岩山の上の薬草研究所
戦いのために徴兵された者たちが訓練を終え、今日は城の後ろにそびえ立つ岩山に登ることになった。
ツェーン姫も山門に来ていた。
護衛の騎士たちが厳しい顔をしてツェーン姫の周りを囲んでいた。
姫は今日は登山しないが、回復防御魔法をかける相手であるウーヌスの顔を確認するために来たのだ。
ツェーン姫はトリーを見つけると微笑みかけた。
自分の実の祖母を殺すためここにいる少年に少し同情して、励ますために微笑んであげたのだ。
トーリーは何も知らずに赤面して有頂天になった。
城の後ろ、北側にある険しい岩山は、山頂に雪が積もっていた。
険しい岩肌の山には、人や動物が来ないせいか、貴重な薬草が生息している。
その貴重な薬草のおかげでこの国は栄えてきた。
山の中腹には薬草研究所が建てられている。
往来の難しい険しい岩肌の山とはいえ、はるか昔から薬草採取の人が通った跡が一本の細い山道となって山頂まで続いた。山の下の方であれば、階段もできていた。
兵士たちが山道を登っていくと、旧薬草研究所の焼け跡があった。
薬草研究所に隔離されたエル様とソムヌスを、研究所ごと焼きはらう計画が失敗したあとだ。
焼け跡はそのまま残されて、亡くなった兵士たちへお酒が供えられていた。
新しい薬草研究所はさらに山を登ったところに建てられた。
石と鉄でできた厳重な塀は、禍々しい雰囲気に満ちていた。
貴重な薬草研究を守るためではなく、エル様とソムヌスを隔離することが主目的の厳重な包囲網だ。
重い鉄の門を通り抜けると、窓に鉄格子のはめられた石造りの建物があった。
ここが薬草の研究所なのだが、研究所というよりも監獄か要塞に見えた。
鉄格子の中には、老いた薬草学者が静かに研究している姿が見えた。
兵士たちは物音を立てずに、組ごとに指定の位置に移動させられた。
隊長たちから強い緊張が伝わって来た。
兵士たちが薄暗い研究所の中に入ると、研究所の中心にガラス張りの明るい美しい温室が見えた。
兵士たちは息を殺し、物陰に隠れながら温室に近づいた。
温室の中で金髪の姫様が1人、本を読んでいた。
金色のサラサラと輝く長い髪を分けるように、首の後ろには真っ赤な血のような色の花がたくさん咲いていた。
姫様の侍女ヨルドが「エル様」と声をかけた。
侍女ヨルドは僧侶のように頭を丸めていた。
エル様は侍女の方をゆっくりと振り向いた。
エル様はとても美しい顔だったが、ぼんやりしているように見えた。
大きな黄金の猫目はポッカリ開いた空洞のようで、物が見えているのかわからなかった。
エル様の顔と姿を確認した隊長たちは、兵士たちにうなづいてみせ、撤退の合図をした。
研究所の間取りの確認、エル様の確認。
そして音もなく撤退して、今日の任務は終了した。
ウーヌスは60代で黒髪に白髪が混じっているが、今日見たエル様は40年前の若くて美しいお姿のままだった。
あの頃も年齢より幼く見えたが、今日のお姿も10代のような、あどけない美しさのままだった。
エル様の後頭部には美しい真っ赤な花がたくさん咲いていた。
真っ赤な花は、麻薬寄生植物ソムヌスだと言われなければ、ただ赤い花束を髪飾りにしているだけに見えた。
エル様は何かに気づいたのか、何かを探すように柱の影を見た。
そして柱の影の何かを見つけたように、長い間見つめ続けた。