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その後も私たちは輪投げやスーパーボール掬いなどを楽しみ、空は綺麗に暗く塗りつぶされた。
「さて、そろそろ祭りも終わる事やし、そろそろ行こか。」
月乃がもう一度買った唐揚げを頬張っていたところでシガンさんがそう言った。
お祭りはすでに終わりがけで、祭客の数も随分とまばらになって来ている。
「お!もうそんな時間か!」
「行くってどこに行くの?ここ、特に怪異の気配とかしないんだけど。」
「‘入り口’があるんや。まぁ、ついて来ぃ。」
そういうとシガンさんとヒガンさんが歩いていくので私達もそれについて行く。
グラウンドを抜けて校舎方面まで歩き、そこから敷地の端まで移動する。
私はこの小学校の卒業生なので、シガンさん達が向かう先に何があるのかおおよそ見当がつく。
「ついたで。」
「これ……祠か?」
「せやで。」
敷地の端には校舎と体育館、塀に囲まれた小さな空間がある。
今は季節ではないが、そこには綺麗な薄桃の花弁を散らす桜の木と小さな祠があった。
正確には祠では無く、過去の卒業生が記念に建てたそうだが、真偽は定かではない。
「そう言えば、昔からここの祠には色々と噂があったっけ。」
「どんな噂ですの?」
「ここで告白すると絶対叶う、とかそんな感じの子供が思い付くようなのが一通り………シガンさん、もしかして」
「………黙っとき。」
告白、の辺りからシガンさんがあからさまに目を背けていた。
シガンさんが手で顔を覆っているので表情は見えない。
ただシガンさんのとんでもない圧と本当に触れてはいけなさそうな何かを感じたので大人しく黙った。
少しの間ヒガンさんの笑い声が響き渡っていたが、すぐに気を取り直したシガンさんが手を退けて指示を出す。
「……‘裏’にはこっから入る。準備はええか?」
いつもより少し低い声で言うシガンさんは不機嫌そうの見えそれなりに怖かったが、皆一様に頷く。
「つつじと月乃さんは面な。入ったら出るまで取りなや。」
私と月乃がそれぞれお面を付けるのを見てシガンさんは慣れたように鬼のお面を付けて祠の前にしゃがみ込み、観音開きになっている祠の戸を開けた。
「なんか変わったか?」
シガンさんが祠の戸を開けたが、特に何かが変わった様子はない。
「ああ、もう変わっとる。ついてきぃ。」
そう言ってヒガンさんが先導して歩き出したのでまたそれをゾロゾロと追いかける。
グラウンドの前まで戻ってくるが、そこには先ほどと変わらぬグラウンドがあるだけだ。
「さっきと何も変わっていませんわ。」
「そう急がんくても、ちゃんと裏にはい行けるわ。まずは受付や。」
「受付?」
「へぇ、旦那方受付でやんすか?」
月乃がおうむ返しすると同時に、低い位置から声が聞こえた。
見ると、そこには猿の面をした毛むくじゃらの‘’何か”がいる。
見たところ会話ができるのでおそらくは妖の類だろうが、人型ではない妖は初めて見た。
猿のお面をした何かはそれこそ本物の猿のような見た目をしており、腹かけには思い切り申と書いてある。
なんか、猿である事に誇りを持っていそうな出立ちだな。
普段見る妖との違いからつい物珍いと思ってしまい、失礼とも取れることを思った。
「せや。七人頼む。」
「了解しやした。ご参加は初めてで?」
顔は見えないが声と仕草はは愛想良く笑っているように見える。
しかし、若干の胡散臭さを漂わせるその雰囲気はどこか信用できない。
やけに腰が低いのも気になった。
考えすぎだとは思うが、未知のものに出会うとついつい勘繰ってしまう。
そんな不躾な視線に気付いたのか、それはシガンさんを見ていた顔を私の方へと向けた。
