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「あの絡繰はな、箱の中に隠したいもんを入れて、その箱を開けるために行動っちゅう絡繰を解くんや。んで、出口やら道やらを隠す時は見えへん壁みたいなんができる。そん壁は絡繰を解かへんと消えへん。やから、出口側で絡繰を作動させとればもう祭りからは出れとるやろ。」
「つまり、細工が終わっていればこのお祭り内に御実家の方はいらっしゃらないと。」
「さぁな。」
ヒガンさんはまた無表情に戻って返した。
説明はきっちりとしてくれたが、やはり実家の人達には興味がないらしい。
そこからは誰も話すことはなく、各々自分の考えをまとめているようだった。
私も自分の思考を海底まで落としていると、ヒガンさんが立ち止まる。
「ついたで。」
「此処ですか。」
「シガンがいつも出るところなんだよね?」
「此処から出られるんですか。」
「出れんで。」
辿り着いた先は特に何もない空き地のような場所だった。
一応お祭りの範囲内であるらしく頭上には赤い提灯が連なっているが、それ以外はどこにでもありそうな空き地だ。
扉や祠があるわけでも無ければ何か違和感があるわけでもない。
「例年通りなら此処に行燈があんねん。やけど、それが見当たらへんとなると……。」
「絡繰箱の中、ですか。」
「それか出口が変わったかやな。此処に匂いはあらへん。」
ヒクヒクと鼻を動かしながらヒガンさんは空き地の中を歩き回っている。
片手を浴衣の袖に入れて目を瞑り、空き地をぐるりと一周するように歩いていく。
「おん、やっぱし出口変わっとんな。」
「去年までは此処から出れたの?」
「せやな。後でシガンにも出口が変わった事知らせとかんと。」
「あの、一ついいですか?」
私は指をお面越しに顎に当てながらもう片方の手の指で浴衣の裾に触れる。
一つ、最悪のパターンが浮かんだ。
その事に気づいたのか、二人は黙って先を促す。
「御実家の目的は、シガンさんへの接触ですか?」
「………正確にはおれとシガンを連れ戻す事やろうけど……。」
「この前実家の人達と会って、あの人達はお二人には勝てないと判断したんです。でも、今回はこうして妨害を仕掛けてきている。何か、勝算があると思いませんか?」
例え裏の夏祭りにシガンさん達を閉じ込めたとして、二人の身を危険に晒すことはできるが連れ戻すことはできない。
かと言って真正面から挑めば負ける。
そんな状態で妨害などという中途半端なことをするか?
「御実家の方々が勝てないのはシガンさんとヒガンさんではなく、ヒガンさんだけなのでは?」
もしそうならば、邪魔なヒガンさんを妨害対処にあたらせ、その間にシガンさんと接触する事ができる。
その間が、妨害の意図だとしたら?
「シガンのとこに戻るで。」
「分かりました。私とフェレスはどうしましょう。」
「フェレス、お前勝てるか?」
「人間程度なら負けないと思うよ。」
「ほんなら、お前らは出口を探して絡繰がないか確認してき。おれはシガンについとる。出口はそこら辺の屋台のヤツに聞きゃわかる。」
ヒガンさんは言い残すと即座に踵を返して行ってしまった。
残された私とフェレスはとりあえずヒガンさんの指示に従う。
「なんか、思ったより厄介?」
「そうだね。シガンさんにも勝てないと思っていたけど、シガンさんには勝てるっぽいのが一番誤算かも。」
「実家の人間はどこまで知ってるんだろうね?」
「どこまでって?」
「今、僕たちはシガンに情報を伝えてないでしょ?その事は知ってるのかなって。もし知られてたら。」
「狙いがシガンさん一択になるね。」
私達が情報を伝えていないという事は、見捨てているか隠す事で守ろうとしているかの二択だと考えるだろう。
しかし、前者の可能性は即座に消したはずだ。
前者ならばこの前取引をしにきた実家の人達に私がシガンさん達を売っているから。
あの時売らなかった時点で前者の線は完全に消える。
