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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
裏色の夏祭り
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しばらく頭上のフェレスの指示に従って歩いているが、灯りになりそうな物が売っている屋台どころか屋台自体が無い細く暗い道が大量の分かれ道と共に続いているだけで人気が無い。

 あの人達ならまず選ばないであろう道。

本当にこの先にいるのだろうか。

フェレスを疑うわけでは無いが、それでもやはり不安になるものはなるのだ。


「次、そこの角を右に行ったらすぐだよ。」


頭上から聞こえてくる言葉に頷き角を曲がると、さっきまで路地裏のようだったのが嘘のように開けた場所に出た。

屋台の代わりに大きな物見櫓(ものみやぐら)が立ち並び、大きな街路樹のように道の脇で存在感を放っている。

その大通りのような道の片隅に赤と青の浴衣の集まりが見えた。

 不安は要らなかったようだ。


「おう、つつじ。絡繰(型抜き)やれたか?」


 周囲を警戒していたのか、真っ先にこちらに気づいたヒガンさんがいつもの笑みを浮かべて全く覚えのない事を言った。

 近くに月乃やシガンさんがいる事を気にしているのだろう。

何を言いたいのか察したが、いきなりはやめてほしい。

本気でなんだっけ?と思ってしまった。


見つけました(やれましたけど)けど解けません(できません)でした。」


 一瞬湧いた戸惑いを圧縮して、同じように話を合わせて返せばヒガンさんは即座に理解してくれたようで少し不機嫌そうに目を細めた。

 絡繰を解けなかった私達に対し不機嫌なのか、面倒な事をしてくれる実家に対する不機嫌なのかは分からないが、前者の場合が脳裏をよぎり指先が凍ったように冷え、体が固まる。


「つつじ?どないしたん?」

 

 ヒガンさんの隣にいたシガンさんが固まっている私に気づき、お面越しに訝しむような声を出した。

それに続く形で他の者も口々に私の体調を心配し出してしまう。


「お前、祭りの前顔色悪かっただろ。」

「時々変な所を見ていましたわ。」

「一旦休憩する?座る?」

「つつじ、大丈夫?」


 冷静に私の顔色や行動を観察していたらしいあかねとメリーさん、ただただ慌てている月乃、どうしていいのか分からないといった様子のフェレスが器用に私の顔を覗き込んでいる。

