第0章8 【実力】
「交渉するったってお前、なんか当てあるのか?」
ゼラ「ありますよ、一応。ここです」
ここ、って言われて辿り着いたのはボロい一軒家。一応、他に比べればマシな作りの家だな。こんなところに何があるってんだか。
ゼラ「頼もー!」
「お、おい!」
ゼラはノックもせずに扉をドカーンっと開けて、耳がキンとなるほどの大声を出す。
「あぁ?」
「何もんだ」
「ガキか......」
ほら言わんこっちゃない。厳つい体格の兄ちゃんらが......
......
......
「ゼラ、逃げるぞ!」
ゼラ「何言ってるんですか。これからが本番です!」
ゼラは臆することなく大股でカウンター席まで歩き、どかっと古びた椅子に腰を落ち着ける。
今更だが、ここはどうやらただの一軒家ではなくボロくさい酒場らしい。屈強な男どもの汗の匂いが半端ねぇぜ。あと、どことなく潮の香りもするな。
「何もんだ、嬢ちゃん。ここは、お前らみてぇな裕福な奴が来るような場所じゃねぇぞ」
ほら見たことか。カウンターの奥側に座る一際厳つい男がゼラに詰め寄る。こういう時、男である俺が前に立ってやるべきなんだが、流石にあんなのを相手にして俺が男気を出せるわけがない。ヒョロガリに近いしな。
ゼラ「突然の訪問で申し訳ないんですけど、これについて聞かせてくれませんか?」
「あぁ?」
ゼラはさっき俺に見せてきた紙を同じようにして厳つい男に見せる。
「......嬢ちゃん。悪いことは言わねぇ。世の中には関わっていいもんと悪いもんがーー」
ゼラ「知りません。話してください」
「......」
ゼラ「隠したって無駄です。あなた達は、本当ならば実力があり、もっと裕福な暮らしを送れているはずです」
「......なんで嬢ちゃんにんな事が分かるんだ?」
ゼラ「簡単なことです。この貼り紙に書いてあることは、全てこの土地に住む皆さんに関係すること。そして、この貼り紙を書いたのは間違いなく地主さん」
「......そこまではグッドだ。嬢ちゃん。しかし、そんなことを知ってーー」
ゼラ「皆さん。税が重いと感じたことはありませんか?」
「......」
こいつ、やっぱ他人の話聞く気0だろ。
「......俺はあるぞ!この街の税はクソ高ぇ!」
しばらくの沈黙が訪れた後、後ろ側にいる1人の男がそう叫んだ。
「俺もだ!この街の税、いぃや、この街を支配してる奴らはクソ殺してぇ!」
「俺もだ!税はクソ高ぇ!遊ぶ暇はねぇ!給料はくそ小せぇ!こんな街、生きてられっか!クソが!」
「逆らいてぇ!俺らの金は自由にしてぇ!でも!」
「「「 地主の奴らがそれを許さねぇ!クソ喰らえが地主共! 」」」
最後に酒場にいる男全員が口を揃えて同じことを叫んだ。
「......嬢ちゃん、あんたすげぇな。ここにいるバカどもが口を揃えるなんざ10年ぶりだぜ。......いいぜ、話だけでも聞いてやる。いや、話してやる」
ゼラ「ふっふっ~」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「この街は、昔昔からずーっと金が大好きな地主が支配している。昔は、もっと活気に溢れていたんだが、年々税が増え続けるばかりで街はすっかりとこんな有様になっちまった。ちょっと先に進めば華やかな道が出てくるんだが、あそこは地主が違う」
この店の主こと『リゲル』が語るには、この街は漁業を中心として栄えたものの、ある日急に地主が変わり、そこから階段を転げ落ちるように街が急速に衰えてきたということです。要するに、この街が私の予想通り、悪い人によって支配されていたというわけです。
リゲル「正直、語るのも嫌な話だが、奴は根っからの金好きでよォ、今じゃ年収の8割が税として絞り上げられてる。ここにいる奴ら全員な」
「酷い話もあったもんですねー。で、肝心の金好き地主さんのお名前は?」
