよ。説明してあげるから。」
「釈然としねぇ。」
不機嫌そうなあかねからフェレスを引き取り浴衣の帯に扇子と一緒に差しこみながら‘妙’な事を説明した。
「だってさ、回数制限をつけれるんなら最初から出られないようにすればいいでしょ。」
「そりゃあ、力量が足りなかったんじゃねぇのか?絡繰だって力量不足で単純な仕組みになってたんだろ。そんな奴らが回数制限なんて高度そうなもんを使えると思うか?」
「確かにそうだね。でも、力量が足りなくても回数制限さえつければその回数分減らす事はできるでしょ。」
完全に回数制限をなくして閉じ込める事はできずとも、自分で自分のかけた回数を消費する事はできる。
なんせ向こうは‘一族’。
人なんていくらでもいるだろう。
「………確かに妙だな。」
「察するに、私達の方が今回の本命かな。」
蒋を射んとする者はまず馬を射よ、というやつだ。
邪魔をする私達を先に消しておこうという魂胆だろう。
だから先に障壁となる二人をここから出して邪魔をされない舞台を整えた。
「となると、まだなんかあるよな。」
「それなんだけどさー、僕もう一個気になることがあって………って言ってる間になんかいるね。」
途中で言葉を止めたフェレスの声に、私は考え事を中断して顔を上げる。
その瞬間、私の頭には映像が流れ、顔を上げた先に何があるのか理解するよりも前に差し替えられたような具合で視界を流れていく。
【幾つもの目が私達の周りをぐるりと取り囲んでいる。提灯の灯りで十分に明るいはずなのにどこか暗いその空間に浮かんでいるのは目だけではない。その一つ一つは全て本物の目では無く、作り物。安っぽいものから高価そうな物まで、大量の面、面、面。その中で一際異彩を放っているのは白と牡丹色の小さな花が描かれた鬼の面。女性がつけるような面の装飾にも関わらず、それを着けているのはおそらく男性。その人の動きを、私は見逃さない。少し前にいる月乃の方へ駆け、その背中から押さえ込む。】
目の前の映像が予知夢から変わりきる前に、私の体は動き始めていた。
一歩踏み出す拍子に付けたままにしていた簪が落ちるが、気にせずに月乃の背中に体重をかける。
グェッと潰れかけの蛙のような声が聞こえたが、気にせずに月乃ごと伏せた。
その瞬間、何かが髪先を切ったのが分かった。
「えらい勘のいいようやなぁ。」
伏せたまま顔を上げると、夢で見た花のお面の男性を中心にズラリと並ぶお面が見えた。
やけに鼻につく京都弁を発したのは中心の男性のようだ。
「これが実家の人間?」
「そうですわ。」
気づけば私と月乃の前にはフェレスとメリーさんが立っていて、後ろにはあかねも待機している。
今回の夢は月乃とシガンさん以外全員に伝えてあるため、三人とも混乱なく動けたのだろう。
ただ冷静かと言われればそうではなく、月乃を狙われたあかねとメリーさんの顔は怖いことになっているが、それ以外は想定通りだった。
「実家ぁ?一緒にすんな。ワシは本家の者や。」
京都弁に関西弁が混ざった男は、おそらくお面の下で嫌な顔をしているのであろう声で言った。
「まぁ今は訳あって分家におるけど。それより、此雅夜君達を連れてこいって言われてんのにあんたら邪魔ばっかりしな。そやさかい、ちょいお話ししよか。」
なんと無く胡散臭い男は、ずっと月乃のほうを見て話をしているように見える。
そしてどこまでも怪しい。
話し合いなんてする気はない布陣をしている上に、こちらはまだ出口も確保できていないというのに、ここまで囲まれていてはどうしようもない。
私は立ち上がりながらさりげなく周りを観察する。
どうやら囲まれているようだ。
人数までは分からないが、フェレスなら人数から配置まで把握できているはず。
まずは出口に辿り着くことを優先するべきだろう。
シガンさんが持っていた時計がない今、時間が怖い。
「あんたらはあいつらを引き渡すだけでええ。そないしたら今すぐここから出られるし、当分あんたらに関わる事はあらへん。これが最終警告や。」
「断る。」
打算も何もなく、反射的に答えたが男は私の方を向く事はなく、ただ月乃を見ていた。
まるでこちらの事など意識の外のようだ。
一応シガンさんの義妹に当たる私ではなく、月乃の判断を重要視するらしい。
それに気づいた月乃を除くこちらの面子は静かに成り行きを見守る。
月乃は自分が答えるべきだと悟ったらしい。
「嫌だ!シガンさん達を連れて行ってどうする気!?」
「どうもしいひんよ。ただ風習に従うてもらうだけや。きみは多少知ってんやろう?つつじちゃん。」
つつじちゃん、と男が声をかけた方にいるのは、やはり私ではなく月乃の方だった。