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紫アザレアが察するには  作者: こたつ
赤い出会い
10/104

10

「何をよく見てるの?」


顔を上げて声の主を見ると、ニコニコとした表情を浮かべて開けっぱなしだった扉から顔を覗かせていた。

声の主は図書委員会の顧問だ。


会議どうしたんだよ。

いつももっと時間がかかるのに。

フェレスと話している真っ最中に帰って来るとは。

なんて間の悪い。


「棚の本です。

本を一冊一冊、年代順に並べて整理しているみたいなんですよ。

一見するとバラバラに見えるのによく見てみるときちんと整理されているみたいなので、この順番に並べた人は本をよく見てたんだろうな、と。」


「へぇ〜、これ、年代順だったんだ。

 いつもバラバラだなぁって思ってたんだけど、そういうことだったんだね。」


笑みを作り、焦りを悟らせないように、フェレスから視線を逸らしつつ適当なことを言う。

確かこの辺の本は年代別だったはず……多分。

先生も納得しているようなのでまぁいいか。


ブーブーブー


自分のぽけっとから振動を感じた私は素早くスマホを取り出し、非通知を確認してから着信を切った。

最近多いんだよなぁ。


先生をちろりと見ると、本棚を一瞥した後フェレスの横を通り過ぎて書庫の隅にあるパイプ椅子に腰掛けて何やら資料に目を通しているようだった。

しばらく粘っていたが、やがて諦めたようにまるメガネを取り出してかけた。

なぜかここでだけはメガネをするんだよね、この先生。


……常々思っていたが、あのパイプ椅子はなぜここに置かれているのだろうか。

明らかに邪魔だ。

通路はただでさえ狭いのに、パイプ椅子のせいで余計に狭い。

そもそもなぜ書庫にパイプ椅子を置こうと思ったのか。

書庫には高いところの本を取るための三脚があるし、扉を出てすぐにカウンターに出る。

椅子ならそこに古びてはいるが座り心地のいい椅子がある。

あのパイプ椅子の出る幕など本来はないはずだ。


パイプ椅子の存在意義を考えるのは後にしてちらりと時計を覗き込んで見ると、思いの外時間がたっていた。

しかし、先生が帰ってくるにはやはりまだ早い時間だ。


「今日、会議早かったですね。」


気になっていたことを聞いてみる。

先生は顔を上げてメガネを押し上げ、胡散臭い笑みを浮かべながら口を開いた。


「あぁ、それは君のクラスのことで会議どころじゃなくなったからだよ。」

「なるほど。」


そういえば朝のあれは普通に大事おおごとだ。

結局あの二人はあの後姿を見ていない。

まさか職員会議にまで支障をきたしていたとは。


「あれ、何があったの?

