表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫アザレアが察するには  作者: こたつ
裏色の夏祭り
101/131

95

 極小瓶は大きく揺れたが倒れることはなく、起き上がりこぼしのようにまた元の位置に戻った。


「残念。」


 毎年のことながら極小瓶だけは倒れてはくれない。

去年は二人並んでこの小さな瓶を狙ったが、お互いに当たることは無かった。

 やはり今年も無理だったか。

小瓶一本分の商品をもらって月乃達の所まで移動する。


「すごい!つつじ、射的得意なの!?」

「得意というか、仕組みを理解してるかどうかだと思うよ。」


 一発も当たらなかった人達は目を輝かせているが、別に大したことでは無い。

現に極小瓶を倒すことはできなかった。


「そういえば、景品がわたくしたちと違いますわね。何を貰ったんですの?」

「防犯ブザー……。」


 景品として手渡されたのは、紺色の硝子に桜の花弁が散る、無駄に綺麗な防犯ブザーだった。

 こんな無駄に洗練された無駄に綺麗な防犯ブザーは初めて見た。

と言うか、射的の景品で防犯ブザーってどうなんだ。

 

「とりあえず邪魔になりそうならきんちゃくにしまっておいたら?」

「そうだね。」


 フェレスに従い、大量の小銭が入っていた巾着袋の中に防犯ブザーをそっと転がしておく。

小銭の圧で壊れてしまわないか心配だ。

………いや別にいいか、最悪壊れても。

防犯ブザーを常備するに越した事は無いだろうが、別に常備するほど子供でも無い。

 そんな防犯ブザーに対する冒涜のような事を思ったからだろうか。

運悪く変なところに引っかかったらしい防犯ブザーはぴぉぉぉぉぉぉぉぉ!!という、見た目にそぐわない間抜けな音を響かせた。


「うっるさ!」

「まぁ、防犯ブザーだし。」

「本領発揮ですわ……。」


 グラウンド中の視線を集めてしまったが、防犯ブザーの暴発など小学生にしてみれば珍しくはないだろうし、誰しも経験があるのだろう。

大抵の人が苦笑していた。


「次なにたべる?」


 周りの人の視線がなくなったあたりで気を取り直すように月乃が食い意地を発揮し出した。


「食い意地張りすぎでしょ。」

「お前この前太ったとか言って無かったか?」

「僕も、ダイエットするってこの前言ってたの聞いたよ。」


 一斉に呆れた目を向けられた月乃はバツの悪そうな顔をして言い訳を始めた。


「だ、だって、お祭りといえば屋台じゃん!?屋台といえば食べ物でしょ!」

「そうですわ!屋台の食べ物はおいしいんですわ!!」


 何故か月乃と一緒になって屋台の食べ物の素晴らしさを語っているメリーさんまでもが月乃に賛成し始めた。


「あかねだって食べるの好きでしょ!」

「好きというか、単に珍しいんだよ。」

「フェレスだって興味があるに違いありませんわ!」

「僕食べれないから興味も何も無いけど。」

「〜っ!!いいもん!メリーちゃんと屋台まわるもん!」


 完膚なきまでに反論を封じられ、拗ねたのかメリーさんを連れて走って行った。

多分そのうち戻ってくるだろう。


「あいつ、慣れてねぇはずの浴衣に下駄でよく走れるな……。」

「追いかけなくていいの?」

「何自分たちは知りませんみたいな顔してんだよ。お前らも追いかけんだよ。」


 私の不満そうな意志を感じ取ったのか胡乱げな目を向けてくるあかねには物申したいことがあるが、あかねが月乃を追いかけて行ったので私とフェレスもそれを追いかける。

 祭客の数はさほど多くはないが、お祭り会場もまた大きくはないので人口密度はそれなりに高く暑い。

浴衣や甚兵衛を着た老若男女が往来する学校のグラウンドは騒がしく、同い年くらいの女性の楽しそうな甲高い声がよく響いて聞こえた。


「つつじ?どうしたの。」


 気づけばたこ焼きを買ったらしい月乃とメリーさんに追いついていて、何故か鬼のお面を付けているシガンさんとヒガンさんもいて、その全員の視線が私の方を向いている。

 突然の視線に私は動揺で一瞬体が動かなくなった。


「つつじ?体調でも悪いんですの?」

「いや、急に視線向けられたから驚いただけ。」

「ほんまか?まだ暑いからな、水分補給しっかりしときや。」


 シガンさんが心配そうに未開封のペットボトルを差し出してきたが丁重に断った。

まだ心配そうな顔をしている様子の面々はどこか居心地悪そうに見える。

 仕方ない。

ここは私が空気を変えるしかないか。


「そんな事よりヨーヨー釣りでもやりませんか。」

「いいねっ!誰が一番取れるか勝負しよう!!」


 真っ先に月乃が食いつき、その後はみんなでヨーヨー釣り大会をすることになった。

