裸エプロンで朝食を
朝、目を覚まして寝ぼけ眼を擦りながら台所へ行くと、妻が裸エプロンで朝食の用意をしていた。
私は仰天して、眠気もいっぺんに吹っ飛んでしまった。
「・・何だよ、その格好は?」妻は少し恥ずかしそうにしながら答えた。
「あなたが喜ぶと思って・・」
そして彼女は私の唇にキスをした。
私も彼女を抱きしめ、キスを返し、そのまま寝室に倒れこみ、ベッドイン・・というわけにはいかなかった。
何しろ、妻も私ももう80歳を超えているのである。
しわしわにしぼんで垂れたしみだらけの胸や尻をなるべく見ないようにしながら、私はそっと妻の体を引き離し、
「風邪を引いたら大変だから、服を着ようよ、な?」
と、急いで寝室に戻ってガウンを取りに行き、妻の体にかけてやった。
その後、トイレに篭り、私は頭を抱えた。
いまさら、この年で・・というか、婆さんを抱く気にはなれない。
女は灰になるまでというのは、本当だったのか。
トイレから出ると、妻は服を着て、普段通りに食卓に皿を並べていた。
そして、何事もなかったように、二人して朝食を食べた。
ところが、その日を境に妻は変わっていった。
若いときは薄化粧だったのが、着けまつげをし、眉を描き、厚化粧になった。
服も年相応の地味な服から、今風の垢抜けたというか、ずいぶん派手な装いになった。
今までずっと家に篭っていたのに、夜外出するようになった。
あるとき、そっと妻のコートのポケットを探ると、ホストクラブの名刺がでてきた。
もう、ため息しかでない。
乏しい年金を男遊びに遣うとは、何てことだ。
いい年して、色ボケするとは・・情けない。
思い余って、一人娘の由紀子に電話で相談してみることにした。
由紀子とは疎遠で、近頃話もしていなかったが、ほかに相談相手もいないから仕方がない。
「お父さん・・」
案の定、由紀子は絶句していた。
「・・信じられないあのお母さんが。それよりお父さん。そんなことよりも」
そんなこととは何だ。
「お母さん、末期がんで余命半年しかないんだよ。知らなかったの?」
ショックだった。がんという事実が、私を打ちのめした。
それと同時に妻がをそれを私に知らせなかったことに衝撃を受けていた。
「だって、あなた、私の話なんてちっとも聞いてくれないし」
「それとこれとは別だろう。夫婦なんだから、ちゃんと言ってくれれば」
妻は、ちょっと笑った。
「私ね、あの時、あなたがちゃんと私に向き合ってくれたら、話そうと思っていたのよ」
「あ、あの時って、裸エプロンのときか」
「そうよ」と妻はうなずいた。
「それをあなたったら逃げちゃって。だから、残りの人生位自由奔放に生きてみようと思ったのよ」
いや、誰だって婆さんの裸エプロン見たら、逃げ出すだろう・・
私はそう思ったが、口には出さなかった。
ただ、最期くらい妻の好きにすごさせてやろうと思った。
だから私は言った。
「お願いだ。もう一度見せてくれ。君の官能的な裸エプロンの朝食姿を」