まさかの遭遇①
翌日、出社した日和は、すでに席についていた松坂佳恵に手招きされ、内心ため息をつきながら笑顔でそちらへ向かった。
「高丸さん、昨日は弟に付き合ってくれたんだって? これであの子も人並みな生活ができそうね。ありがとう」
「いえ。……週末も家電選びに付き合ってほしいと頼まれたのですが、チーフは無理なんですか? ――あ、嫌だっていうわけじゃないんですけど、ご家族のほうが気楽なんじゃないかと思って」
上司が眉を上げたので、日和は慌てて言い添えた。もう亘に付き合うのは嫌だ――というのが本心だったが、そんなことを言えば上司の不興を買うのは分かり切っている。
「ごめんなさいね。私、週末は用事があるの。それに私だといろいろ指図されるから嫌なんじゃないかしら」
「あの――本当に、弟さんには友達とかいらっしゃないんですかね?」
「最後に友達を家に連れてきたのはたぶん……高校生だったかな? あの子はあの顔と性格だし、個性が強いでしょう? だから同級生の中では浮いちゃうみたいなのね。でも珍しくあなたとは馬が合うみたいだから良かったなって思って。ちゃんとお礼はするから……お願いしてもいい?」
あの男と馬が合うなんて、絶対にありえない。
心の中で全力否定した日和だったが、上司が頭を下げるのを見て渋々ながらも頷いた。
「そうですか。とりあえず、週末も付き合いますので……まつざ――えーと、亘さんの連絡を待ちますね」
(透君のところへは、買い物の後に行けばいいかな)
池袋の家電量販店なら恋人の家に近いし、何度か彼の買い物に付き合ったこともある。
上司の弟という本来なら自分とはまったく関係のない男性の買い物に付き合ってあげるのだから、場所くらいはこちらで指定させてもらおう――と頭の中で予定を組み立てていたら、
「あ、今さらだけど、彼が私の弟だっていうのはあまり周囲に言わないようにしてくれる? 苗字が一緒だから遅かれ早かれみんな気づくとは思うけど」
と佳恵が言い出した。
「あ……はい。――でもすみません。聞かれたので、飯島君には話してしまいました」
「先に言っておかなかった私が悪いんだから、それは気にしないで。彼には私から言っておく……っていうか、別にいいんだけどね。ただ周囲がその話題で浮ついた空気になったら嫌だなと思っただけで」
「飯島君、お二人を恋人と勘違いしていましたよ」
「え? そうなの? あの子と私、七つも離れているのに」
そう言って、佳恵は照れたような顔をした。
――そして迎えた金曜日。
日和が同僚とのランチを終えて席に戻ったとたん、内線電話が鳴った。嫌な予感を覚えながら受話器を取り上げた。
『高丸さん、昼休憩終わった?』
開発室の中では日和と比較的仲の良い光森からだった。最近は生まれたばかりの子供の写真を日和に見せながら惚気ている、子煩悩な優しいパパだ。
「はい。ちょうどいま、戻ってきたところです。宣材の件ですよね? すみません、もう少し待ってください。たぶん週明けになるだろうって――」
嫌な予感は気のせいだったのだと安堵した日和だったが、次の光森の言葉にがっくりと肩を落とした。
『あ、違うんだ。カラさんとこの営業さんが、君に用事があるみたいで』
(……なんでいちいち開発室経由で私が呼び出されるんだろう。私じゃなく、お姉さんに連絡すればいいじゃない)
イライラが声に出そうになったが、光森は悪くないのだと必死に怒りを押し殺した。
「分かりました。ではロビーのソファーで待ってもらうように伝えていただけますか?」
『え? ブースは取らなくていい? 俺が使ってたブース、時間が延長できるみたいだけど』
「いえ、平気です。すぐに済む用事だと思うので」
『そう? じゃあ、下で待っててくれるように伝えておくよ』
「お願いします」