早速ヨーヨー釣りの屋台に行き、シガンさんとヒガンさんも含めてヨーヨー釣り大会が始まる。

 まず最初にこよりを垂らしたのはヒガンさんで、ひょいひょいと次から次へとヨーヨーを釣っていく。

シガンさんも同じように糸を垂らすが、こちらは三個目を取ったところでこよりが千切れた。

 あかねとメリーさんは真剣な顔でゆっくりとこよりを水に浸している。

その間に月乃はキラキラと輝く瞳でこよりを水に浸して力強くこよりを持ち上げた。

しかし、勢いよく持ち上げたせいでこよりは一瞬で千切れ、屋台のおじさんに慰められている。

 若干涙目の月乃はおまけとして好きなヨーヨーを一つおじさんに選ばせてもらっていた。


「つつじはやらないの?」

「やるけど、欲しいヨーヨーが取れる場所が空いてないんだよね。」


 私が欲しい白と黄色の線が入った透明なヨーヨーはメリーさんがかがみ込んでいる場所からしか取れそうにない。

だからメリーさんのこよりが千切れるまで待っているのだった。


「つつじこういうのの色気にするんだ。」

「欲しいのがあればそれが良い。」


 意外そうな声を出すフェレスに言葉を返しながらヨーヨーを見る。

ぷかぷかと浮かぶヨーヨーは安っぽくて、どうして毎年毎年ヨーヨー釣りをしてしまうのかと疑問が浮かんだ。

 確か去年もヨーヨー釣りをして、同じ色を選んだ気がする。

そうこう話しているうちにヨーヨーを釣り上げたメリーさんが腰を上げた。

すかさず移動して場所を取り、浴衣の袖が水につかないように捲ってからこよりを水に浸す。

 ヨーヨーの輪ゴムの中にそっとこよりを通して持ち上げる。

高く持ち上げる事はせず、風船が全て水から出きったらすぐに手を出してヨーヨーを確保した。

 集中したせいか、汗が額から流れる。


「あ!つつじは取れたんだ!良いなぁ。」

「何個取れたんだ?」


 月乃とあかねがそれぞれの手に色鮮やかなヨーヨーを持って野次馬に来た。

私は無視してもう一度こよりを水に浸し適当なヨーヨーをもう一つ取ったが、流石に三つ目は取れなかった。


「クソっ!あと一個でつつじと同点だった!」

「わたくしもですわ!」


 本気で悔しがっている二人の手には赤色のヨーヨーが一つずつぶら下がっている。

そしてその隣で大事そうにこれまた赤のヨーヨーを持った月乃がいた。


「え?もしかして一個も取れなかったのわたしだけ?」

「髪はあんなに器用にいじれるのにこれはダメなんだね。」

「フェレス、やめとけ。」


 シガンさんに咎められたフェレスは大人しく静かになったが、月乃へのダメージはしっかりと入っている。


「なんや、月乃ちゃん取れんかったんか。ほれ、いっぱいあんでぇ!」

「ヒガンさんは取りすぎでは?」


 これでもだいぶ返して来たと言うが、その手には大量のヨーヨーが垂れている。

さっきから小さい子供が指をさして屋台の前を通りかかっていくほどだ。

 ヒガンさんはその内のいくつかを月乃に持たせている。


「一番とったのはヒガンだな。」


 ここに来て突然の大会結果発表。

優勝は言うまでも無くヒガンさん。

二位は三個取ったシガンさん。

三位は二つ取った私。

四位は同率であかねとメリーさん。

最下位は一つも取れなかった月乃。


「わたし最下位!?誰か一人くらい一個も取れてないかと思ったのに!」

「言い出しっぺなのにな。」

「う、うるさいよ!次はえ〜と、輪投げ!輪投げで勝負!」


 そう言って駆け出して行った月乃を笑いながらあかねとメリーさんが追いかけて行った。


「ほんまに楽しそうやな。」

「シガンさん、面白がってないで止めて下さいよ。」


 珍しく無表情が崩れているシガンさんには申し訳ないが、私はこの動きにくい服装であの三人の追いかけっこにはついていけない。

 追いかけるのを半ば諦めつつため息をつく。


「お前祭り好きやろ?なんでそんなテンション低いん?」


 ヒガンさんがいつのまに買ったのか、綿飴(わたあめ)を齧りながら不思議そうに私を見ていた。


「……周りの人が異常にテンション高いからですかね。」


 普段は比較的落ち着いているあかねまで楽しそうに走り回っているのを見ると、どこか気後れしてしまう。

…………いや違うな。


「そもそも走り回るまでテンション上がる方がおかしくないですか。」


 走り回っている三人は全員、割といい歳だ。


「ふはははっ!せやな!確かにそこはあいつらのがおかしいわ!」

「ヒガン、あんま笑ってやるなや。」


 そう言いつつシガンさんの声も笑っていたのを私は聞き逃さなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