やけ酒飲んだら①
パーテーションの向こうからは、相変わらずあの女の声が聞こえてくる。しかし今は透が何か言ったのか、話している内容までは聞き取れない程度に抑えられていた。聞こえなければ聞こえないで、今度は何を話しているのかが気になってくる。
再び自分の世界に戻っていく日和を見て亘はそっと嘆息し、わざと喧嘩腰の口調で話しかけた。
「とにかく、おまえはOKしたんだから。さっさと買い物を終わらせよう」
「……いや、だから――OKなんてしてませんし」
「した」
「してませんて! なにを勝手に――」
思わず大声を出した日和は、パーテーションの向こうの二人が静まり返ったことに気づき、口を閉ざした。あの二人が聞き耳を立てているに違いない。……とくにあのスイーツ女が。
客観的に考えれば、透に二股をかけられているあのスイーツ女も被害者だと言える。しかし日和を見たときのあの小ばかにしたような笑みが、どうしても引っかかっていた。
スイーツ女は絶対に友達になれないタイプだと、日和の第六感が告げている。他人の不幸を喜び、幸せな人がいれば妬んでなんとか蹴落とそうとするタイプ。彼女が亘を見たときの物欲しげな表情にも、それは現れていた。
――そんな女に、勝ったなんて思われたくない。
闘争心がふつふつと沸きあがってくる。
「仕方ないですね。今回だけですよ。……なにか、リクエストはありますか? 一般的な家庭料理ならこなせますが、横文字の小難しい料理はなしでお願いします」
日和は怒りをバネに浮上し、てきぱきとした明るい声で答えた。いきなり営業スマイルを顔に張り付けた彼女に驚き、亘は軽く眉を上げる。が、すぐしたり顔になって即答した。リクエストはあらかじめ考えていたようだ。
「じゃあ角煮」
「分かりました。角煮ですね。……おうちに調味料はありますか?」
「あるわけないだろ」
「……まぁいいです。じゃあ調味料もぜんぶそろえるとして……そうと決まったら、早く食べて買い物に戻りましょう。――って、亘さん、食べるの早いですね。もう終わったんですか? ちょっと待っててください。私もすぐに……あれ? 冷えてる」
ぼんやりしている間に冷えてしまった天ぷらに、日和はしょんぼりと肩を落とした。大好きだから後で食べようと思って残していた大葉の天ぷらも、衣がたれを含んでしなびている。
それでも提供された食事は残さないというポリシーのもと、日和は黙々と食べ続けた。温かいうちだったら、もっとおいしかったのに――と後悔しながら。
丼の底が見えてきた頃、透たちが椅子から立ち上がる音が響いた。その後、パーテーションごしに透の声がした。
「じゃあ俺たち帰るから。……また」
気まずいのだろう。顔は見せない。
(なあにが、『俺たち』よ。『また』なんてあるわけないでしょ)
そう思いながら、日和は機械的に返事をした。
「お元気で」
それからほどなく食べ終えて定食屋を出た日和は、この店にはしばらく来ないほうが良いかもしれない――と残念に思っていた。
またあの二人に遭遇するのは嫌だし、店の人たちに恋愛関係のもつれを知られたことも恥ずかしい。
この店の落ち着いた雰囲気は好きだし、味も好みで、値段設定も魅力的ではあったが……と名残り惜しく思いながら、日和は小さな店の看板をちらりと見た。
午後の家電量販店はさらに混んでいて、人いきれで汗ばんだ二人は、店員の説明もろくに頭に入ってこなくなっていた。
商品を決定したあとの在庫や発送日の確認、保証書関連の手続きに関わる待ち時間もどんどん長くなっていく。
「……日曜日よりはましですよね、きっと」
心身ともに疲弊しきった日和がつぶやくと、亘は唸り声で返事をした。いつも顎を上げ、見下すような表情が定番の彼も、今は力なくうなだれている。
「配送が必要な大物だけ買ったら、今日はもう終わりにする。冷蔵庫、洗濯機、オーブンレンジ、炊飯器は決めたから、あとは……掃除機だったか?」




