第0章17 【アクセイ】
影という巨大な組織がいるのであれば、それに敵対する勢力はたくさんいるはず。だから、そんな彼らを丸っと納めてしまえばこちらのもの。なぁんて思っていた私がバカでした。
「うわぁ。酷い」
街は想像以上に破壊の限りを尽くされており、あちらこちらで人々の断末魔やら呻き声やら悲鳴が聞こえてきます。耳が痛くなってきますよ……。
ヨミ「作戦変更じゃな。妾らだけで突破を図る。死にたくなければ着いてこんでいい」
ラウス「急に何言い出すんだよ。こんな状況、俺らたったの5人で行けるわけねぇだろ」
ヨミ「じゃからじゃ」
ラウス「は?」
ヨミ「まともな戦闘能力の備わっていない彼奴らを出せば、確実に死ぬぞ。それでお主はいいのか?いいのであれば、お主の好きにするがよい」
そう言うと、ヨミさんは前回同様、大きな翼を出して飛んで行きました。方角はやや北東寄り。飛んで行った先を見ると、そこには、崩壊した街の中で唯一綺麗に残っている建物がありました。ここからだと文字までは見えませんが、看板もぶら下げられているようです。多分、あれが影とやらの本部なのでしょうね。
ラウス「ちっ、好き勝手しやがって……」
モルガン「悩んでいる時間はないぞ」
ラウス「あーもう分かったよ。仲間殺してまで仇討ちしたら、地獄からババアが這いずって来そうだ」
シャウト「……俺達だけで行くんだな」
ラウス「魔法は十分心得た!……黒だが影だが知らんが、まとめてなぶり殺しにしてやんぞ!出陣!」
「「「 おー! 」」」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
さて、彼奴らの覚悟を聞いたところで、妾も耳を揺さぶる影の相手をするとしようか。
「……1つだけ聞いておこう。お主、名は?」
「アクセイ。それが、俺の名だ」
聞いたこともなければ見たこともない男。じゃが、なぜ、こうも奴の存在が妾に"恐怖"を与えてくる?
場所はこの街で唯一綺麗に残っている建物。多分、影とか言われとった組織の本部じゃろうな。で、妾は単独そこに乗り込んだ。雑魚は全員時間停止の中で斬り刻み、さっさとグランストーンとやらだけを回収して帰ろうとした。じゃが、そこに妾の時間停止を受け付けぬ者が現れた。
そう、それが、今目の前に立つ男。アクセイ。
見た目は、黒ローブと顔に巻かれた包帯のせいで、ほぼどんな特徴のある男なのかは分からない。じゃが、物では隠し切れぬほどに覆い被さったオーラは、妾にただ1つの"恐怖"を与えてきた。
刀を持つ手が震え、目もアクセイに焦点を合わせるだけで精一杯な程に揺れている。男の周りが歪んで見えるな。
アクセイ「どうした?怯えているのか?」
「……バカ言え。妾がお主如きの人間に怯えるわけなかろうが」
アクセイ「そうか?その割には口が震えているぞ」
「うるさい……」
歪む視界を、震える左手の刀で横一文字に斬り払う。こんな事をしても、何かが変わるわけではない。じゃが、妾の気持ちが落ち着き、視界が少しだけマシになった。
止めていた時間を再び動かし始め、妾はゆっくりと刀を右肩の上に構える。
「……グランスキル・怠惰一閃」
アクセイ「魔女の権限か……」
なぜ奴がそれを知っているのか、について考えるのはやめた。奴は妾の何かを知っている。いや、世界の何かを知っている。それだけ意識していれば十分。
アクセイは既のところで回避をしようとした。じゃが、妾の怠惰一閃は、どんな相手であろうが対象にすれば判断能力を鈍らせることが出来る。まあ、普通の相手であれば考えることすら出来んようになるのじゃが、この男は辛うじて体を動かした。じゃが遅い。
「……」
アクセイ「流石は怠惰だ。しかし、それで俺が死ぬとでも」
「……死んでほしかったのう」
アクセイ「影・ブラックストーム」
