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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
裏色の夏祭り
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「ここで提灯の影が無くなったね。」


 私とフェレスは白く光る提灯に従い、十分ほど歩いた場所で立ち往生していた。

路地裏の様な細い道を歩き続けて辿り着いたのは小さな正方形の空間で、そこが行き止まり。

道以外の場所は何かの建物の壁で囲われており、窮屈な印象を与える。

 そして、最も注目すべきは正方形の中心部。

そこには真珠色の木と紙でできた行燈(あんどん)が鎮座していた。

 やけに迫力のあるそれは、紙の部分に 達筆な筆文字で一文字書いてあるが達筆すぎて私には何かの記号にしか見えない。


「これだよね、出口。」

「そうっぽいけど……。フェレス、ここから先、進めそう?」


 私は自分の目の前の空間に手を当てながら聞く。

浴衣の袖がひらひらと揺れて邪魔だった。


「う〜ん、なんか、跳ね返されるね。」

「多分これが絡繰(からくり)なのかな。」


 私とフェレスが立ち往生する要因となっていたのは、この見えない壁だ。

おそらくはヒガンさんが言っていた絡繰箱によるものだろう。

 私とフェレスは正方形の中に入れてはいなかった。

その手前、道と正方形の接する境界線に、私とフェレスは立っている。

 そこに見えない壁があり、私とフェレスの足を止めさせていた。


「ヒガンさんの予想は正しかったって事になるけど、これどうすれば良いの?」

「僕に言われても困るんだけど……。一応出口は全部確認した方がいいんじゃ無い?もし他が空いてればよし、空いてなければどっかをこじ開ける。」


 果たしてこじ開けられるのだろうか。


「そういえば、この絡繰ってどうやったら開くのか分かる?」


 ふと私は目の前の絡繰に目を向ける。

他の出口を回らずとも、ここが通れる様になれば解決なのだ。

別に歩くのが面倒くさいとか下駄が歩きにくくてもう歩きたく無いわけでは無い。

断じてない。


「ん〜、単純なからくりだと思うけど、特定は出来ないかな。」


 フェレスは自分の()をベッタリと壁につけ、何やら探っている。

あれで何が分かるのか私にはさっぱりだが、フェレスには情報が入ってきている様だった。

 私はフェレスの解析が終わるまで大人しく涼しい風を受けて待つ。

涼しいと言うよりはじわじわと体を冷やしていく薄寒い風だが。


「決まった手順でこの壁に触るみたい。」

「壁に?」

「あと上の提灯。」


 そう言ってフェレスが指差したのは頭上に吊り下がっている赤い提灯。


「あれがどうかしたの?」

「あれがヒント。」


 まるで答えを知っているかの様にフェレスはヒントだと言った。

 ヒントと聞いて改めて頭上の提灯を眺めてみるが、薄暗い中でぼんやりと光る提灯は絶妙に見づらい。

見たいところが光と暗がりでぼやけてしまっている。


「あんまり良く見えない。」

「そうだね。」

「というかさ、わざわざヒント残す必要ないよね。」


 自分達で絡繰を仕掛け、その上でヒントまで与える必要は無いだろう。

むしろ何かの罠では無いかと勘繰ってしまう。


「このからくりっていうのは随分とフェアネスらしくてね。からくりはその場にある情報だけで解ける様にしないとからくりばこが使えないみたい。」

「そこまで分かってるなら答え分かんないの?」

「分かるわけないでしょ。分かったらからくりばこチョロすぎるよ。」


 触れるだけでよくもここまでというほどの情報を集めた癖に肝心の答えは分からないと答えたフェレスを温度の低い目で見るも効果は無い。

若干馬鹿にするように言ったフェレスを視界から外し、私はもう一度顔を上げて提灯を見る。

 そこにはただ一列に並ぶ赤い灯が連なるだけだ。

裏夏祭り(ここ)に来てから幾度も見た赤い提灯は絡繰など知るわけもなく、風に揺られて私を見下ろしている。


「なんか、よく見たら提灯の底に模様がある気がする。」

