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「ねぇ、フェレス、本気なの?」
自宅のリビング。
私は真剣にフェレスと会議をしていた。
「つつじも大概しつこいよねぇ。本気も何も、決定事項だから。
諦めて。」
「だからって、なんでわざわざ私の家なの?
そこらへんの公園でいいじゃ」
「つつじを夜に一人にするとうるさいじゃん。」
「御配慮いただき誠にありがとうございます。」
「なんか、阿呆なことやってんな、お前ら。」
「うぉえぁい!?」
バッとリビングから廊下につながる扉の方を見ると、派手な着物を着た妖狐が立っていた。
本当に来やがった。
私が妖狐の来訪予定を聞いたのは、先生方が書庫から去ったあとの書庫。
突然フェレスが言い出したのだ。
「あ、そういえば今日妖狐くるからよろしく。」
『今日友達くるから』みたいなノリで。
当然私の頭はフリーズした。
そしてフェレスを問いただした。
怪異を家に呼ぶってどういう神経をしているのか。
ワンチャン私が死ぬぞ?
そもそも会ってどうするんだ。
そしてどうやって接触したんだ。
フェレスからは、
「ほら、女の子、月乃ちゃんって言ったかな?
あの子、本当に怪異が見えてないみたいなんだよねぇ。
それだけじゃなく、他の怪異も月乃ちゃんには寄っていかなかったんだよ。
それにあの怪異が関わってるんなら話聞くしかないよねっ」
最後の「ねっ」が非常に癇に障った。
私はもちろん怪異になんて会いたくないので全力で止めた。
だが、フェレスはゆずらなかった。
そのまま水掛論になって話していたところに妖狐が来た、と言うわけだった。
ちなみに、この会話の間に三回くらい電話が来た。
「阿呆とは失礼だね。
そんなことより、さっさと説明してくれないかな。」
フェレスは手首しかないので感情を読み取りずらい。が。
明らかに声が冷たい。
さっきまで私と話していた時とは全く違う声。
「そう怒んなよ。
言われなくても話す。」
妖狐は意に介した様子はない。
部屋の中に入ってきたかと思えば、悠々とソファに腰をかけた。
正直私はこの二人(?)の会話なんて聞きたくはない。
どちらかが不機嫌になったりするだけで私の胃がやられる。
主に私の安否の心配で。
「私お茶とってくるね。」
「お前ほんと肝座ってるよな。」
心外だ。
私は少しでもこの二人の会話の間に居たくないだけだ。
あと本当に喉が渇いた。
緊張すると喉が渇く、と言うやつだろうか。
リビングの一角にあるキッチンに向かい、壁に取り付けてある棚からコップを取り出す。
一応妖狐の分も用意してやるか。
思い立ってもう一つ適当なコップを手にとって置く。
片方には水、もう片方には緑茶を入れてリビングの机まで戻る。
二人は私を気遣ってなのかなんなのか、まだ話し始めてはいない。
頼むからさっさと終わらせてくれ。
そう願いながら妖狐の前の冬にこたつになるタイプのローテーブルに緑茶のコップを置く。
自分の分は座りながら目の前に置く。
「俺の分もあるのか。」
「いらなかった?」
「いや……」
余計なことをしただろうか。
「いや、水でよかったのになと。」
いい笑顔で言われるととてもムカつく。
私がお茶より水派なので普段は水しか常備していないからきを使って茶を出しただけに余計。
「で、話を戻すけど、なんで月乃ちゃんは『特別』なの?」
妖狐は質問には答えず、お茶を一口のみ、顔をフェレスに向けた。
その表情はさっきまでとどこか違う気がした。
「月乃に、術をかけただけだ。」
妖狐の声に、顔に、仕草に、感情は載っていないように見えた。
術って、なんだろうか。
「そんな術があるはずがないから聞いているんだ。
そんなものがあれば、この世に能力持ちは存在していない。」
フェレスは責任感からなのか、能力持ちとなった人間が命を脅かされることを嫌う。
要は、優しいのだ。
だからこそ、いろいろと気にしているのだろうか。
「この術は、代々俺の一族に伝わる術だ。妖狐と呼ばれる妖の中でも限られた一族にしか使えない術の一つ。
まさか使うことになるとは思わなかったが。」
「失礼だけど、君はそんなに由緒ある妖に見えない。
せいぜいはぐれ狐ってとこだ。」
フェレスの本当に失礼で無遠慮な質問に、妖狐は“薄く笑って”応えた。
苦すぎる笑みだった。