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わたしはあなたの部下じゃない②

 残念に思いながら深く息を吸い、息を整えてから日和は尋ねた。


「チーフは現在、役員との会議中でして……あと一時間程度かかると思いますが、お急ぎですか?」


「うん、それは聞いた。だから高丸さんを呼んでもらったんだけど」


 そう答えて、亘は片方の口の端を上げてふてぶてしい笑みを浮かべた。


「それで……どのようなご用でしょう?」


「この後、買い物に付き合って」


「はい?」


「俺、日本に戻ってまだ一週間なんだ。ずっとホテル暮らしで、住むマンションも昨日決まったばかりでさ。だから生活に必要な諸々の物を揃えようと思うんだけど、なにがいいのかぜんぜん分からないし」


 日和の顔がこわばった。筋肉が攣ったように痛んで、愛想笑いを浮かべることができない。


「え、だって――アメリカでは、一人暮らしをしていたんですよね?」


「あー、違う。向こうで暮らしている友人宅の空いてる部屋を貸してもらっていただけだから」


「……チーフに頼めば良いのでは……。それに、それは業務外――というか、完全にプライベートな用事ですよね」


 いくら弟に甘くても、仕事に関係ないところで部下を使われたら、さすがに松坂も怒るだろう。松坂が怒らなくても、この行為はビジネスコンプライアンスに反するのではないか。好意で頼みを聞いたとして、こいつの依頼がどんどんエスカレートする可能性は非常に高い――と思い、日和はきっぱり断ろうとした。


「プライベートな用事は、ご家族に頼んだほうが良いと思います」


「ああ、うん。でも姉さんは忙しいし、今日も遅くなるみたいだから――どうせ高丸さんは定時で上がるんだろ? だったら付き合ってくれたっていいじゃないか」


 完全に見下している発言に、日和の頭にカッと血が上った。


「わっ、私だって、忙しいんです! なんの用事もないと思ってるんですか?」


 すると亘は心底驚いたといった顔をした。


「え、あるの?」


 日和は言葉に詰まった。


 今日は水曜日。週の半ばだし、家に帰ってテレビを観て眠るだけだから、これといった用事はない。


 すると亘は鼻で笑った。


「ほら、やっぱりないんだ。だったら手伝ってくれてもいいんじゃないの?」


 小ばかにしたような表情を見て、日和はとうとう口調を荒げた。


「あなたとは関係のないことだと思いますが。それにどうして、私なんですか? ほかに頼めるような友達はいないんですか?」


「いない」


 ――それがなにか?――と言わんばかりに亘があまりにもきっぱりと答えたから、日和は怯んだ。どうして彼は、友達がいないことをそんなに自信満々に、しかも自慢げに言っているのだろう。


(この性格なら仕方ないけど――)


 亘のこの性格で、営業職などできるのだろうか。


 他人事ながらだんだん心配になってきた日和は、今まで世話になってきたカラや折島の立場への気遣いもあって、仕方なく買い物に付き合うことにした。それに彼のことを知っておけば、今後どう対応していけば良いか分かるかもしれない。


「分かりました。十七時半に社を出ますので、それまで待っていただければ」


「あ、そう。――あと一時間か。なら、連絡先を教えるから終わったら電話して。外で待っているから」


 亘は腕時計を確認しながらさらりと言って、背を向けた。


(……あ、そう――じゃないでしょ! ありがとう、は?)


 弟が二人いて、彼らに振り回されながらもきちんと面倒を見てきた日和は、憤然として思わず注意しそうになった。


 子供の頃は弟たちにもずいぶん手を焼いたが、この男はその比ではない。 


(まったく。こういうことは親と姉がきちんと指導してあげるべきなのに!)


 面倒な弟を自分に押し付け(られたと日和は思っている)会議室でプレゼンをしている上司を恨めしく思いながら、日和は携帯電話を取り出して嫌々ながらもアドレスを交換した。


*****************


 日和がそのカフェに入るのは、その日、二度目だった。一度目は、亘のおつかいとして。


 賑やかな店内の奥にある二人用テーブルで、携帯電話をいじりながら彼は待っていた。黙ってさえいれば、外見はすこぶる男前なものだから、その店でも彼の存在感はずば抜けていた。


 探すまでもなくすぐ気づいてしまったことを悔しく思いながら、狭い座席間を縫って重い気持ちで近づいていく。


「お待たせしました。……もしかして、ここで一時間もずっと待ってたんですか? 仕事は平気なんですか?」


 まだ就業時間中だと思われるのに、彼はずっとここで一時間も過ごしていたのだろうか――と不思議に思いながら尋ねると、亘は不機嫌な顔で日和を見上げた。


「今日は得意先の挨拶回りだけの予定で、訪問先も姉さんとこが最後だったから。細かい事務処理はタブレットで対応したし、帰国したばかりでまだ引っ越し作業も途中なんだ」


 なぜか事細かに答えながら、亘は紙カップを手にして立ち上がった。日和には休む間を与えるつもりなどないらしい。


「……あ、そうですか」


 別に飲みたいわけではなかったが、買い物に付き合ってあげるのだから、

「お疲れ様。少し休む?」

とか、

「何か飲みたい?」

とか、一言くらい聞いてくれてもいいのに――と日和は少々苛立ちを覚えた。どこまでも自分本位な人のようだ。



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