「そういえば、住所が特定されてるかどうかも微妙か。」
「尾行は全部いつはのとこで撒いてたんならわかってないかもしれないよ。」
いまいち相手の持つ情報が分からないが、そもそも何を目的としているのかも私にはよく分からない。
連れ戻したいのであれば裏夏祭りから出さない、なんていう回りくどいどころか連れ戻す事と何が関係しているのかも分からない事をする必要は無いはず。
何か、ヒガンさんから隠されている可能性も視野に入れた方がいいかもしれない。
「つつじ、屋台あるよ。」
「そうだね。此処で聞こうか。____すいません。」
屋台が沢山並ぶ通りまで歩き、適当な屋台の怪異に声をかける。
声をかけたのは、巻物の様な物を売っている女性。
その顔はお面に隠されて見えないが、指が異様に細長くひしゃげた声をしているので間違いなく怪異だろう。
「出口の場所を知りませんか。」
「……………。」
女性は黙ったまま緩慢な動きでギギギ、とその細すぎる指で屋台が並ぶ隙間の細い道を指差した。
「あの先にあるんですか?」
「………………。」
怪異は何も言わずに火のついた真っ白な提灯を手渡してくる。
よく分からないまま提灯を受け取ると、提灯がバカっと口を開けた。
「な、何これ。」
「…………。」
怪異は戸惑う私をよそに緩慢でぎこちのない動きでどこからか紙と筆を出して何かを書き込む。
その後、私の持つ提灯の開いた口に紙を入れ、中の炎で燃やす。
すると、パックリと開いていた口が閉じ、煌々と光るばかりだった提灯の白い紙に矢印の様な影がぼんやりと浮かび上がって見えた。
「これ、影?」
「これに従えば出口に行けますか。」
「………………。」
怪異は無言でゆっくりと頷き、何事も無かったかのように微動だにしなくなった。
どうやら話さない自分の代わりに道案内を用意してくれたらしい。
怪異にお礼を言って、怪異が指差したのと同じ方向を指す提灯に従って歩いていく。
提灯を持つ手に付けていたヨーヨーが揺れて、チャプリと涼しげな音を立てた。
「そういえば、シガン達は大丈夫かな。」
「ああ、そういえばそうだね。でも、シガンさん達の方に実家の人達がいないのであれば絡繰があるはずなんだよ。」
さっきは最悪のパターンを考えたからヒガンさんに伝えたが、ヒガンさんの話では絡繰箱を使ったのであれば使った人間、つまり実家の人達は祭りから出ているはず。
そうしないと自分達までお祭りから出られなくなってしまうのだから。
「もしかしてヒガンに実家の人間達が出れるか聞いてたのってそのため?」
「そうだね。もし絡繰箱を使った人間が自由に出口を使えるのであれば、シガンさん達の方に実家の人達がいるのはほぼ確定な気がしたから。」
まぁ、ほとんど憶測だが。
どこか矛盾があっても、考えついた可能性を言わずに後で後悔するよりはとりあえず行動をしようという思考で、私はヒガンさんに最悪のパターンを伝えた。
だが、絡繰が確認できたらその線は消してもいいと思う。
「つつじって頭で考えてる様に見えて直感だよね、なんか。」
「どっか矛盾あった?」
「矛盾というより、相手の動きが全部予想の範疇っていうのがつつじらしいなって。」
「貶してる?」
確かに全部予想の範囲でしかなく私の話すこと全てに基本確証はない。
ただ、‘あり得そう’な事が直感的に思いついただけ。
そもそも頭の良いフェレスも気づいていた事にしか気づけていない筈だ。
「貶してるわけじゃないよ。ただ、つつじのそういうのは良く当たるでしょ。」
「買い被りすぎだね。」
私はただ思った事を言っただけ。
シガンさんのところに行ったヒガンさんが無駄足になっている可能性だって無いわけではないのだ。
それに、実家の事を最も警戒しているであろうヒガンさんが私がパッと思い付いたことくらい気付けないはずが無い。
あの人が気付かなかったのは、実家の人達の動向に微塵の興味すらないからに他ならなかった。
残酷なまでの興味の無さがヒガンさんの視界を奪っている。
その事実は紛れもなく本物だろう。