6.空腹
6.空腹(ジーク視点)
長身で、短髪の赤毛が庭園や、食堂などをウロウロと。誰と連む訳でもない、一人で校舎を歩き、彷徨っていた。
ジークは庭園での出来事があってから、ずっと黒髪の魔術師を探していた。
勿論入学式があって、騎士科の顔合わせがあって、訓練や対戦があって。騎士科一位で入学したジークには、妬み、好奇心からか、沢山の同級生が関わってきた。何なら、先輩にまでちょっかいをかけられていた。
探し始めて3日目位か。
勇気を出して魔術科の生徒に尋ねて見ると、小さな魔術師は目をまん丸くして答えてくれた。
「うーん。…君が探しているのは、フェリクス・フォン・ルックスナーじゃないかな?!」
ーーだって、難しそうな魔法を使っていたんだろう?入学したてでそんなに魔法を使える黒髪なんて、彼くらいしかーー…
そんな風に答えられて、彼の爵位を聞かされると、肝が冷える思いがした。
「はぁ…公爵家か…。とても話しかけられねぇな」
呼び出せもしない上級貴族の他科生徒など、今後関わりが持てない気がする。
ジークはあの黒髪の魔術師に会いたかった。
情報を貰ったあと、庭園にきて例の噴水端に座った。
『私は…魔術科だ。気にしないでいい…』
あの時、振り返った彼の瞳は、陽の光を受けてトパーズみたいな、価値のある宝石みたいな虹彩をしていた。
思い出すに、とても淡々とした男だった。当たり前のようにこちらの服など破損部を治し、タイまで寄越してくれた。
今自分が着けているものは、彼が譲ってくれたタイである。
「何か、返したいが…」
ーー自分に金はない。
恥ずかしい話だが、ジークは生まれが貧相だった。親の顔はわからない。スラム街の、不潔な孤児院の隅っこで育てられた。あるのは寝床。男児に飯はあってない様なもので、幼いながら傭兵紛いのことをして、今まで食い繋いできた。
瞳も赤毛も目立つせいで、孤児院仲間のやるような盗っ人や詐欺をすると、直ぐに見つかってしまうのだ。
真っ当に稼ぐしかなかった。天の情けか身体は丈夫で、剣を振るうのも下手ではなかった。
剣技を見て覚え、強くなるしかなかった。
拾った剣で、つぎはぎのような生き方をした。生きる目的もなく、頼れる先もない中で、15の時武勲を上げて、騎士として推薦された。
ーー罪人が集団で逃げ出したのを、全部捕まえたのだ。学園に入るには色々かかるようで、今はもう、16になってしまったが。
貯めた金もお高い制服とやらで消えて、入学初日に破られるという散々な目である。
『怪我をしているな…。』
近寄ってきた彼の様子を思い出す。触ってきた掌は優しくて、指先は白くて、細かった。
ジークは、彼を綺麗だ、と思った。
手荒く触ったら、折れてしまいそうな、花みたいなものに見える。
庭園で一人時間を潰しながら、また不意に彼がここに来てくれはしないかと、つい考えてしまう。
ーー彼の身分が高くなければ、
友人になれただろうか?
遊びで、庭園の薔薇に指をかける。棘ごと握ると、指に傷が入った。
胸が痛いのか、指が痛いのか、よくわからないまま、ジークは双眼を眇めていた。