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まさかの遭遇⑥

「席をお探しですか? こちらへどうぞ」


 そう言って、透たちの席よりさらに奥にあるパーテーションで仕切られた席へと案内する。そこは基本的に予約席として扱われていた場所だったが、今回は特別に利用させてくれるらしい。


 通り過ぎるとき、透の視線が日和と亘を行き来した。そして何か言いたげに口を半開きにしたあと、怒ったようにぎゅっと引き結ぶ。


「とおるぅ、知ってる人?」


 見た目と同様に甘ったるい声で尋ねた女性の視線は、亘に引き寄せられている。透が見て驚いている知り合いは亘だと思っているらしく、彼に向かって微笑みかけた。


「あ、いや……うん、まぁ……」


 女性に尋ねられてぎょっとした透は、後ろめたそうな顔をしてしどろもどろに答えている。


 日和と透の間になにかあると気づいたのか、亘の口調がいきなり親し気に、しかも感じの良いものへと変わった。


「落ち着いた雰囲気のいい店だね、日和」


(はぁあ?)


 驚いてぐるりと振り返った日和の目に、白い歯をキラリと輝かせながら彼女に向かって微笑む亘の笑顔が映る。


(なんなのその全力の営業スマイル)


 唖然とする彼女に、透がおそるおそる声をかけた。


「ぐ……偶然だね、日和」


 日和がそちらに視線を転じると、透が引きつった笑みを浮かべていた。その前では、スイーツ顔女が日和を上から下まで舐めるように見下ろした。そして微かに、唇の端を上げる。


(――なんか嫌な感じ)


 不愉快に思いながら、日和はここ数日でマスターした完璧な愛想笑いを返す。


「本当に。透君はデートなの?」


「えっ、あ、いや……」


 そう答えながら、透はちらりと向かいに座る女性を見た。きちんと答えない彼に、彼女は不満顔だ。


「この方は日和の友達? 松坂です、よろしく」


 いきなり亘が日和と亘の間に割って入って挨拶した。


「あ、どうも。日和と大学のゼミで一緒だった井上です」


 透がペコリと頭を下げると、亘はさりげなく日和の肩に手を置き、奥の席へ向かって軽く押す。


「では、俺たちは向こうの席なので……失礼します」


 日和は肩に乗った手を振り払いたい衝動にかられたが、スイーツ顔女が羨ましそうな顔をしているので、耐えた。透はもの問いたげな表情で日和を見つめている。これも無視を決め込んだ。


(なんなのもう……!)


 ――気持ちを確かめるために距離を置きたい――。


 もっともらしく言っていた恋人が浮気しているのかもしれないなんて、ちっとも考えていなかった。彼を信頼しすぎていた自分が情けないし、それに……


――悔しいし、悲しいし、むかつく。


 腹の中で渦巻く黒い感情をもてあましていた日和は自分のことで精いっぱいで、亘の気遣うような、それでいて独占欲をにじませているような視線に気づいていなかった。


 席についた日和はメニューを手に取ったが、文字が頭に入ってこない。凝視するだけで、頭の中は透とスイーツ女のことでいっぱいだ。


「俺は特上天丼。日和は?」


 尋ねられて我に返った日和は、文字を追うのを諦めて

「私も同じものを」

と答えた。


 亘が店員に注文を伝えるのを聞くともなしに聞きながら、パーテーションの向こうの二人に思いを馳せる。


 ――今まで、透の浮気の兆候はまったく感じなかった。


 彼の態度が多少違ってきたのは、長年連れ添った夫婦のような落ち着きから来るものだと思っていたし、部屋に遊びに行ってもほかの女の気配を感じたこともない。


(……私が鈍感なだけ?)


 自分も多少マンネリしていたから、彼をちゃんと見ていなかったのだろうか。


(それか、私と距離を置きたいって言ったのは、とりあえずあの子と付き合ってみてどっちがいいか決めるためだったとか?)


 それはそれで非常にむかつく。


 どちらにしても、透と日和は別れた訳ではないのだ。やっぱりこれは、浮気になる。能天気に「久しぶりに会ったら喜ぶかな」なんて考えていた自分が情けない。



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