Ⅰ可憐な最悪の朝
今日は目覚めが悪い。昨日飲みすぎたせいだろう。
ベッドから出て、洗面所で顔を洗う。
そういえば昨日、友もかなり飲んでいたな。無事に帰れただろうか。
そんな心配をしていると、少し気分が悪くなってきた。
店の開店準備にもまだ早い時間だったので、酔い醒ましに散歩に行くことにした。外へ出ると隣の家の老婦が玄関先の花に水を与えている。
「おはようございます。昨日はありがとうございました。お酒もいただいちゃって。」
「あら、おはよう。いいの、いいの。どうせうちにはもう飲む人なんていないし、いつもあなたの店でお世話になっている礼よ。」
老婦の夫は昨年に他界し、つい先日まではひどく落ち込み、家に引きこもりがちだったが、最近になってようやく元気を取り戻したようで、私の店にも毎日来るようになっていた。
「また必要なものがあったら言ってください。私の出来る範囲で、いいものを仕入れますよ。」
「なら今日はめでたい日だし、魚が食べたいわねえ。魚は今日あるかしら。」
私の店では以前は食料品を売っていなかったが、近所の人たちの要望から最近になって仕入れるようになった。
「今の時期の川の魚は捕ってもあまり食べられない大きさなので難しいですね。でも干し魚なら可能ですよ。」
「それは楽しみだねえ。」
彼女の顔には笑みがこぼれている。
「では、早速仕入れてきましょう。」
そう言って少し足早に立ち去る。
老人達の話は長いが、特にあの老婦はこちらから止めないと2~3時間なら軽く話し続けてしまう。
少し罪悪感を覚えながら歩き続けていると街の中央広場にでた。そこには早朝だというのに多くの兵士で溢れていた。
それもそうだろう。今日は町長の娘とちっぽけな村から、ここまで大きな街に発展させた異国の青年の結婚式だ。
私は青年の行いに対してはあまり良い感情は抱いていないが、せっかくの街全体の雰囲気に水を差すのも気が引けるので、今日くらいは祝ってやろうと思う。
だが、様子がおかしい。祝福ムードというよりは何かものものしい雰囲気となっている。
何か事件でもあったのだろうかと考えていると、一人の兵士が深刻そうな顔をしてこちらにやってくる。
「昨日の夜、町長の娘を見なかったか?」
「いえ、私は家にいたので・・・」
「昨夜から彼女が行方不明になっている。もし見つけたら、我々にすぐ連絡してくれ。」
兵士は足早に去っていった。
彼女はマイペースなところがあり、昔からよくどこかへ、よくふらついていたものだ。今日は彼女にとっても大事な結婚式、そんな前夜にフラフラと出歩くのも彼女らしいといえば、彼女らしい。私には彼女の居場所など到底わからないが、彼女を見続けてきた私の友なら、目星はつくだろう。
そう考え、私は友の家に行くことにした。
友の家まで30分ほどかかったが、なんとか到着した。
この道のりの最中に、今まで友が言い当てた彼女の居場所を振り返ってみたが、どうにも規則性が見えなかった。今回も友の推理に期待している。
だが、扉をノックしても反応がない。
「まだ寝ているのかー。君らしくないぞー。」
声をかけても反応がない。友の家の近くにある畑にも姿はない。
昨日酒を飲んでいたとはいえ、いつもはしっかり者の友がまだ寝ていることは考えにくい。あと彼がいるとすれば倉庫くらいだろうか。
私は家の裏にまわり、倉庫へ歩く。
「そんなところで寝ていると、風邪引くぞー。」
倉庫前の扉に呼びかけても反応がない。
外出しているのだろうか。
「ん?なんの声だ?」
帰ろうとしたが、倉庫の中からうめき声が微かに聞こえた。
さらに、扉のドアノブを触ると鍵がかかっていないことに気づく。
友が鍵をかけ忘れるとは珍しい。それとも私をからかっているのか、本当に気づいていないのか。
恐る恐るドアを開ける。
だが、そこには友の姿はなく、椅子に縛り付けられ、身動きが取れなくなっている行方不明の町長の彼女の姿があった。手足はしっかり固定され、目隠しだけでなく口には布が巻かれ、大声が出ないようになっていた。
私は脳がこの状況に理解しきれていないまま、気がついたときには彼女の手足の拘束を解き、目隠しと口に挟まっていた布を外していた。
「大丈夫か!?」
彼女は何も言わず、呆然としてただ涙を流していた。私はなぜかその彼女の姿にしばらく見惚れていた。はっとすると、近くを歩いていた兵士に助けを求め、彼女は無事に保護された。