リゲル「......カーマネだ。黒髪チョロ毛のアホ丸出しな面したバカだ。なんでこんな奴が地主になれるほど金を稼げるかが分からねぇ」
リゲルが小さな紙に描かれた肖像画のようなものを差し出し、聞いてもいない相手の特徴を教えてくれます。
......なんか、肖像画って言うより、ただの悪意を込めた落書きって感じですね。ところどころに注釈で『アホ』とか『バカ』とか書いてありますし。
「......で、出来ればなんですけど、この人って普段どこに住んでるんですか?」
リゲル「この街の奥に、この街には不釣り合いな大きな屋敷がある。奴は、普段からあそこで食っちゃ寝をしては度々俺らのところにやって来る」
「なるほど。分かりました!」
それだけ情報を得られれば十分。早速、お金大好きなカーマネさんのところに行ってみましょうか。
リゲル「嬢ちゃん。一応言っとくが、俺らのために無理しなくていいんだぞ」
「分かっています。戦うわけじゃありません。ただ、ちょっと融通してもらうだけです。こういう時の対処法なんて、昔読んだ本の中に書いてありましたから」
リゲル「......健闘を祈る」
「と、いうわけで、行きますよ!ラウス」
ラウス「......暴力は嫌だからな」
「話聞いてました?」
ラウス「お前の方こそだろ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そして、時折日が差し込むスラムの道を進み、やっと見えてきました大きな屋敷。本当、この街には不釣り合いな程にデカいですね。
ラウス「さて、ここまで来たがどうやって入る?」
「そうですね~」
暴力はダメですから、やはりここは相手の性格を考えた策で行きましょうか。
「......ラウス。金属探知系の魔法って使えますか」
ラウス「まあ、宝探すのに便利だからな。一応心得ている」
「ここに来る途中で瓦礫の山がありましたよね」
ラウス「まあ、あったな」
「一旦戻りましょう」
ラウス「......?」
......
で、目的の瓦礫の山へ。
「ラウス、金属探知系の魔法を使って、この山に金属がどれだけあるか調べてください」
ラウス「......まあ、やってみるか」
ラウスは左手を瓦礫に当て、そこから魔法陣を展開して何かを読み取ります。
ラウス「ざっとだが、500kgくらいはある。結構多いな」
「そうですか」
それだけあれば十分......かもしれません。少しだけ不安な量ですけど、まあ大丈夫でしょう。
「じゃあ、ちゃっちゃっと始めますか」
私はその辺に落ちていた小さな瓦礫の破片を拾い、この山をぐるっと囲むように円を描きます。
ラウス「お前、まさかとは思うが、金を錬成しようとしてねぇか?」
「よく分かりましたね。私、錬金術なら人並み以上に使えるので、それでーー」
ラウス「あのなぁ。金の錬成は世界共通で禁止されてんだぞ。それくらい、お前が呼んでた本の中にでも書いてただろ」
「分かってますよ~」
分かってる上でやるんです。どうせ、ここらにまともな憲兵なんていないと思いますし、バレませんよ。
「それに、どうせ私が作った金はすぐに壊れるようにするので大丈夫です。まあ、私のやる事に黙って着いてきてくれれば大丈夫ですよ」
ラウス「分かった。黙って見といてやるよ」
「では行きます」
私は描いた錬成陣に左手を当て、頭の中に構築した式から物質を紐解き、そのまま瓦礫の山を分解・再構築します。量が結構多いですが、金属を集めて形にするだけなので特に問題はありません。まあ、金属と言っても鉄とか銅がほとんどなのですが、そこは少量としてある金を表面にすることで見た目のごまかしをします。やがて、数秒としないうちに錬成が終わり、ピラミッド型に積み上げられた見事な金が出来上がりました。
ラウス「......こんだけありゃ、大抵の奴は騙せるな」
「問題は、カーマネさんの欲望がどれほどのものかって話ですけど」
ラウス「大丈夫だろ。金の猛者って言うくらいだから、例え少量の額でも取引はできるって。つか、こんだけありゃこの土地丸ごと買える......まさかお前」
