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あかねがウキウキで月乃に髪を弄ってもらっている間、私は退屈そうにしているフェレスの相手をしていた。
「ねぇ〜、つつじ、僕もああいうのやりたい。」
「フェレス髪どころか体がないでしょ。」
「面白そうなのに。」
心なししょんぼりしているフェレスに何と声をかけるべきなのか。
体がないからしょうがないよね的な事を言えばいいのかそもそもそこら辺触れていいかも正直よくわからない。
「フェレスもなんかつけたいんか?」
「つけたい。」
「ほんなら、指輪っぽくなんかつけてみたらええんちゃう?」
そう言い出したヒガンさんはどこからか飾りを取り出してフェレスの指に巻いたり嵌めたり結んだりし始めた。
一気に華やかになったが絵面は猟奇的な雰囲気がいつもの十割り増しになったが、フェレスが満足そうなので口をつぐむ。
「わぁ!フェレスカワイイ!」
「フェレスもお揃いですわ!」
「お前それ動きづらくねぇのか?」
みんなの反応に満足げなフェレス。
ただシガンさんだけは若干なんとも言えなそうな顔をしているので私と同じように猟奇的な何かを感じているのだと思う。
「準備も終わった事やし、ぼちぼち行こか。」
「月乃、お面持った?」
「持った!」
「つつじ、家の鍵忘れんなよ。」
「大丈夫。」
「みんなちゃんと巾着持ったかぁ!?」
「もったー!」「持ちましたわ!」
威勢のいい持ち物確認が終わると、早速出発だ。
浴衣を着て下駄を履き、各々のお面を顔の横につけ、お金や鍵などの大事なものを入れた巾着を持ってお祭り会場である小学校へと向かった。
まだ暑い道中雑談に花を咲かせながら歩いていればすぐにあたりは夕焼けになり、祭囃子と提灯の灯りが見える。
「まずは普通に遊んでき。」
「裏には行かないんですの?」
「行くけどあっちは始まるんが遅いんや。代わりに遅くまでやっとんで。」
普通の、この場合表の夏祭りとしよう。
表の夏祭りが終わるのは十九時。
シガンさんの話によると、裏の夏祭りは十九時から二十五時までらしい。
ただし、人間は二十五時よりも前に帰らないと色々と面倒だとも言っていたためそこまで長居することはないだろう。
「月乃様!あれはなんですの!?」
「あれはベビーカステラっていうおやつだよ!」
月乃達はさっそく楽しそうに小学校の校庭を見回している。
あかねやメリーさんは周りに見えるようにしているためそこら辺の心配はいらない。
校庭はすっかりお祭りの雰囲気で、数こそ少ないが屋台がグラウンドを囲うように林立し、その中心に盆踊りなどを踊る櫓がある。
櫓に向かって軒を連ねる赤提灯は幻想的だが、見慣れた校庭と祭りのため、しっかりとした現実感があった。
「つつじ!あれ食べよう!」
「私は射的やってくるから。」
「つつじ、一緒に行ったってや。」
「でも、あかねやメリーさんもいるんですから私が一緒じゃなくて良いじゃ無いですか。」
「つつじ!からあげ食べよう!からあげ!」
シガンさんを説得する暇もなく月乃に手を引かれて連れて行かれる。
抵抗する事も面倒で、そのまま唐揚げの屋台まで連れて行かれた。
「うわぁ、結構並んでるね。」
「月乃様!あの赤いのはなんですの!?」
「あれは提灯。メリーさん、月乃の事を様付けで呼ぶのは不自然だから、適当に変えておいてね。」
分かりましたわ!と大きな声で返事が返ってきた。
その後は月乃の事をおねえちゃん、と呼び、それに月乃が大喜びし、私とあかねがドン引きしていた。
そんな事をしていればすぐに列は短くなっていき、月乃の番が回ってきた。
「えーと、一人一個でいい?」
「私はいらない。」
「じゃあ三個ください!」