 俺らは1の1で問題が起きたから会議は延期って聞かされただけなんだ。

 話したくなければ別にいいけど、何があったの?」


胡散臭い笑みはそのままにこちらを見ている。

本当に胡散臭いな、この先生は。


「今日の朝なんですが、___。_____。」


朝の話をしながら先生を観察する。

この先生は常に笑顔を浮かべており、生徒や先生へのあたりが良く、若いのにしっかりしているとか、授業が面白いとか、とにかく教師、生徒問わず人気のある先生だ。

私にはどこに人気が出ているのかわからないが。

笑顔は胡散臭いし、言葉の一つ一つがこの先生に似合わない。


言葉や言い回し、話し方などは人によって大きく異なる。

それゆえに、多くの人間は長らく話してきたその言葉や言い回しが板につく。

要はその話し方は話す本人に『似合って』いる。

なのにこの先生はその似つかわしさがどうにも感じられない。

まるで自分を隠しているかのように。

まだその話し方に慣れていないように。


「__と、言うことが今朝ありました。」

「なるほど。それは大変だったね。」


先生は胡散臭い笑顔を胡散臭い苦笑いに変えていた。

というか、絶対に知っていたと思うのだが。

確かこの先生うちの副担任だったはずだ。

知らないはずがない。

わざわざ聞いてきたと言うことは何かあるのかと思ったが、別段そういった感じはしない。

何なんだろう、この人は。


「あ、そうだ。

 この本がどこにあるかわかる?」


そう言って先生が立ち上がって差し出してきたのは、いくつかの本の題名が書かれたメモ用紙だった。

小説と、詩集、古文、漢文の本。

授業ででも使うのだろうか。


「この本は多分___」


言いながら移動して棚の森を歩いていく。

あの棚の四段目、こっちの棚の一番上と二段目。

あとの本は図書室の方にあったはずだ。

図書室の方も回ってもう一度先生の前に戻ってきた時にはパイプ椅子の上に十数冊の本の山ができていた。


「多分これで全部だと思いますけど。」

「ありがとう。山瀬さんに頼むと早くて助かるよ。」


この先生は頻繁に私に本を探させる。

おかげで一週間も経たないうちに書庫と図書室内の本の配置を覚えていた。


「これ、先生が読むんですか?」


この先生は理系教科担当ではなかったか。

確か化学の教科担だったはず。

なのにここにあるのは文系教科で活躍しそうな本たちだ。


「いや、俺じゃなくて、___」

「失礼しまーす!」

「あ、ちょうどきたね。」


図書室に似合わない大きな声で入ってきた人物は、なんの躊躇いもなく書庫まで入ってきた。

その人物は薄いピンク色のTシャツにパンツというどこにでもいそうな服をきていた。

先生はメガネを素早くしまい、立ち上がった。


花車はなぐるま先生」


花車はなぐるま のぞみ先生。

確か、隣のクラスの先生で、言文の先生だ。

なるほど、この先生に頼まれたのか。


「ちょうど本を探し終えたところですよ。」

「もうですか!?結構量あったと思いますけど!?」


この胡散臭い先生は教師相手には敬語を使う。

私の感想でしかないが、この先生は敬語の方が似合っている。


にしても騒がしいな。

さっきまで静かだった書庫に花車先生の声が反響している。


小戸路おどろ先生、しれっと自分が探しました、みたいな雰囲気出さないでくださいよ。」


胡散臭い先生の名を呼びながらツッコむ。

多分ツッコんでほしくてああゆう言い方をしたのだろう。

主に、花車先生に私の存在に気づいてもらうために。


「あら、ぇぇと、……山瀬さん、いたのね。

 しゅう先生のお手伝い?」

「いいえ、ただの無賃労働です。」 

「無賃労働って。人聞きが悪い。」

「じゃあ給料ください。」

「君に払えるお給料は先生の安月給からは捻出できません。」


小戸路先生と示し合わせたように軽口を叩き合う。


「ふふふ、二人とも、仲がいいんですねぇ」


花車先生はこちらの思惑など知らない様子で微笑んでいる。

若干笑い方が暗いきがするが、まぁ気のせいだろう。


私は生来影が薄いらしく、先生や生徒に認知されないっことがよくある。

特に、花車先生のような元気で活発で周りをよくみず、自分のことに意識が持っていかれがちな先生の前では特に私の存在は霞むらしい。

そのため、先生に認知されるには、それなりのインパクトがいる。

そのインパクトが今回の場合は小戸路先生との軽口だった。

小戸路先生は人気の先生だけあって目立つ。

その先生と一緒にいるだけでもそれなりに記憶に残るだろう。


「その本、職員室まで運びますよ。」

「いえ、大丈夫ですよ!自分で持てますから!

 先生にそんなことさせるわけには!」

「いえいえ、これくらいの事はさせてください。」

「でも……」


ぼーっとしている間に何やら不毛そうな論争が始まったようだ。

放っておこうかと思ったが、小戸路先生が何かいいたげにこちらを時折見てくる。

さらにその先生の奥でフェレスが何か言っている。

え〜と、


“つつじ、うるさいからなんとかして”


注文が多いなこいつら。

そもそもフェレスの声はどうせ聞こえないんだから腹から声出せよ。

そんなに小さい声で言われても聞こえない。


「花車先生、小戸路先生何にもしてないんで本くらい持たせてあげてください。」


しょうがないので適当にフォローを入れてやる。


「どうしても小戸路先生に持ってもらいたくないのなら、十二…いや、十三か。

 おり半して、花車先生が三冊、小戸路先生が十冊でいいのでは?」

「おり半っていう言葉の意味知ってるかな?

 まぁ、別にいいけど。

 というわけで、俺が十冊持って行きますから、先生は三冊お願いします。」


それだけ言うと小戸路先生はさっさと書庫を出て行ってしまい、それを追いかける形で花車先生も書庫を出て行った。

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