黒い竜巻が妾がいた位置を襲いにかかる。既のところで壁に取り付くほどまで跳び、翼を広げ、勢いを付けてからアクセイに斬り掛かる。
アクセイ「ふんっ!」
刀は、アクセイが作り出したブラックホールにぶつかり、辺りに負のマナを撒き散らした。
魔法にぶつかったはずなのに生じる衝撃。妾もアクセイも、互いに距離をとるようにして弾き飛ばされた。
弾き飛ばされた体を、もう一度壁に当て、アクセイの元にまで跳ね返るようにして飛ぶ。
「グランスキル・怠惰一閃!」
もう一度、奴に同じ攻撃を喰らわす。今度は逃げ場がなく、綺麗に真っ二つ……になるはずなのじゃが……。
アクセイ「カラードライブ・影」
アクセイの斬られた部分から黒い煙のようなものが出て、そのまま暗闇に溶けるようにしてアクセイの姿が消えた。
カラードライブ・影。聞いたこともない強化魔法じゃの。そもそも、影属性なんてもんを妾は知らぬ。6兆年生きといて、ありとあらゆる魔法を知ったつもりじゃが、まだまだ知らぬものがあるとは。……だとしても、この世界はつまらん。
……影に消えたといっても、アクセイはまだ近くにいる。息を潜めて、妾が隙を見せるのを待っている。
「……グランフィールド・封魔」
所詮は魔法。この区域を魔法禁止区域に設定してしまえば姿を現す。そう考えてグランフィールドを放ったのじゃが、奴は姿を見せない。
魔法ではないのか?いや、あれは魔法のはずじゃ。カラードライブの発動時に負のマナを感じた。絶対に、あれは魔法だったはず。
そう考えた時だった。急に背後から負の気配を感じ、すぐさま後ろを振り返った瞬間、妾の体は何かで斬られた。
「っ……フルヒーリア……!」
この妾に大きな傷を付けてくるとは……。最初に感じた恐怖、あれは間違いではなかったのか。
「厄介な相手じゃ。一体、どこから攻めてーー」
アクセイ「遅い」
「ぐっ……!」
今度は反応しきれず、背中をざっくりと斬られた。熱い痛みが広がり、苦痛に顔をしかめる。
「……どこから」
アクセイ「ここだ」
「っ……!」
立ち上がろうとした瞬間に足元を斬られた。折角の着物が赤い血で染まっていく。
ただ闇に紛れただけかと思っていたが、奴は別の世界にでもいるんじゃないかと思う速さで妾に攻撃を仕掛け、そしてすぐに姿を消す。
どう戦えばいい?時間を止めても、奴には効かない。かといって、無闇矢鱈と魔法を振っても体力を消耗させるだけ。だからといって、ただ待っているだけならば相手の思う壷。
……大人しく、白旗振って降参してもいいんじゃが、ここで諦めるのは妾が納得出来ん。考えろ。痛みはあれど、死にはしない。死ぬことができない体に、初めて感謝をする。
「っ……」
考えている間も奴は攻撃の手を止めない。必ず、妾が警戒してない方からやってくる。でも、この痛みにさえ耐えれば、妾には無限の時間が出来る。……耐えろ。耐えるんじゃ。こんな痛み、過去に何度も味わってきたではないか。心の痛みという形で。
「……相手は影。影は、光無きところには現れぬ。……グランスキル・閃光」
月や、太陽以上に眩い光をこの部屋だけに充満させる。妾は目を瞑り、気配だけで敵の場所を感知する。
「そこじゃ!グランスキル・怠惰獄門!」
翼を広げ、天井に向かってサマーソルトの要領で飛ぶ。そして、敵がいる場所目掛けて真っ直ぐに刀を振り落とす。
アクセイ「……なぜ」
「怠惰一閃!」
敵に当たった感覚がし、アクセイの鈍い声が聞こえた。この気を逃すまいとすぐさま別の攻撃をしかける。目を開けることは出来なくとも、敵の負のマナから正確な位置を特定することが出来る。
「グランスキル・ニルヴァーナ!」
トドメの一発として、無属性の爆発魔法を吹き飛んでいったアクセイに向けて放つ。耳を突き破るほどの爆発音と、アクセイの僅かな断末魔が聞こえた。じゃが、死の香りはして来なかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
