Ⅵ 合図
「ここだ。」
指定された場所は人気もなく、夜の虫が静かに鳴いている音と風の音のみが聞こえる。
ここに来るまでにお前が見た動物はどんなやつだ。というような質問が来るかと思っていたが、男は素直に付いてくるだけで特に追求などはしてこなかった。
嘘と分かっているのだろうか?だとしたらなぜ付いてくるのだろうか?
「ここで見たのか?」
男はあたりを見回しながら探している。
「今はいないが、しばらく隠れていればまたここに来るかもしれない。草陰にでも隠れていよう。」
「うーん。探した方がいい気もするが、ここに来る確信でもあるのか?」
約束の時間には少し早いが、なんとか説得してあの記者のような男を止めておけば問題ないだろう。
「さっき見たときはあの木の下休んでいたからな。お気に入りの場所、もしくは巣ならまた来るかもしれないだろ?」
かなり無理矢理な嘘だが今は突き通すことにした。
「まあそうだな。じゃあ待ってみるか。」
男はそわそわしながら、いまかいまかと待ちわびている様子で、私に対して何も語らずに静かに待っていた。
こいつは本当に記者なのか。ここで起こることを書いてくれるのだろうか。不安になり、こちらから質問することにした。
「君はここに来る前に誰かから怒鳴られていたが、何かあったのか?」
「ん?あいつか。あのオッサンなら大丈夫。俺の上司なんだけど新しく出来たこの街に飛ばされて最近はいつも不機嫌なんだよね。」
「今日は記事のネタもないしサボろうと思ったところに君が現れたんだよ。だから今日のことが書ければさらに上を目指せそうだ。」
楽しそうな声で男は言う。
どうやら嘘は気づいていないらしい。ただの馬鹿なのだろうか。少し試してみることにする。
「さっきから疑問や質問も聞いてこないが、まさか私が言ったことを信じているのか?」
男はこちらも向き不思議そうな顔をする。
「信じる?当たり前だろ。少なくともあんたは俺をここに来させる理由があるから呼んだはずだ。言っていることは嘘かもしれないが、俺に見せたい物があるんだろ?だったら俺は静かに待つのみだ。それに人から聞くより、自分の目で見た方が早いからあえて聞いていない。」
「申し訳ない。馬鹿なのは私だったようだ。」
「誰が馬鹿だって?」
軽い自己紹介をしながら会話を進めていく。冷静に考えればこんなことをしている場合ではないのだろう。だが、このとき私の精神を保ってくれたのは彼に違いない。
男は北の遠方にある雪国の出身らしく、いろんなことを発信したいと思いわざわざこの国に来たそうだ。今はただの見習いのようだが、今後は自分で会社を立ち上げたいというくらいの野心家らしい。
そんな記者見習いの男と話していると、誰かがここに走ってくる人影が見えた。
「誰か来るぞ。」
「静かに。」
息を切らしてやってきたのは友だった。
時刻を見ると約束の時間よりも少し遅い。
「あいつは・・・。」
記者見習いの男はどこからか持ってきた木の枝で地面に今の状況を真剣な表情で書いていた。
木の目の前で止まるのを見て、約束通り地面にある小石を友に投げつける。
友は右手で静かに当たった小石を拾う。気づいてくれたようだ。
私は言われたとおり静かに友の背中を見守る。
するとすぐにまた別の人影が見えた。
「追いかけっこはもう終わりだ。」
息を整えた友はそう言うと前も向き人影の方向に歩みを進める。
友の右手にあった小石は私の近くに投げ返されていた。
近づいてくる人影はまさに元凶の男であった。だが、雰囲気がいつもの彼とは全く違い、禍々しい。暗闇で顔の表情も分からないのにおぞましさを肌で感じる。
「ここで終わりだ。彼女を傷つけた犯罪者め!」