二日酔いの日曜日③
打ちのめされた様子の日和を見て、亘は軽くため息をついた。
「とにかく、コーヒーを飲まないと目が覚めないから行ってくる。ついでに何か買ってこようか?」
「ええと……痛み止めをお願いします」
「それならそっちの引き出しにあるはずだから、勝手に飲んでくれていいいから。じゃ」
亘が出かけた後、日和はずるずると這いながら教えられた引き出しのもとへ行き、中を覗き込んだ。
ばんそうこうと、胃薬と、鎮痛剤だけが放り込んである。
(気持ち悪いから胃薬も飲みたいけど……胃薬と痛み止めって一緒に飲んでよかったのかな)
しばし悩んで、とりあえず鎮痛剤を飲むことにした。頭痛を収めないことには、まともに考えることもできない。
まるで赤子のようにシンクにつかまり立ちし、ゆうべ洗ったらしいグラスを借りて蛇口をひねる。鎮痛剤を水で流し込んだあと、安心して床に崩れ落ちた。
(なんか疲れちゃった。あいつが帰ってくるまで、少しだけ眠ろう)
重いまぶたに抗えず、シンクのすぐ下で眠り込んだのだった。
「ただいま」
日和に向かってこの台詞を言うなんて……と一人顔を赤らめながら帰宅した亘は、「おかえり」が聞けずに不満顔になる。
「おい。朝食を買ってきてやったのに――」
しかしキッチンの前で眠っている日和を見て、足を止める。
「まったく――」
日和の分もコーヒーを買ってきたのだが、必要なかったようだ。
レジ袋に入っていたサンドイッチと日和のコーヒーをシンクの横に置き、まずは一口、コーヒーを飲んだ。目を閉じて、熱い液体で喉を潤す。
コーヒーにこだわりのある亘だったが、まだ器具をそろえていないから、起き抜けの一杯は近所のコンビニで済ませていた。これが思っていたより味が良くて、比較的満足している。しかし朝起きてすぐ、淹れたてを思う存分楽しみたい。昨日は大型家電だけで疲れてしまったから、本当は今日あらためて買いに行こうと思っていた。
もちろん、日和も一緒に。
しかし彼女は予想外に酔いつぶれてしまったうえ、ひどい二日酔いときた。
――やっぱり、覚えてないんだな。
それが悔しいやら、悲しいやらでつい冷たく当たってしまったが、本当ならゆうべお酒を飲みながら打ち解けるはずだったのだ。
――仕方ないな……。
亘は日和を優しく抱え上げた。寝室へ運び、ベッドの上にそっと横たえる。その間、日和は眉間に皺を寄せただけで無反応だった。
――少し、休ませてあげよう。
日和の身体から外れそうになったタオルケットを、亘は慌てて掻き合わせた。
ゆうべだって、血のにじむような努力をして欲望をかき消したのだ。
これ以上の刺激は、日和のためにも、自分のためにもよろしくない。
タオルケットから覗く白い肌から視線を引きはがし、亘はリビングへ戻ったのだった。
――それから三時間ほど過ぎた頃。
タオルケットを頭からかぶった日和が、どんよりとした表情でリビングに現れた。ノートPCでネットを見ていた亘は、
「そこに、コーヒーがあるから。もうぬるいと思うけど」
とぶっきらぼうに言った。
「……おはようございます。ありがとうございます」
挨拶しながら壁掛け時計を見た日和の目が、大きく見開かれた。
「えっ、もう1時……」
「寝すぎ」
「ご、ごめんなさい! さっきはなんか具合悪すぎて動けず……。あの、もしかして寝室に運んでくれたんですか?」
「ああ」
「いや、ほんと、すみません! ところであの……これ、自分で脱いだんでしょうか?」
二度寝でずいぶん気分は良くなったのだが、今度はゆうべのできごとが気になって仕方がない。本当はもっと前――おそらく20分ほど前に目覚めていたのだが、亘と顔を合わせるのが恐ろしくてなかなか動けずにいたのだ。
「動くのがつらそうだったから、俺も手伝った。――感謝しろよ」
「もしかして……み、見ました?」
「何を?」
とぼけた表情で、亘が問い返した。
「何をって……だから、服を脱がせたときに、見ました?」
羞恥のあまり、日和はどもりがちになる。
「見てないし、別に見たくもないね。女の体に不自由したことなんてないから、珍しいものでもないし。自意識過剰なんじゃないか?」
亘は挑戦的な態度でそう答えた。日和の頭に、かっと血が昇る。
「ああそうですか。着替えを手伝ってくださってありがとうございました! バスルームお借りします!」
怒鳴りつけ、いつの間にかソファーの横に畳んで置いてあった自分の服を取り、バッグからお泊りセットを取り出してバスルームへ向かった。
――会社が来客用に用意しているコーヒーを出しただけで、どうして自分はこんな目に合わなくてはならないのだろう。
そもそも弟のコーヒーの好みくらい、姉であるチーフが分かっているはず。なのに自分に伝えることもなく、しかも味にケチをつけた弟を諫めるわけでもない。それがきっかけで亘に目をつけられたのだろうし、あの日から自分は本当についていないことばかりだ――と日和は嘆いた。