「あいよぉ!唐揚げ三つー!!」
元気よくお会計のおじさんが唐揚げを揚げている人に叫ぶと、すぐに揚げたての唐揚げが紙コップ入って三人分出てきた。
「あい、一個二百円だから、六百円ね。」
「はい!」
シガンさんに持たされた巾着からそれぞれ二百円ずつ出しておじさんに渡して唐揚げを受け取った月乃達は楽しそうに唐揚げを突いている。
そういえばこの巾着、やけに重いがシガンさんは一体いくら入れたのだろうか。
明らかに小銭の重さでは無い。
月乃やあかね達の巾着もやけに大きくて重そうだ。
じっと自分の紫色の巾着を見てみるが、怖くて開ける気にならない。
「つつじ?どうしたの?」
「いや、なんでも無い。」
巾着の重さからは一旦目を逸らし、私は目当ての射的の屋台に並びに行く。
何故か月乃達も付いてくるが、気にせず並ぶ。
「つつじ、これなぁに?」
「射的。おもちゃの銃で的を当てるの。」
興味深そうに屋台を見ているフェレスの姿は周りの人達に見えていないとはいえ、四人も人がいればフェレスと会話したところで周りの人は気に留めないだろう。
そう考えてフェレスに射的の説明をする。
本来なら本格的な銃を使いたいところだが、ローカルイベントではおもちゃの安っぽい銃が関の山。
的は景品ではなく小さな瓶で、瓶を当てた数で景品が決まる。
銃が軽く弾もコルクではあるが威力は低い。
「お前、そんなに射的好きなのか?」
あかねが呆れたような声を出しているが、知ったことでは無い。
「ではわたくしからいきますわ!」
「がんばれメリーちゃん!」
気づけば列の最前列まで来ていた。
メリーさんが月乃の応援と共にお金を払い、銃を持つ。
ちなみにメリーさんは小学校低学年用の距離で構えている。
「まずはあの瓶からですわ!」
メリーさんが最初に狙ったのは赤いラベルの貼られた瓶。
ポンっという軽い音と共にコルクが打ち出されるが、コルクは検討はずれの方向に飛んでいく。
「つ、次こそは当てますわ!」
その調子で二発、三発と打っていくが、一発たりとも当たらない。
瓶に掠る事もなく最後の一発まで来てしまった。
「む、難しいですわね…。」
「メリーちゃん落ち着いて!ゆっくりやればいけるよ!」
「分かりましたわ!」
メリーさんはゆっくり深呼吸したかと思えば、キッと目を見開いて最後の一発を打った。
そのコルクは綺麗に赤いラベルの瓶に吸い込まれていく。
「ああぁー!いま!いま当たりましたわ!」
「当たったな。まぁ、倒れてねぇから景品は貰えねぇけど。」
「惜しかったねぇ。」
あかねとフェレスが感心したように言う通り、メリーさんが放ったコルクは綺麗に瓶に着地したが、当たりどころが悪く倒れることは無かった。
メリーさんは名残惜しそうに銃を置き、残念賞のパキッとやると光るおもちゃをもらって場所を開けた。
その後あかね、月乃と順番に挑戦するが瓶は一つも倒れずに私の番が来た。
「これ案外難しいが、あいつにできんのか?」
「さぁ?でも自信ありそうですわよ?」
あかねとメリーさんを無視して大人用線に立つ。
手の位置を固定し、銃身の先と中間にある出っ張りを合わせて狙いを一つの瓶に定める。
狙いは大当たりの極小瓶……と言いたいところだが、一旦普通の小瓶に合わせる。
まずは一発。
パンっという軽い音と共にコトリ、と瓶が傾き、倒れた。
「え!?つつじ、一発当てた!」
月乃の声を無視して次の瓶に狙いを定める。
次は、極小瓶。
コルクは後四つ。
この四つであの極小瓶を当てたい。
狙いを定めて、二発目。
外れた。
三発目。
当たりはしたが当たりどころが悪かった。
四発目。
またさっきと同じ。
最後の五発目。
パンっ、と軽い音と共にコルクは瓶の上部にあたる。
さっきまでとは違い、ぐらりと揺れた。