共感人間
人の感情には、人一倍敏感であった。
誰かが悲しんでいると、自分も悲しくなる。
誰かが怒り狂っていると、自分までイライラしてくる。
そして、一人になった時に、ふと、自分の感情が分からなくなった。
常に、誰かの感情に共感し、同調していたから。
喜びも、哀しみも、怒りも、楽しさも、自分ではない誰かの物だったから。
すると途端に、空っぽの自分を認識した。
自分らしさも、価値観も、目標も、何もない。
人間味のない、真っ白な自分。
拠り所が欲しい。
自分が人間でなくなるのは怖い。
だから、誰かに共感したい。
誰かの価値観に同調したい。
雲に隠れた月を探していると、家の前から、声が聞こえた。
どうやら、中年の男が二人、言い争っているようだった。
「おい、落ち着け。死に急ぐな!」
「嫌だよ、もう。……リストラだぞ。俺という存在を否定されたんだぞ。生きてたまるか!」
……ああ、現代社会の小さな闇よ。
何で、俺は努力をしていたのだ。
俺の何が間違っていたんだ。
理不尽な世界に耐えきれない。
飛び降りたほうが、楽なんだ。
それこそが幸せなんだ。
空高く、放り投げられた俺の身体。
最後にこの目で見たのは、目を丸くする、二人の男だった。