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意外と少なかった規則も、説明をされているうちの残り一つとなった。

案内人はいつの間に背負い始めたのか霧箱を背負い、これまたいつの間にか煙の消えた煙管をくるくると手で弄びながら言う。


「最後は‘時間’でやんす。」


 よく聞けよ、と言わんばかりの視線をお面の奥から感じ、その気配にぞくりと肌が粟立つ。

今まではどこか軽薄で近所の怪しいおっさん感があった案内人が、この時、私の中で本当に得体の知れない何かになった。


「この祭りは‘時間’が現世とズレておりやす。なのでこの祭りは二十五時まで行われ、何時に現世に戻っても零時キッカリでやんす。ただし、これは二十五時よりも前に戻った時間。もしも二十五時以降に戻った場合、あっしにはどうしようもできやせん。くれぐれもご注意を。」


 さっきまでの説明ののどかさは無く何処か堅い説明が終わると、案内人がチェーンがついた洋風の丸いネックレスをシガンさんに手渡す。

全員の視線が一斉にシガンさんの手元に向く。


「何それ?ってあれ!?案内人さんは?!」

「仕事しに行っただけやろ。」


 突然消えた案内人に驚く月乃をよそにシガンさんはネックレスの丸い部分を弄る。

すると、カチッという音と共に丸い部分が開き、時計が出てきた。

どうやらネックレスではなく懐中時計だったようだ。


「これ、二十五時まであんな。」

「漢数字と英数字で見ずらいですわね。」


 目を細めて文句を言うメリーさんの言うとおり、この時計は漢数字と英数字が混ざった表記となっている。

さらに二十五時、しかも十三時から二十五時と言う普通の時計とは圧倒的に異なる表記の時計は非常に見ずらい。

 洋風な懐中時計の見た目とは裏腹に時計部分は数字の一部以外は和風という、何処かチグハグな真鍮(しんちゅう)の使い勝手が悪そうな時計。


「これは時間の経過が分かるようにする為の時計や。二十五時になる三十分前から五分おきにクソやかましい騒音がなるんや。」


 嫌そうな声でシガンさんが補足説明をしてくれた。

鬼のお面に似合わない桔梗が揺れているシガンさんがその時計を首にかける。


「そういえば、ヒガンさんが途中からいませんでしたね。」

「あいつのことや、どうせ遊びに行ったんやろ。」


 シガンさんは自分の弟の事とは思えないくらい適当に言い捨てて慣れたように歩き出す。

しかし、その先には誰もいないグラウンドが有るだけでお祭りの雰囲気など欠片も無い。

 慣れないお面で視界が狭まっているから見えないのか?

それとも本当に何も無いのか……。

 そんな事を考えながら慣れない下駄で必死にシガンさんの後を追いかける。

浴衣でも歩幅が大きいシガンさんに慣れない浴衣と下駄で追いつくのは至難の業。

 身体能力お化けの月乃は余裕そうだが、おかしいのはアレの方だ。

私といえばすでに若干息が上がり始めている。

 なんか、妙に疲れる気がする。

何故か頭が重い気がした。

そのせいか、だんだんと頭が上がらなくなり、どこからか冷たい風が吹く。

 自然と私の視線は足元にまで落ちてしまっていた。

こんなに体力無かったかな、私……。

 思いの外自分の体力がない事にダメージを受けたのも束の間、気づけば何処からか鈴の音が聞こえる。

 さっきまで頭が重かったのも忘れ、パッと顔を上げると、そこにはグラウンドなんて何処にも無かった。


「うわあぁ!すごい!いつの間にこんなとこきてたの!?」


 そこに広がっていたのは、何処までも続く‘’異界”としか言いようのない空間。

蒸し暑かったのが嘘のようなここは、一見何処にでも有るような風景に見えるがよく見ると商店街でやるようなお祭りの区画もあれば、誰もいない広大な野原のような場所のお祭り、大きな神社のような場所のお祭りなど、色々な場所が混ざり合っている。

