やけ酒飲んだら②
「そうですね。でもそんなに疲れているのなら、掃除機は後日でいいかもしれませんよ。カーペットならコロコロを買えばいいし、フロアモップも揃えれば、掃除機がなくても十分と思いますし。その二つはスーパーやドラッグストアとか、どこでも売ってますから」
「じゃ、そうする。あいつが戻ってきたら、さっさと帰ろう」
そう言って、亘はオーブンレンジを担当した店員が消えた倉庫の入口を睨みつけた。
買い物を終えた二人が駅へ向かう頃には、空は夕暮れに変わっていた。
「やっぱり止めません? すごく疲れたし……今日は外で食べたらどうですか? 考えてみたら、家電は今日は届かないんですし、使い方なんて教えようがないですよね?」
「……」
日和の言葉を聞いて、亘は口をへの字に曲げてむっつりと黙り込む。そのまま数十秒間考え込んだあと、偉そうな口調で答えた。
「でもコンロはあるから、料理は作れるだろ? 角煮は煮こみ料理なんだし」
「そりゃあそうですけど……でもグリルくらいなら使えますよね? 小学生だって、家庭科の時間に使っているんですから――え、まさか。もしかして、コンロも使えないんですか?」
小学生も使えるのに――と大げさに驚いて見せると、亘はプイッと顔を背けた。
――日和はとにかく、自分の部屋に早く帰りたかった。
この常識外れのおかしな男から離れ、一人になって今日のことをゆっくり考えたい。
そして自分の気持ちを整理し、透に関わる物はすべて捨てるなり送るなりして気配を消し去ろう。ぜんぶ終わったら、思い切り友達に愚痴を……
(あ。みんな今日は彼氏んちかな)
友人にはみんな恋人がいるから、土曜の夜、急に連絡してもほとんど捕まらないことを思い出し、日和はため息をつく。
(仕方ないな。明日の夜でいいか。……とりあえず、透にメールしないと)
――『別れます』と。
別れましょう、ではない。
元ゼミ生同士の飲み会には参加しづらくなるかもしれないが、これからは仲の良い子とだけ個人的に連絡を取り合えばいいのだし。
日和が険しい顔をして考え込んでいると、亘が脅すように低い声で告げた。
「約束したんだから、作ってもらう。約束は守りましょうって、小学生の道徳の時間に習わなかったか?」
さっきの日和の嫌味が相当堪えているらしい。
(やだ。ムキになってる……)
日和はあきれ顔で、背の高い男を見上げた。この日の亘がなぜ角煮を指定したのか、彼女には知るよしもない。
亘のマンションは、池袋の駅から電車で三十分、駅から徒歩十分程度の場所にあるということだった。だとしたら、距離的には新宿も池袋もたいして変わらない。
しかし彼としては、数分の違いとはいえ新宿のほうが近い……ということで最初異議を唱えていたらしい。
(だったらこの人の言う通り、新宿にしておけばよかったな。そしたらあの女に会うことも――でもそうなると、いつまでも透に騙されていたことになるのか)
そんなことを考えながら駅前のスーパーで食材を購入し、亘の住む五階建てのマンションへ向かった。
彼の部屋は最上階にあるというので、エレベータに乗り込む。
亘はまだ不機嫌なままで、エレベーターの中に重苦しい沈黙が漂っていた。
(いつまでいじけてるつもりなのかな。ほんと、めんどくさい人。コンロの使い方を教えたところで、どうせ自分では作らないだろうし――ていうか、お姉さんの予定が空いてる日に作ってもらえばいいじゃない。それともチーフ、料理ができないのかな……)
エレベーターを降りると、角の部屋へ向かった。
彼のあとについて玄関に入ると、引っ越したばかりの部屋特有の新しい匂いが漂っている。
家具が少ないせいか、荷物を置いただけなのにやたら音が大きく響く。




