二日酔いの日曜日④
――チーフも亘も、くそくらえ。
むかつきながらお泊りセットの下着を身に着けた。床に置きっぱなしだった下着を彼が見たかもしれないと考えるだけで、顔から火が噴き出す思いだ。
(とりあえず、着替えを手伝ったと言っていたから、その後なにかあったわけじゃないよね。なにかあったら、あんな憎まれ口きかないだろうし……)
――それなら、亘の背にあった赤い爪痕は……?
鮮明な赤のあの傷は、真新しいものに見えた。あれはおそらく、日和が付けたものだろう。
(でも彼は、女に不自由してないって言ってた。だったら酔った女の寝込みを襲うほど飢えてないってことなんだろうから、手を出すわけないし。――見たくもないって言ってたし!)
それはそれでむかつくが……と日和は鼻息を荒くする。
歯磨きを終え、顔を軽く洗い、髪を撫でつけたあと、昨日と同じ服に腕を通す。下着を携帯していたビニール袋にしまい、深呼吸して息を整えた。
(さて、帰るか)
ゆうべなにが起きたか知りたい気もするが、とりあえずここから離れないと、冷静に考えることなどできそうもないと思ったのだった。
「お世話になりました。それじゃわたし、帰りますね」
「じゃあ、送っていく」
「いや別に……昼間ですし、ちゃんと帰れますから」
「でもまだ顔色悪いから」
(あなたと離れたほうが気分良くなると思うんですけど――!)
「道々ゆうべのことを説明したいし」
聞いたら立ち直れないのではないかという恐怖、でも事実は確かめておきたいという欲求が拮抗する。
(一人で記憶を辿ったほうが良いような……でも本当に思い出せない)
とりあえず、ひとつだけ確かめておこう。一番衝撃的だった言葉を。
「あの……ひとつお尋ねしますが、先ほどおっしゃっていた『乱れすぎ』とはどのような様子を説明した言葉なのでしょうか?」
衝撃的な言葉を聞いたときのためにガードを固めたら、なぜかビジネスライクな口調になってしまった。するといきなり他人行儀になったことにいらついたのか、亘がまた不機嫌な顔になる。
「絵に描いたような酔っ払いだったってことだよ。髪を振り乱して、透のバカ野郎とかわめいていたし。床につっぷして寝始めたからベッドに連れていこうとしたら、
『やめろー、もっと飲ませろー』
と暴れるし。その時の傷が、俺の背中に残ってるはずだけど」
「なーるーほーどー! そういうことですか。それはずいぶんご迷惑をかけてしまったみたいですみません!」
謝罪の言葉とは裏腹に、心底嬉しそうな笑顔を浮かべる日和に亘は不審な目を向けた。
「なにが嬉しい?」
「いえ、別に」
それでもふふふと含み笑いをする日和に、亘はそっぽを向いて尋ねた。
「で、透ってのは恋人か?」
とたんに日和の表情がこわばる。
「元、ですよ、元。いわゆる元カレです。別れました、きれいに、すっぱりと」
これから自宅に帰ったら、そのための断捨離という儀式を執り行うのだと心の中で付け加える。
「そうか、元カレか」
今度は亘がニヤニヤとした。
また自分のことをバカにしていると思った日和は、顔をそらしてしかめ面をしたのだった。
「それで。どうして同じベッドに寝たんですか」
押し切られた形で駅まで送ってもらうことになった日和は、背中に当たった亘の体温を思い出し、頬を赤らめながら聞いた。
「逆に、なんで自分のベッドなのに寝ちゃいけないんだ? 親切でお前を寝かせてやったというのに」
「そうなんでしょうけど……わたしはソファーでも良かったんですけど……」
ぶつぶつ文句を言っている日和を微笑ましく見降ろしていた亘だったが、鴉の鳴き声にふと眉を寄せた。
「……あそこ、なんか変だな」
「なにがですか?」
亘の視線の先を辿ると、駅前の生垣に向かって、二羽の鴉が何度も舞い降りては飛び上がっている姿が見えた。
「なんだあれ……」
近づこうとする亘に、日和は驚いた。
「ちょ……やめたほうがいいですよ。鴉って、執念深いっていうし。人間も攻撃されちゃうんですよ」
しかし亘は気にすることなく、ずんずんと生垣へ向かって歩いていく。
人間がそばによっても動じない鴉を手で追い払い、かがみこんで生垣の中に腕を伸ばした。ごそごそと中を探ったあとに何か見つけたらしく、両の掌に包んで日和のもとへ戻ってきた。