頭上には大量の提灯が垂れ下がり、周りを歩いているのはお面をつけた怪異達。

 あかねのような半分人間のような形の妖や、案内人のような動物の姿のもの、体の部位が多かったり、逆に少なかったりする明らかに人間では無いことだけは分かる怪異。

 お祭りは随分と賑わっている。


「あれ?ここ、妖以外の怪異が少ないね。妖以外そんな来れないの?」

「別に来れんことは無いやろ。ただ、日本やと妖は怪異の中でも母数が多いからな。必然的に多く見えるんやろ。」

「日本じゃ無いと妖少ないんですか?」

「せやな。大抵はお国柄っちゅうもんが怪異にもあるんや。」


 よし、海外旅行はやめよう。

自国でさえ自衛が大変だと言うのに外国に行ったらさらに困る気がする。

 そもそも、私が知っている怪異は有名なものか日本のものくらいだ。

突然馴染みのない怪異に襲われたら本当に洒落にならない。


「ねぇ、型抜きあるよ!あっ!あっちにはなんか本格的な射的!」

「物を買わんければ基本は無色やで。」

「遊んでくる!メリーちゃん、あかね、いこっ!」


 騒がしく走って行った月乃を見送り、私も屋台を見ようとフェレスを乗せてふらふらと歩きだした。

すると何故かシガンさんまで付いてくる。

 気のせいかと思いさらにふらふらと動いてみたが、シガンさんは当たり前のように斜め後ろくらいを着いて歩く。

 

「ヒガンさん探しに行かないんですか?」

「流石に迷子にはならんやろ。なってもあいつは二十五時までおってもええし。」


 強面の鬼のお面とは裏腹に、シガンさんにしてはのんびりとした声が返ってくる。

しかしその後、何かに気付いたらしく何処かしおらしい声が出てきた。


「………やっぱあれか、おっさんと一緒に祭りなんて嫌か…。」

「いえ別にそう言うわけではないんで。ただヒガンさんはいいのかな、と思っただけなので。フェレスだけだと心許ないですし。」

「つつじ、必死なのは分かるけどしれっと僕を貶さないでよ。」


 今度はフェレスが拗ねそうだが、シガンさんに拗ねられたりしおらしくされるよりはマシだ。


「なんや、冗談や冗談。肯定されとったらまず説教やったからな。」


 予想に反し、からりとした声がお面の下から飛んできた。

こちらはそれどころでは無かったのだが、シガンさんは楽しそうな声音をしている。

 そんなに私の焦りは面白かったのだろうか。


「揶揄ったのは悪かったから、機嫌直し。」

「別に機嫌は変わってませんけど、心臓に悪いんで今後やめてもらえません?なんかやらかしたかと思って焦ったんですから。」

「そこは素直にシガンの事おっさんだと思ってないって言うとこじゃない?」

「おっさん認識は人によって年齢が違うからね。シガンさんが自分をおっさんだと思うのなら私はそっちを尊重するよ。」


 確か三十代のシガンさんをおっさんとするか否かは当人に任せよう。

下手に若く見てもおっさんとして見ても怒られそうだ。



「つつじー、あれなぁに?」


 おっさんはいつからか談義が一段落ついたところでフェレスが示したのは大量の糸が垂れ下がっている屋台。

看板には大きく【千本引き】と書かれている。


「千本引きやな。確かこれは無色やったで。」

「これ無色なんですか。」


 千本引きの商品と思しき品物はどれも綺麗で高価そうに見える。


「物を直接買わへん限りは大抵無色や。」

「太っ腹だねぇ。まぁ僕もできるしそっちの方が嬉しいけど。」


 いつの間にかシガンさんの肩に移動したフェレスはシガンさんを屋台の方へと誘導している。

私もそれについて行き、一緒に千本引きをする事にした。


「三人で〜。」

「あいよ。」


 屋台にいたのは勿論人間ではなく妖であろう真っ黒な毛玉の怪異だ。

大きさはフェレスくらい。

掠れた声で私達に糸束を差し出す。

三人それぞれ糸を手に取り、真下に引く。

フェレスだけは体(手)全身を使って糸を引き下ろしていた。

 糸は思っていたよりも軽く、本当に糸の先に何かがついているのか怪しく感じる。

最初に景品が上がってきたのはシガンさんだった。

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