侍女ヨルドの後悔
エル様の侍女ヨルドに会うため、ウーヌスとデュオとトリーは老兵エジスに連れられて、薬草研究所の応接室に入って行った。
侍女ヨルドはエル様が小さい頃からお仕えする70代の侍女だ。
背筋をピンとはり、育ちの良さとマナーの厳しさがうかがえた。
坊主頭なのはソムヌスの種が髪について外に運ばれないようにするためだ。
ヨルドは応接室の椅子に腰掛けていたが、エジスたちが部屋に入ってきたので立ち上がった。
「お久しぶりでございます。ヨルド様。
これが息子のデュオ。そちらが孫のトリーです。」
ヨルドはデュオとトリーに頭を下げて挨拶したが、ウーヌスに対しては頭を下げなかった。
ヨルドはエル様の血筋を敬い、元護衛騎士ウーヌスのことは下に見ているようだ。
老兵エジスは皆に着席をすすめ、侍女ヨルドに話しかけた。
「エル様のことをウーヌスたちに話してくれないか。」
「かしこまりました。
まずはデュオ様とトリー様のために昔話から始めましょう。
エル様の首に生えた麻薬寄生植物ソムヌスが悪さをしておりますが、エル様ご本人は由緒正しきお家の姫様です。」
ここで丸坊主の侍女ヨルドは胸を張った。
エル様を誇りに思っていて、エル様に罪は無いと言いたいようだ。
「エル様は小さい頃から可愛らしくて皆に愛されて何不自由なくお育ちになりました。
エル様が15歳になられた時、隣国や国内の政治闘争が理由で、前王様と結婚するように命令されました。
前王様は20歳年上で、その時すでに長年愛し合うフィーア様と息子の現王様がいらっしゃいました。
第二夫人フィーア様は身分が低いため正妻にはなれませんが、美貌と聡明さは他国にも知られるほどで、前王様の寵愛もあり絶大な権力をお持ちでした。
15になったばかりのエル様が正妻になったら、権力のある第二夫人フィーア様に何かされないか不安でした。
なにしろ、、、第二夫人フィーア様は手段を選ばない方でしたので。
前王様は結婚した後も第二夫人フィーア様とお城で暮らして、公式行事も前王様の横には第二夫人のフィーア様が並ばれました。
エル様は別宮殿を与えられ、正妻とは名ばかりの幽閉されたような生活でした。
『きれいな服を着て美味しいものを食べて何が不満なんだ。』とエル様の陰口を言う人もいました。
確かに恵まれた生活ですが、王様は愛し合う女性と子供もいて幸せなのに、正妻のエル様は孤独でも文句を言うなとは酷い話だと思いました。
政略結婚した貴族は愛人を作ることが多いので、護衛騎士ウーヌスとエル様のことは見て見ぬふりをしました。
エル様が妊娠した時も、他の貴族のように密かに赤ん坊を養子に出すつもりでした。
でも後から聞い話では、第二夫人が『男児が生まれた場合はすぐ殺すように』と刺客を送っていたらしいのです。それをウーヌスは事前に察知していたのでしょう。」
侍女ヨルドはウーヌスを見た。ウーヌスは黙っていた。
「出産後、お部屋で休んでいるエル様の耳に、ウーヌスと赤ん坊が死んだと伝えられました。
産後で不安定なところに衝撃的な話をされ錯乱状態になったエル様は、そのまま正気を失われてしまいました。
もしかしたら第二夫人が毒を盛ったのでは無いかと思いました。」
侍女ヨルドの言葉の端々に、フィーア様への暗い感情が感じられた。
「エル様を鎮めるために首に植えられたのが麻薬寄生植物がソムヌスです。
エル様は悪くないのですがソムヌスが悪さをするので、エル様は山の上の薬草研究所に幽閉されてしまいました。
私はエル様のお世話をする時にソムヌスの種を運ばないように、このように髪も眉も剃られ、着ている簡易な服は毎回焼却されます。
エル様に近づく兵士はソムヌスに殺されました。
ソムヌスは植物なのに知性を感じます。
自分に敵対心を持つものを感じとると毒ツタで攻撃をしてきます。
私は近づいても殺されなかったので『小さい頃からエル様をお育てした私のことは襲わないのだ。』と思いましたが、違いました。
ソムヌスは私が食事や水を運ぶことを知っていて、私を生かしておいたのです。」
侍女ヨルドは恐れと悔しさで唇を振るわせ、そこで言葉に詰まって黙ってしまった。
老兵エジスは侍女ヨルドに話を聞かせてもらったお礼を言い、ソムヌス退治の計画は後で説明に来ると伝え、応接室を後にした。
次は麻薬寄生植物ソムヌスを使った薬草研究所長シレンスの研究室に向かった。