まさかの遭遇③
(なんで私だけ! 私が何したっていうの?
好みじゃないコーヒーを持っていったってだけで、こんなに態度が違うの?
でもあれは会社で用意しているコーヒーだから、峰岸さんだって同じようなものを持っていったはずなのに。
そりゃあ峰岸さんはかわいいけど! それで態度が違うの? だったら最低!)
――それなら買い物も峰岸に付き合ってもらえばいいではないか。峰岸は亘の外面にコロっと騙されているようだし。
亘の態度に矛盾を感じながらも、日和は翌日、池袋はよく分からないという彼のために待ち合わせに指定したいけふくろうへ向かった。
五分前には到着するように出たのだが、意外にも亘のほうが早くついていて、ふくろうの銅像の隣でスマホをいじくりながら日向を待っていた。
シャツとパンツ姿というラフなスタイルの彼は特別おしゃれをしているわけでもなく、むしろ飾り気のない地味な服装なのに、周囲から完全に浮いて見えた。
やはりスタイルと顔が良いせいだろうか。ここでもまた、当たり前のように視線を集めている
ふと顔を上げた亘は、声をかけづらい――と思いながら少し離れたところに立っている日向に気づいた。とたんにまとう雰囲気が高飛車なものへと一変する。
「遅い」
その日もまた、文句が挨拶代りだった。彼の不遜な態度にも少し慣れてきた日和はそれを聞き流し、澄ました顔をして彼のもとへ近づいていく。
「じゃあ、行きましょうか」
「待っていたら身体が冷えた。熱いコーヒーが飲みたい」
まだ十月も上旬で心地よい気温だというのに、おおげさに両腕をさする亘に日和は冷ややかな視線を投げる。
(だったらテイクアウトのコーヒーを買って、飲みながら待ってりゃ良かったじゃない)
心の中でそう答えながら、にこやかな表情を取り繕った。ここ数日で顔面の筋肉が鍛えられたのか、愛想笑いも苦痛ではなくなっている。
「分かりました。なら、あっちに行きましょう」
亘が好きそうなカフェがあるショッピングビルへ案内しようと振り向いた日和は、待ち合わせに向かってきた学生風の男性とぶつかりそうになった。
「うわっ」
ほんの数センチ先に男性の胸が迫ってきたところで、腕をぐいと引っ張られる。
「気を付けろ。トロいやつだな」
背後から、亘の不機嫌な声が聞こえてきた。
「トロいって――あ、ありがとうございます」
どうしてつねに余計な一言を言うのだろうと日和は苛立ったが、それでも助けてもらった礼は一応言っておくべきかと思い、背にぴったりと張り付くように立っている亘を見上げようとした。
が、いつのまにか首元に彼の腕が回っていて、ぐんぐんと締め付けてくる。まるでスリーパーホールドをかけられているかのようで、少し苦しい。
「ちょ――あの、苦しいので放してもらえますか!」
日和は咳き込みながら訴えた。
「え? ……ああ、悪かった」
腕を離しながら放った彼の一言に、唖然とする。
(この人の謝罪の言葉が聞けるなんて――!)
日和は軽く感動さえ覚えながら咳払いし、喉の調子を確認した。本気で落とそうとして技をかけたわけではないようで、痛めた様子はない。
「なんで絞め技かけるんですか。ここで私が落ちたら、買い物に行けませんよ?」
日和が恨めしげな視線で見上げると、亘は視線を横に泳がせた。少し彼の頬が上気しているように見えて、日和は首を捻る。
「もしかして、具合が悪いんですか? 支えてもらおうとしてしがみついたとか?」
「……そんな訳ないだろう! もし熱が出たとしたら、この寒い空の下、おまえに待たされたせいだ!」
いきなり逆ギレした亘に、日和はため息をつく。
「待たせたって――ここに着いたのは、五分前ですけど」
責められるほど遅くは来ていないはずだ。
「俺を待たせるなんて、百年早いぞ。社会人たるもの、十分前行動は当たり前だ」
常識外れの亘にだけは社会人の心得を説かれたくないし、十分前に着いたのなら、待ち時間は五分。責められるいわれはない――と思ったが、いちいち付き合うのが面倒になってきた日和は、これもスルーすることにした。
「……冷えたのなら、急いでカフェに行きましょうか。熱いコーヒーを飲めば温まりますよ」
小学生時代の駄々っ子だった弟を諭しているような気持で、日和は言った。
「ここで立ち話をしていたから、さらに冷えた」
亘は不機嫌な顔をして、それでも素直に日和の隣に立った。
そのカフェの中でも、亘はひときわ目立っていた。
注目されることに慣れきっているのか、亘に視線を気にする様子はない。
しかし、日和は違った。
亘と一緒にいることでいらぬ嫉妬を浴び、ひどく落ち着きない気持ちになる。買い物に付き合うだけなのだから――と、あえて化粧は薄めで、服装もジーンズに地味な黒のアンサンブルを合わせてきたのだが、それが逆に恋人同士の休日のように見えているのかもしれない。
(なんであんな普通の子と一緒なんだろ?)
(あの程度の女の子でいいの?)
女性たちの値踏みする目が、そう言っているような気がする。だったらむしろ、もっとビジネスライクな服装にすればよかったのかと少し後悔し始めていた。