「おや、その面、まさかモノカキ様からの譲り物ですかい?また良いものを貰いやしたね。それならここの店の物は一点、無料になりやす!」
「‘’案内人”、それは後でええ。先にここの説明をしてやってくれへんか?」
シガンさんの言葉に‘’案内人”と呼ばれた何かはそうでやすね、もう一度シガンさんに顔を向けた後、説明とやらを始めてくれた。
「へぇ、今回が初めてでやんすか。では嬢さん達に説明いたしやしょう。ここから先は妖の祭りでごぜぇやす。ここにはちょいと厄介な規則がありやす。」
案内人は背負っていた桐箱を降ろし、そこに掛かっていた兎のお面を手に取って続ける。
「まず、人間は今あっしが持っているような面を付けていただきやす。面があれば名を呼んでも人間だと思われても大丈夫でやす。嗚呼、勿論外してもかまいやせん。ただ、帰ってこられるかは……おっと、そんな怖ぇ顔しねぇで、別に取って食いやしませんよぉ旦那。」
シガンさんとあかねが威嚇するように案内人を睨んだが、案内人は特に気にした様子もなく何処からか取り出した煙管に火を灯しながら説明を続けた。
「さて、話を戻しやして……次の規則は飲食に関するもんでごぜぇやす。」
飲食、の言葉にピクリと反応した月乃に気づいたが黙って見逃してやろう。
「ここでは人間の飲食は危険でやんす。どうしても食いてぇんであれば現世に戻ってからにしてくだせぇ。」
明らかに肩を落とす月乃を見て愉快そうに煙管の煙を吐き出して案内人はお面越しに見える目だけで笑っている。
「ついでに、ここでは飲食を含み買い物をする際は‘色’にお気をつけくだせぇ。………おや、‘色’をご存知ありやせんか。では先に‘色’の説明をいたしやしょう。」
煙をぷかぷかと浮かべながら案内人は煙管で私のお面を指し示す。
「嬢さんの色は‘藤’、そっちの嬢ちゃんは‘紅’。今風に言うと紫と赤でやんすね。そっちの旦那と嬢ちゃんも紅、対の旦那方は藍……よりは縹か浅葱でやんすか。まぁ、どっちも‘青’で処理されやしょう。」
管理人は煙管で一人一人を指しながら色を教えてくれる。
元々知っていたらしいあかねとシガンさん達は特に気にした様子は無いが、初耳であろう月乃は案内人に質問をしていた。
「そのしき?っていうのはなんなの?」
「‘何’かと言われると難しい物でやんすね。あっしも歴史は知りやせんが、元は季節の‘四季’では無いかといわれておりやす。最近はとんと見かけなくなりやしたが、昔はこれで位階をつけたようでごぜぇやす。」
「んん?じゃあそのしきってすごく大事だよね?どうやってわたしのしき決めたの?」
「こいつぁ決めるもんじゃあありゃあせん。生まれながらに持つものでやんす。ほら、嬢ちゃんの瞳は紅でやしょう?それが色でやす。」
生まれつき決まっている、と言うところに納得がいかないらしい月乃はその後も案内人に質問を続けていたが、延々と説明をする事に飽きたのか面倒になったのか、案内人がお祭りの方の説明を再開した。
その姿が最初よりもくたびれて見えたのはきっと気のせいでは無いだろう。
「え〜と、確か、色の話でやんしたね。この色によって買えるもんが変わってきやす。つまり、無色の、もとより無料のものとご自分の色が掲げられている商品のみ購入ができやす。んで、さっきの面の話に戻りやすが、その面はちょいと特別でごぜぇます。そのため一点、無料で屋台のものがもらえやす。」
「言い忘れ取ったが、こっちの通貨は色々と面倒なんや。やから、遊びやら買い物やらは無色のもんと面の分で我慢してな。」
何故か子供に言い聞かせるような優しめの声でシガンさんが言う。
お面で顔は見えないが、果たして今どんな顔をしているのか。
これで無表情だったらすごいと思う。
「さて、次で最後でやんす。」