 お面をしているので顔は見えていないはずだが、どうにも居心地が悪い。

ただちょっとヒガンさんの不機嫌の矛先が私だったらどうしようかと肝を冷やしていただけだというのに、こうも大事のようにされては堪らない。


「大丈夫だよ。ちょっと眠いだけ。」

「あ〜、つつじいっつも寝るの早いもんね。」


 月乃がほっとしたような声であっさりと私の言葉を信じ、その流れでいらない事まで付け足した。


「寝るの早くいのに起きるのはおっそいんだよ!あれなんでー?」

「つつじの場合、早朝に起きてるんだけど休みの日は二度寝三度寝してるんだよ。」

「堕落し切ったおばあちゃんですわ。」


 メリーさんの言葉にバイクで爆走する高齢女性が思い浮かんだが何も考えなかった事にしてそっとヒガンさんを伺う。

 なんとかしてヒガンさんと相談がしたいが、この状況では難しいだろう。

どうにかして情報交換をしたい。


「そう言えば、ここってスマホ使えるんですか?」


 私は浴衣の袂に入っている文明の利器を思い出す。

それなりの重みを感じさせるその機械をこの広い場所で使うことができればヒガンさんとの連絡が容易になる。

 そんな期待が滲みきった質問だったのだが、あっさりとシガンさんにより落胆に染め替えられた。


「使えるけどやめといた方がええで。こないなとこは変なとこに繋がるからな。」


 私はそっと文明の利器を袂にしまった。

 ‘変なとこ’というのは間違いなく怪異関係だろう。

怪異に繋がるリスクを取ってまで連絡をしなければならない様な状況でしかスマホは使えないか。


「ヒガン、スマホもっとったか?」

「持ってへんで!」


 元気よく答えたヒガンさんは無邪気にふよふよと浮き始めた。

スマホ無しで普段どうやって連絡を取り合っているのか気になる所だが、今はそんな事をしている場合ではない。

 私は宙を漂っているヒガンさんを見て、考える。

どうしたらシガンさん達に何も悟らせず、ヒガンさんを連れ出せるだろうか。

ヒガンさんを連れ出せたとして、フェレスをここに置いていかなければならない。

もしもの時、シガンさん以外で物理的解決が可能で実家の人間に勝てる可能性があるのは、ヒガンさんを除くとフェレスだけだから。

 あかねやメリーさんも強いはずだが、あの人達の実家は怪異に‘慣れている’。

絡繰が仕掛けられていた以上(ここ)にはいないはずだが、念には念を。

もしもの時即座に対処できるか否かは重要だ。

そしてその‘もしもの時’にあかねとメリーさん、シガンさんに頼り切りになるのは怖い。

‘確実に’勝てるヒガンさんかフェレスがいた方が安心だろう。

 そこまで考えたところで私はまだ頭に乗っているフェレスを両手で掴み、目の前に持ってくる。

そして目線であかね達と楽しそうに雑談している月乃の方を見る。

 ヒガンさんが浮いたままシガンさんに纏わりついて目を引いてくれているお陰でシガンさんに目だけの密談がバレる事も無かった。


「ねぇ、僕もう一回千本引きやりたい!」

「千本引きなんてあったの!?」

「最初にシガン達とやったの。ね、シガン、僕あれもう一回やりたい!」


 千本引きで上手く月乃の興味を引いたフェレスは流れでシガンさんまで会話に巻き込む。


「あったな。もう一回出来るかは分からんけど、ええんか?」

「いいよ!月乃ちゃんもやりたいでしょ?」

「うん!やりたい!」

「わたくしもやってみたいですわ!えーと、ハリセンボン!」

「千本引きだろ、この馬鹿人形。」

「あかね、今何と言いましたの!?」


 短い会話で即座に喧嘩を始めたあかねとメリーさんは顔を突き合わせて言い合いを始めた。

そこに月乃が割って入り、(おそらく)笑顔で宥める。

息のあった会話は年齢がバラバラにも関わらず同い年の子供同士の様に見えた。

 にしても、普段と何ら変わらず下らない喧嘩なのに、毎度毎度きちんと止めに入る月乃もマメだなぁ。

 どこか感心しながら三人のやり取りを傍観していたら、また体調が悪いのかと言われた。


「別に体調悪くないですよ。でも、私は千本引きはもう良いです。」

「さよか。んならどっかで休憩でもするか?」

「おれ良いとこ知ってんでー!」

「ですから体調は…。」

「行くで、つつじ〜。」

「じゃあ俺らは千本引き行くで。」


 シガンさんと反対方向に向かうヒガンさんの背を追いながら、私はほっと息を吐く。

上手く別れる事ができた事に対する安堵だ。

 問題は何一つとして片付いてはいないが、とりあえず一歩前進としよう。


「出口の場所、覚えとるか?」


 騒がしい月乃達の声が全く聞こえなくなった頃、いつのまにか横に並んでいたヒガンさんが普段通りの笑みを浮かべながら聞いた。


「道は覚えていますが……。」


 正直、自信はない。

ただでさえ違和感が大きく覚えにくい道ばかりなのだ。

同じ道を通ったとしても全く別の道に辿り着いてしまいそうな感じがして、どうにも道順がはっきりしない。


「ただただ来た道を戻るだけならできます。」

「十分や。」


 ヒガンさんは一つ頷いた後、出口や絡繰の様子についても聞いてきたのでそれに答えながら来た道を戻っていく。

その間にヒガンさんがシガンさん達に合流した後の話も聞かせてもらった。

 どうやらあかねとメリーさんには絡繰の事を伝えたらしく、月乃とシガンさんだけが何も知らない状態らしい。


「まぁ、賢明な判断でしょう。月乃に言えばバレるでしょうし。」

「せやな。あと、あの子はあんまし実家と関わらせん方がええ。」

「………親族では無いからですか?」


 ヒガンさんは笑みを深めるだけで肯定とも否定とも取れない返事をした。

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