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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
裏色の夏祭り
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 ヒガンさんは普段の軽薄な笑みを薄め、普段とは異なる種の笑みを浮かべて籐椅子に座った。


「実家……だからシガンさんから離れたんですか。」

「察しがええな。せや。アイツにバレずに処理したいからな。」


 近くの籐椅子に座りながらヒガンさんの言葉を即座に噛み砕き、とりあえず話を合わせる。

シガンさんにバレたくないのは私も同じであるし、静かにヒガンさんの話を聞く体制に入る。


「人数は分からへんけど、確実に二人はおんな。あと、何かしら細工もしてそうや。何したいんかは分からんけど、気ぃつけや。」

「それ、月乃ちゃん達に言わなくて良いの?」

「月乃ちゃんは顔に出るやろ。どうせシガンと一緒におるんやったらある程度安全やし、あそこはセットにしといた方がアイツも動きにくいはずや。」


 至極当然のように答えるヒガンさんは手で顔の横に付けたお面に触れている。

そのままお面の輪郭をなぞる様に指を動かしていた。


「んで、その細工なんやけど、出来れば先に止めたいんや。」

「止めると言いましても、何をしているか分からないのでは?」


 細工というくらいなのだから、それなりに大掛かりなことをするつもりだろう。

それはそれとして、どんな細工をしようとしているのか分からなければ止めようがない。


「アイツらの考えそうな事と出来そうな事は大抵把握しとる。」

「例えば?」

「此処やったら、間違いなくタイムオーバーやと思うで。」


 タイムオーバー、と何もない宙を見ながら言うヒガンさんは静かに指を立てる。

その指を時計の針の様に時計回りにぐるりと回しながら説明を始めた。


「二十五時までに帰るっちゅう規則があるやろ?あれな、二回までなら破れんねん。」

「割といけるね。」

「もしかしたらもっと破れるかもしれへん。」

「それ規則の意味あるの?」

「フェレスって裏の夏祭り初めてなの?」

「聞いた事はあるけど来たのは初めて。」


 隙間に会話を挟みながらもヒガンさんの説明は進んでいく。


「半分‘賭け’やけどな。とりあえず、シガンは今回その規則を破ってもうたら三回目やねん。」

「もしもう一回破ったらどうなるか分からない?」

「せや。二回まではいけた。やけど、三回目もいけるとは限らへん。それに、仏の顔も三度まで言うやろ。そろそろ危ないはずや。」


 そうでなくともシガンさんは時間までに帰れない事を『面倒臭い』と言っていた。

シガンさんが言う面倒臭いの程度は分からないが、全てを物理的に解決できる筈のシガンさんがそう言うのであれば言葉に重みが出る。

 少なくともそれに巻き込まれて私まで時間までに帰れなくなったら、私ではどうにも出来ない事が起こる可能性はある。

それも含めて時間までに帰れないという状況は避けたいところだ。


「ところで、此処から出るにはどうすればいいんですか?」


 肝心の出方が分からなければ緊急脱出もできない。

最悪の場合は今直ぐにシガンさん達を説得して帰る、という事ができるようにしたかった。


「何ヶ所か出口があるんや。確か、計三ヶ所かそこらやった筈やけど、時々変わるから全部正しく把握できとらんかもしれへん。」

「その内のどこかか全部に細工がされてるってこと?」

「多分な。やけど、相手の人数が分からんから、もしかしたら案外杜撰かもしれへん。」


 顎に手を当てて思案しているヒガンさんは赤みがかった髪を指で弄びながら打開策を探って入る。

それに横槍を入れるようで申し訳なかったが、私は聞きたい事を遠慮なく聞いた。

状況把握はできる限りしておきたい。


「何か細工をしている、という話の根拠は何ですか?」

「匂いや。実家の匂いは薄いんやけどな、実家の怪異どもの匂いは覚えとる。前につつじが仕掛けられとった怪異の匂いがまだするんやけど、その匂いに妙なんが混ざっとった。」