「ええ、その通りですよ」
ラウス「......とんでもねぇ奴だな」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「いやぁ、この街は大変居づらい場所だったでしょう。ささ、とりあえずこちらにでも腰をかけてくださいませ。今すぐに使用人にお茶を用意させますので」
妙によそよそしいこの男は私たちの交渉相手であるカーマネ。落書きだと思っていたあの肖像画は、どうやら全然間違っていなかったようで、本当にバカアホ丸出しの顔をしたオジサンでした。
一応経緯として説明しますが、金を錬成した後、たまたま仕事帰りのカーマネが通りがかり、私たちの前に佇む金を見て凄いヨダレを垂らしていました。気持ち悪かったです。まあ、この気を逃すまいと私はカーマネに交渉を持ちかけ、無事にこうして屋敷に招いて貰えたというわけです。本当に気持ち悪かったですね、あれは。書き起すのも嫌です。
「どうぞ」
メイドさんらしき人が紅茶を持ってきてくれたので、私はそれにひと口口をつけました。うん、普通ですね。
カーマネ「では~、早速で申し訳ないのですが~交渉に入りたいと」
「私たちの要求は、あのスラム一帯の土地買取です。それ以外には何もいりません」
カーマネ「え?あんな土地をですか!?」
「はい。あんな土地をです。それさえ買わせてもらえれば、あの金は全てあなたのものになりますよ」
カーマネ「......何か、裏があるのでは?」
あんなに金に貪欲なカーマネでも、流石にこちらの要求が安っぽっちなものだと分かれば疑問を顕にした表情を向けてきます。無理はないですね。この男は、多分、相当用心深いですから。
まあ、この後あの金は全て崩してしまう予定ですし、その用心は何も間違ってないんですけどね。
「何もありませんよ。ただ、あれは錬金術で錬成した物ですから、扱う場合は注意が必要ですよ」
カーマネ「......なるほど。あなた様も随分な悪のようですね。分かりました。あなた様の要求を全面的に呑みましょう」
おや、意外にあっさりですね。潔くて助かります。
えーっと、確か昔読んだ本には、この後に起きうるいざこざを回避するための方法が書かれていたはずですが、何でしたっけ?確か、これをしとかないと凄いめんどくさいことになるはずなんですけど......
ラウス(おいゼラ。何黙ってんだ?さっさと話を切り上げようぜ)
うーん、何でしたっけ?
......
......
......あ、思い出しました。
「カーマネさん。出来ればなんですけど、契約書にサインをお願いできませんか?」
カーマネ「契約書?......はっ、そうですか!そうですよな!おい!白紙を持って来い!」
さっきとは違うメイドの人がすぐさま白い紙を持ってきました。カーマネはすぐさまそれに何かを書き始めます。
「カーマネさん。一応、私もあなたも悪事に近い事で取引をしているわけですし、書面には『この土地は有効に使っていただける貴殿に無償で譲渡するものとする』っていう記述を入れてもらえませんか?」
カーマネ「わっかりましたー!」
さっきまでは結構疑ってかかっていたのに、そんなあっさりと決断してしまうんですね。助かりますけど。
カーマネ「では、ここにサインをお願いします」
ものの数秒で大事なことを全て書き終え、あとは私がサインするだけ。
......本名使うと面倒なことになりますし、何より先程書かせた文面の効果が無くなるので、ここは偽名を書いておきましょうか。
「『ヒカリ・スターフィリア』っと」
特に意味はありません。昔読んだ本の中に描かれていた人物の名前です。
カーマネ「これで取引成立ですな」
「いい取引でした。では、瓦礫の山近くに積み上げてるやつは全部あなたのものですよ」
カーマネ「ふひっひっひっ」
......やっぱ、この人おかしいですね。頭が。