遠くで大きな爆発音が響いてきました。
私たちは、ヨミさんの後を追いかけ、あの本部と思われる建物を目指して走っている途中です。走ってる途中、所々に怪我をして倒れている人たちがいましたが、私は無理矢理頭を振って無視をしました。
とても、とても辛そうな人たちでした。この辺りは影が仕切っているからなのか、戦いという戦いはあまり見かけませんが、それでも激しい戦いは幾つか起きています。戦士ではなくとも、巻き込まれて負傷することはあるのでしょう。助けてあげたい。そう思いましたが、それは私には出過ぎた真似です。
シャウト「敵だ。全員構えろ」
シャウトの声が、私を現実の世界へと引き戻しました。
ラウス「相手は3人。無理矢理突破すんぞ」
モルガン「おう!アクア・リ・フレイム!」
目の前に迫ってきた黒ローブの男たちを、モルガンが火と水が合わさった合体魔法で蹴散らします。
黒ローブの男たちは、モルガンの魔法を喰らって倒れた後、影に飲まれるようにして消えてしまいました。
ラウス「けっ、気味が悪ぃ」
「次が来てますよ」
ラウス「分かってるよ!ライジング・クエイク!」
新たに迫ってきた黒ローブの男たちを相手に、ラウスの雷、地面魔法が炸裂。特に何事もなく撃破しました。
何だか、本部に近づけば近づくほどこうした敵が増えて来ている気がします。まあ、敵の本拠点近くなのだから、守りが厚くなっていたって何もおかしなことではないのですが、いくら何でも敵が弱すぎませんかね?
相手は、この国でもトップ勢力となる『影』。そんな彼らが、私たちのような1ヶ月程度で作り上げた魔法に、意図も容易くやられてしまうでしょうか?
これは、罠……なんですかね?
シャウト「ゼラ!考え事は後だ!リミット・ブレイド!」
シャウトが影で作られた刃を飛ばし、私の前に迫ってきていた黒ローブを突き刺します。そのまま、刃は壁にまで突き刺さり、黒ローブは影に飲まれるようにして消えました。
影。……影ですか。名前通りの力を使う相手ですね。
……いや、違う。私たちは、本当に敵を倒してるのでしょうか?
「皆さん!攻撃をやめてください!」
ラウス「はぁ!?何言ってんだゼラ!っ……!オラァ!」
ラウスは敵の攻撃を流しつつも、私の方を振り向いてくれました。他の面々も同様にです。
「おかしいと思いませんか?この敵の数」
シャウト「影は巨大な組織だ。敵の本拠地近くともなればこれくらいーー」
「いえ、そうではありません。私たちは敵を倒している。でも、倒した敵はどうなっていますか?」
モルガン「影に飲まれるようにして消えてるな」
「それです」
ラウス「何がだよ」
「私たちが敵を倒しても、その敵は影に飲まれてしまうだけ。では、その影に飲まれた敵はどこに行ってるんですか?」
ラウス「っ……まさか」
「やられたフリをして、影の中にこっそりと忍び込んでいる。そして、私たちが敵陣の奥に進むにつれて、彼らも後ろを塞ぐようにして着いてきているとしたら?」
シャウト「……!リミット・バースト!」
突然、シャウトが私の後ろに向けて、閃光弾のような魔法を撃ちます。すると、私の予想通り、消えた影の代わりになるようにして敵が現れました。
ラウス「マジかよ……」
モルガン「攻撃の手を止めるな!アクア・リ・ツリウム!」
「カラードライブ・聖音!」
すっかり囲まれてしまいましたが、何も負けたわけではありません。私たちは必死に魔法を覚え、この身につけたのです。負けるわけにはいきません!
と、迫り来る敵と本格的な戦いを始めた時、またしても大きな爆発音が響いてきました。
今度はなんでしょうか。と思ったら、空からヨミさんが降ってきました。……ヨミさんが……降ってきた?
初見の方へ。
アクセイはグラスト本編にも登場するキャラです。本編ではどんな立ち位置になっているのか、是非ともその目でご確認ください。