「その妙な匂いが細工だね。」


 妙な匂い、か。

ヒガンさんがその匂いを何かの‘細工’であると踏んだのはなぜか。

 匂いだけでそんな細かい事が分かるのだろうか。

そんな事を考えていた事が顔に出ていたのか、ヒガンさんは何も言わずに根拠を話してくれた。


「この匂いな、ちょっとした道具の匂いやねん。」

「どんな道具ですか。」

「お前らあれ知っとるか、絡繰箱(からくりばこ)。」

「寄木細工のあれですか?」


 絡繰箱は、絡繰を解く事で開く事ができるあの箱のことのようだ。

私は見た事がないが、大きな物や細かい絡繰の箱はかなり値段が張るとか。


「あれの怪異版みたいなもんや。」

「厄介そうだね。」

「面倒いけど、使い手次第なとこあんねん。正直、今の実家連中に此処の出口を閉じれるほどの奴おらんと思うで。せいぜい出口までの妨害が関の山やな。」


 笑顔で淡々と分析を述べるヒガンさんは普通に怖い。

いつもの無邪気さが淡白さで希釈されているせいだろうか。

緩やかな緊張感が少しずつ指先を固くしていた。

遅延性の毒がゆったりと巡っているかのような感じで。


「んで、本題に入るとやな、その絡繰箱は絡繰の代わりに行動がいんねん。」

「特定の行動をすればいいの?」

「せやな。んで、この行動の難易度やら個数やらに使う奴の技量が出るんや。技量がある奴が扱えば難易度はバカ高ぉなるし、行動の個数もアホみたいな数んなる。」

「でも、今回はそこまでの人間はいないんですよね。」

「ああ、おらへんと思うけど、匂いがあらへんとおれは分からへん。やけど、そん中でシガンが帰るより前に絡繰を全部解いとかんとシガンにバレる。」


 シガンさんに実家関係の事を悟られたく無ければその絡繰をどうにかするしかない、という事か。


「それで、私達は何をすれば良いので?」

「まずは絡繰の確認やな。出口まで行ってみよか。」


 籐椅子から立ち上がったヒガンさんを見て私もフェレスを頭に乗せて立ち上がる。

私が立ち上がった事を確認するとヒガンさんは黙って歩き出した。


「出口の場所は全部分かんなくても大丈夫なの?」

「どうせ一ヶ所からしか出ぇへんから大丈夫やろ。一ヶ所開けばあとはシガンをそこから出せば解決や。」


 ヒガンさんの言葉に私は失念していたことに気づく。

そうか、絡繰を先回りして解いても、シガンさんがそこから出なければ意味はない。

それどころか他の場所から出た場合、絡繰を解く意味が完全に無くなる。


「シガンさんが出そうな出口を確認した方が良いのでは?」

「おれもそのつもりやけど、実家連中はアイツの行動の仕方を知ってそうやねんな。アイツがいっつも使っとった出口がバレとらんとも限らへん。」

「バレてたらそこの絡繰の難易度が一番高そうだね。」


 つまり、現時点での予想ではシガンさんを誘導しやすい出口には難易度の高い絡繰が用意されている可能性が高く、逆にシガンさんが使わなさそうな出口は絡繰の難易度が低い、という事になる。


「シガンさんの誘導と絡繰、どっちが難しいかによりますね。」

「せやな。やから目視で確認しに行くんや。」

「ちなみに、その出口のからくりを他のその出口から出たいものが解くっていうことはないの?」

「あの出口は人間専用やし、特に解こうとする奴おらんのとちゃうか?」

「その絡繰をつくったヒガンさん達の御実家の人達は時間までに出られるんですか?」


 自ら出口へ行くための妨害をしているのだから出られるとは思うが、一応聞いておきたかった。


「さぁな。絡繰箱の使い方次第やろ。」


 ヒガンさんは心の底から興味がなさそうに答える。

その目に温度は感じられず、そもそもその納戸色(なんどいろ)の瞳に私の言った人達の姿なんて全く映っていないのだろう。

 ヒガンさんは目を伏せてから、とってつけたように笑顔で補足をつけ始めた。

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