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『芯出れら』

作者: 成城速記部

 娘の母親は、亡くなってしまいました。娘の父親は、娘よりも年上の娘が二人いる未亡人と再婚し、娘は五人家族の最年少になりました。

 娘の父親が、もっと家にいられる仕事をしていたら、これからお話しするようなことは起きなかったかもしれません。しかし、あいにく、娘の父親は、何日か帰ってこられないようなことも多く、娘は、継母や継姉たちにいじめられる毎日でした。

 といって、継母や継姉のいじめは、家のことを全部、娘に押しつけたり、自分たちだけごちそうを食べ、娘には普通のものを食べさせたり、自分たちだけ着飾って、娘には中学のときのジャージを着させるという程度のもので、焼きごてを押しつけるとか、煮えた油をかけるとか、本当に危険なことはしませんでした。ならいいか、と思うかどうかはお任せします。

 ある日、継母と継姉たちは。お城の舞踏会に出かけることになりました。何でも、この国の王子様が、将来のお妃を選ぶため、女性なら誰でも参加できる舞踏会を催すことになったのです。

 継母と継姉たちは色めき立ちました。いずれお嫁に行くのなら、王子様は、一級の嫁ぎ先です。継母は、私があと十年若かったら、と悔しがり、継姉たちに突っ込まれたのが、三月ほど前だったでしょうか、きょうがその当日なのです。

 継母は、継姉たちのために、ドレスを注文していました。髪を上げて、お化粧をすると、継姉たちは、そこそこの御令嬢に見えました。しかし、娘の分のドレスはなく、継母は、一緒に連れていってくれる気はないようでした。

 継母と継姉たちがお城に出かけるのを見送って、娘はため息をつきました。別に、王子様のお嫁さんになりたいわけではなく、いえ、なれるならなりたいですが、きれいなドレスが着たいわけではなく、いえ、着られるなら着たいですが、さすがに中学のときのジャージというのは…。

 ということで、魔法使いの登場です。魔法使いなどという生き物は、魔法でいろいろなことができますから、いたずらっ気があるものです。娘は、あっという間に、御令嬢に変えてもらえました。そのへんにいたネズミが馬に変えられ、そのへんにあったカボチャが馬車に変えられ、娘は、馬車でお城まで行けることになりました。おっと、靴を忘れていました。魔法使いは、おなかのポケットから、プレスマンと同じ素材でつくられた靴を、娘にくれました。もちろん、プレスマンもくれました。いいかい、十二時の鐘が鳴り終わるまでに帰ってくるんだよ。鐘が鳴り終わると、魔法が解けてしまうからね。

 お城に着いた娘は、王子様にお嫁入りすることを願う若い娘たちの大行列の一番後ろに並びました。舞踏会は順調に進み、娘の番になりました。娘は踊りなんか、普通程度にしかできませんでしたが、最後の一人というのは有利です。最も記憶に残る順番です。しかし、無情にも、鐘が鳴り始めました。鐘が一つ三十秒くらいなので、およそ六分で、家に帰らなければなりません。いや、ほかのことはいいのです。馬車がネズミとカボチャに戻っても、歩いて帰ればいいんです。でも、ドレスが中学のときのジャージに戻るのは、さすがにちょっと。その状態で王子様に見初められたら、それもそれでちょっと。

 娘は、走りました。王子様は追いました。娘は転びました。プレスマンを落としました。王子様は追い抜きました。王子様はプレスマンを拾って戻り、娘に手渡しました。ついでに手を取りました。二人の胸はときめいています。完全な吊り橋効果です。おっといけない、娘は再び走り出しました。お城の外階段を降りるとき、プレスマンと同じ素材でつくられた靴が片方脱げてしまいました。何とか、娘は、馬車に飛び乗り、靴を片方持って呆然とする王子様を残して、家に戻りました。家に着いたぎりぎりのところで、ドレスがジャージになりました。ちょうどいいので、娘は、そのまま寝ました。

 朝、目を覚ますと、お城の兵隊が、若い娘のいる家々を訪ね回っているといううわさが聞こえてきました。どうやら、王子様が、意中の娘を探し回っているらしいのです。継母と継姉たちは、またもや色めき立ちました。ジャージの娘は、忙しく働いていましたので、うわさどころではありませんでした。

 娘の家にも、兵隊がやってきました。兵隊が靴を差し出して、履けというので、履いてみましたが、継姉たちには少し小さ過ぎました。継母も履こうとしましたが、兵隊ににらまれました。継母は、継姉たちに、かかとを切り落とすように言いました。靴に足が入れば勝ちなのです。継姉たちは、ばっさりいきました。結構な血が出ましたが、布ガムテープを張って抑えました。兵隊は、家の中で忙しそうに働くジャージ姿の娘を発見し、継母に、連れてくるように言いました。継母は嫌がりましたが、兵隊にすごまれました。

 ジャージ娘の足は、するっとプレスマンと同じ素材でつくられた靴に入りました。つまり、この家の若い娘の足は、全員、靴におさまったのです。兵隊は、三人の娘たちに、プレスマンを持ってくるように言いました。娘たちがそれぞれのプレスマンを持ってきますと、兵隊は、それぞれのプレスマンを分解しました。そして、大きくうなずくと、継姉たちを追い払い、ジャージ娘に、もう片方の靴を持ってくるように言いました。兵隊は、ジャージ娘のプレスマンだけ、芯がばりばりに折れて、詰まってしまっているのを確認したのでした。だって、落としましたもの、王子様の目の前で。そんなプレスマンは、ノックしても芯が出ないのです。ジャージ娘がもう片方の靴を持ってきますと、兵隊は、ジャージ娘を馬車に乗せ、お城に連れて帰りました。

 ジャージ娘は、ジャージ姿を恥ずかしく思い、王子様に会うのを嫌がりました。これを聞いた王子様は、自分もジャージに着がえて、ジャージ娘を納得させました。二人で王様の前に出ましたが、ジャージ娘は、王様の、自分を見詰める目を見て、この国の行く末を案じるのでした。



教訓:中学のときのジャージを、大人になっても着られるのは、女子だけである。※身長の変化の話です。体重の変化には個人差があります。

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