「本当だ。暗くてよく見えないけど、あれがヒントかな?」


 私よりも身長()が低いフェレスは気づいていなかったが、提灯の一つの底に何かが彫ってある。

もっとよく見るため、フェレスを頭に乗せ、なるべく近くで見てもらうことにした。


「う〜ん?すごい見にくい。」

「手で持ち上げようか?」

「そうだね、その方が見やすそう。」


 返事を受け取ってからフェレスの手首あたりを両手で頭上の提灯に向けて持ち上げる。

妙にずっしりとした質量を感じた。

やはり、人体というのは見かけによらず重いらしい。


「なんか怖い事考えてない?」

「フェレスの体の方が怖いから大丈夫でしょ。」


 私が想像していたのは動かない人体の一部だ。

手がぴこぴこ歩いている事よりも恐怖は少ないはず。


「あ!動物だ!」

「動物?」

「うん。木彫りの動物。数とか種類はよく分かんない。」

「分かった。一回降ろすね。」


 少し腕が痛くなって来たのでフェレスを胸の高さまで降ろした。


「つつじ、もうちょっと腕力つけた方がいいよ。手、ガックガクじゃん。」

「いや、まだプルプルで済んでるから。」

「どっちにしろダメじゃ無い?」


 フェレスの小言は無視して私はまた目線を上げて提灯を見た。

フェレスに動物が彫ってあると聞いてから提灯の底を見ると、ぼんやりとしていた形が少しだけはっきりとした気がする。

 影のようになっている動物の輪郭は、計十六個。

そのうち四つは他と違って見えるのでおそらく十二個、動物がいる。

これはもう、あれしか無いだろう。


「干支かな。」

「えとって、あれ?ネズミとかウサギとかの。」

「そうだね。十二の動物が並んでるやつ。」


 あまり日本文化に馴染みのないらしいフェレスは干支に詳しくは無さそうだ。

かくいう私も、別に詳しいわけではない。

せいぜい十二の動物を覚えているだけで、それに対応する時間や方角までは覚えていない。


「動物の名前分かる?」

「えーと、見える範囲で上から順番にさる、ネズミ、ヘビ、キメラ、ヒツジ、うま、キメラ?だったかな。」


見える範囲だけで干支ではなさそうなものが二つも出てきてしまった。

フェレスによるとこれが他とは彫り方が異なる模様らしい野で干支という説は崩さなくても済みそうだが……。


「キメラって?」

「かめとヘビのキメラと、なんか見た事ない鳥。」

「鳥の方は名前分かんないだけかもしれないけど、亀と蛇?」


動物も半分も特定出来ていない。

キメラ云々は一旦置いておいて、まずは動物の特定からか。


「フェレス、どうしたら見える?」

「暗くて見えないから、明るくなれば。」


今この場にある明かりは提灯のみだが、その提灯の裏側までは提灯の明かりが届かない。

そこを上手く照らす事が出来れば動物が分かるだろうか。

 今この場にある唯一の灯りは赤い祭り提灯だけだ。

さっきまで道案内に使っていた白い提灯は役割を果たすと同時に消えてしまっていた。

それなりに高い位置に下げられている祭り提灯を取るのは難しい。

 となれば選択は一つ。


「一旦諦めようか。」

「いっそ清々しいね。」

「ヒントが見えないんじゃ仕方ないでしょ。灯り探しつつヒガンさんに合流してもいいし。」


 ヒガンさんなら干支に関する知識が私よりもありそうだし、キメラの事も知っているかもしれない。


「月乃ちゃん達の方は大丈夫そうだって伝えないといけないしね。」

「だね。絡繰があったって事は多分もう(ここ)にいないだろうから。」


 絡繰を発見した事も報告したい。

全会一致で合流に決まった。


「じゃあ行こうか。」

「そうだね。」


 途中で灯りを売っている屋台がないか探しつつ、フェレスを頭に乗せて来た道を戻る。

来た時と同じ道のはずなのだが、どこかで違和感が働いていた。

そういう場所なのか、ここは通っている最中ですら違和感が仕事をしている。

 どこかから漂ってくる風や屋台の匂い、温度、湿度、時間感覚。

どれもが慣れない何かを纏って違和感を生み出し続けていた。

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