二日酔いの日曜日②
もし勢いで男女の関係になってしまったとしたら、最悪だ。
昨日あんな場面を見せつけられ、さらに酔ったうえでのこととはいえ、まだちゃんと別れていないのにほかの男と寝てしまったのなら、もう透のことを責めることなんてできない。彼と同類になってしまったことになる。
ふいに、吐き気を覚えた。
口元を抑えながら、バスルームに飛び込む。急いで便座をあげてこみあげたものを吐き出した。ビールの匂いが強く漂い、嘔吐する前よりもっと気持ち悪くなる。
(……飲まなきゃよかった……)
日和がこんなにひどい二日酔いになったのは、生まれて初めてだった。
胃の中をぜんぶ吐き出しても、まだ気持ち悪い。アルコールが身体の中に居座っているような気分だ。洗面台に置いてあった洗口液で何度も口をゆすぎ、最後に水でうがいした。
目の前の鏡には、ひどい顔色をした自分の顔が映っている。
薄化粧は完全に剥げ、目の下には濃い隈が縁取りのように覆っていて、肌は血の気がない。ショートボブの髪はあちこちに跳ね、見られたものではなかった。マスカラを付けていなかったのは、不幸中の幸いだ。
(……ぶっさいくだな、わたし)
もう一度丁寧に口をゆすぎ、酔い覚ましのための飲み物を求めてキッチンへと戻ろうとしたときだった。
「おはよう」
上半身裸の亘が寝室の扉によりかかり、日和に声をかけた。驚いた日和はびくりと身体をすくませ、その反動で頭痛が激化した。頭を押さえ、揺れる身体を抑えようとする。
「……水」
かすれた声で、日和が言う。
「え?」
「だから、水」
声を出すと、頭に響く。それ以上話すことができず、頭を抱えてうずくまった。
「二日酔いかよ。……待ってろ」
亘はシンク下の扉を開け、今度はスポーツドリンクを取り出した。食材はないのに、やたらドリンク類ばかりあるんだなと思いながら、日和はそれを受け取る。
しかし開ける気力がない。すると亘はわざわざ開けてから、もう一度日和に手渡した。
(昨日までとは別人のように親切だけど……やっぱり、何か後ろめたいことでも?!)
再び不安に襲われたが、少しでも早く良いを覚ましたくて、スポーツドリンクはありがたくいただくことにした。
――常温のスポーツドリンクが、これほどおいしく感じるとは。
思っていたより喉が渇いていたらしく、日和は喉を鳴らしながら半分ほど飲み干した。手の甲で唇をぬぐいながら、シンクに腰を預けて腕組みをしている亘を盗み見る。
顔にかからないよう上げてあった髪が落ち、日和と同じように寝癖もついている。不覚にもそれがものすごく色っぽく見えて、日和は慌てて視線を逸らした。
(まだ酔っぱらってるんだな、私)
動揺を隠すように、日和は残りのスポーツドリンクを飲み干した。
「落ち着いたか? じゃあ、俺はコーヒーを買ってくる。日和はシャワーを浴びるなり寝るなり、ご自由に」
そっけない口調でそう言ったあと、亘は寝室へ向かった。その背中に、爪で引っ掻いたような赤い線が一筋。
それを見た日和は、思わず手から空のペットボトルを取り落とした。
軽い音をたてて落ちたそれは、床の上をコロコロと転がっていく。
(まさか……まさかだよね。私じゃないかもしれないよね。別の日に、別の人がつけたものかも……)
自分の爪が、亘の背に赤い線を描いたと決まったわけではない。今までそんなことをしたことなどないし。
――どんなに顔が良くて、引き締まった上半身を持つ極上の男であっても、性格が最悪なら絶対に無理。
それにチーフとどんな顔をして会えばいい? 弟と寝たと知ったら、ブラコンの彼女はどんな反応をするのだろうか。
日和はパニックに陥り、再び吐き気に襲われる。
(だからいつもより優しいの?)
憎まれ口もきかない。むしろ紳士な態度だ。
頭痛は相変わらずひどいが、必死に亘の様子を観察し、ゆうべの名残を読み取ろうとする。
――そういえば、あまりこっちを見ようとしない。
「あの――ゆうべはすみませんでした……?」
抱かれてはいないけど、何かやらかしてしまったのかもしれない。一縷の望みを抱いた日和は、おそるおそる声をかけた。すると亘は背中を向けたまま答える。
「まったくだ。乱れすぎだよ」
その言葉を聞いた日和は、絶望のあまり床に両手をついてうなだれた。
(……乱れた? 私が……?)
「やっぱり昨日、帰れば良かった……」
泣きそうになりながら、小さな声でつぶやいた。




