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犯罪都市のライフスタイル  作者: 東雲 良
第二章 救済の純度
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B-2




 まるで背後からの奇襲がなかったかのように、荻野悠真の体は無傷であった。


 膝の下まで水浸しになったダークスーツの男の一人が目元を歪めてこう言った。


「テメェどうしてピンピンしていやがる……? 背骨くらいは砕いたと思ったんだがよ」


「逆に聞きたいんだけど、犯罪都市で有名なフォルトゥナに何の準備もせずに入るとでも?

プロテクターくらい仕込んでいるさ」


 背に庇われるステラが少年の背中を見てみると、フード付きのレザージャケットに三つの穴が空いていた。だが彼の皮膚は見えない。三つ又の槍に突かれたその奥には、鎖帷子(くさりかたびら)によく似た金属が仕込まれていた。


「ハッ」


 ネクタイの曲がったダークスーツの男が笑う。


「だが武器なしで四対一。格好つけたところでボコられるのは目に見えてるだろうがよ」


「……噴水の音で接近する足音と気配を掻き消したところまでは良かった」


 こちらに単身突っ込んで来る『プレグナント』の構成員に、嘆息でもしそうな勢いで悠真は告げる。


 警戒するべきは槍の切っ先のみ。持ち主が大した実力ではない事は重心の置き方や構え方、槍の振り方なんかで大体分かる。


 一方通行の道路の方からだろう、近づいて来た車のヘッドライトを反射させる槍の先端を回避し、そのまま奥に踏み込む。


「だけど一人で突っ込んで来るメリットは? せっかく数の利があるんだから多対一を利用するべきだろうに」


 確信していた勝利を確定させたような調子で呟く。


 槍の持ち手を摑むと思い切り捻る。得物を奪えなくても問題ない。捻ったのは男を悠真の側に引き寄せるためだ。槍を手放さない事に必死になっていた黒いスーツの男、その胸ぐらを摑んで今度こそ無力化を図る。


 そう。


 一方通行の道路の方へぶん投げるという形で。


 アスファルトの上を転がせるのが目的ではない。先ほど槍の先端が反射していた光は何だったか。それを思い出した時、宙を舞った男の顔が青く染まっていった。


 やがて、ばむっ‼ という柔らかい物を叩くような音と共に、ダークスーツの男が横合いに消えて行った。男を撥ねた大きな車が随分と遅れて急ブレーキを掛けたようだが今さら何の意味もない。


 残りは三人。


 焦ったように一人が槍の持ち手を操作した。


 すると、まるで雷でも落ちたかのように槍の先が紫電を纏い始めたのだ。フォークのような先端が青白い光を伴ってバチバチと音を立てる。


「……何かな、それ。軍用兵器にもそんなものはなかったはずだけど」


「本来の使い方はこうじゃあねえんだが、対人用だとこういう使い方もできるんだよ。降参するなら今の内だぜ、こいつは触れただけで一発アウトな悪魔の凶器だ」


 そして驚いたのは悠真だけではないらしい。


 隣の男までもギョッとした表情を見せる。


「おっ、おい!? 殺しちまうのはまずいって話じゃなかったか?」


「一秒当てるだけなら死にはしねえよ。『女王』のお気に入りのあの陰気なエンジニアのお墨付きだから安心しろ」


 敵の会話を聞きながら、荻野悠真は足元に落ちていた槍を蹴り上げる。車に轢かれたあの男のものが近くに転がっていたのだ。おそらく道路に放り投げられる恐怖で槍を手放したのだろう。


 宙を舞った槍を摑み取り、悠真は得物を観察する。どうやら手元にあるスイッチを押すと電気が流れる仕組みのようだが、彼は特に執着もない。


 今度はこちらから突っ込む。だんっ‼ というレンガ造りの地面を蹴り飛ばす音が響く。


 まずふくらはぎまで水で濡れたダークスーツの男に狙いを定める。背後から奇襲を受けた借りがあるのでこちらも手加減などしない。


「っ‼」


「長い槍。間合いを詰められると相当な手練れでなければ無用の長物だよ」


 武器をチョイスする際に一番に頭に入れておくべき事案を口にするが、男の表情を見るに今まさに気付かされたような顔であった。


 槍の先端は一本ではなく、フォークのような形を取っている。


 一度上に跳ねた敵の得物が少年に振り下ろされるのに対して、悠真は三つ又の先端を優しく合わせるだけで良かった。ガギィ‼ という金属の響く音がする。スタンガンを数倍に膨らませたような爆音がフード付きのレザージャケットを着た少年の鼻先、わずか数センチの距離で凶悪な音を鳴らすが彼の顔色は変わらない。


 攻撃が失敗に終わり、焦りを見せたダークスーツの男はおそらくその時点で負けていた。


 隙を逃す理由はない。悠真はダークスーツの男の腹に靴底を押し付けそのまま思い切り前に蹴り飛ばす。


 バランスを崩して後退した男が尻餅をつく。


 大したダメージにはならないが、ただしその場所が最悪だった。


 噴水、その水溜まりの中であった。今度こそ膝下までの浸水では済まない。


「がっ、ぶは!?」


 全身びしょ濡れになった男はすぐに身を起こそうとしたようだったが、そこで噴水の縁に悪魔のような組み合わせが完成していたのを目撃する。


「水に落ちた瞬間に君が槍を手放したのは正解だった。……まあ意味はなくなったが」


 奪った槍の先端を、ほんの少しだけ水面につけた悠真からの一言。


 直後、スイッチを押す。


 電撃が駆け巡る音と共に、ダークスーツが水の底に沈んで行った。


「この野郎……っ‼」


 残りの二人が左右から殺到する。


 三つ又の槍に執着はない。槍を噴水の中に放り捨てると同時、すでに悠真はレザージャケットの背中の部分に左手を突っ込んでいた。


 腰の辺りから下に引き抜かれたのは黒い警棒だった。


 三〇センチ程度の長さしかなかった棒が伸びる。左に踏み込み、一メートルにも満たない警棒で槍を鋭く叩く。別に相手の得物を奪えなくても払い落とせなくても良い。目的は槍の軌道を少し変えるだけ。


 悠真を喰いそびれた切っ先は右、つまり反対側から刺突を繰り出していた槍に激突する。フォークとフォークが再び絡み合い、ほんの数秒の隙が生まれる。


 それだけあれば十分だった。


 警棒で男の首を横薙ぎに叩きつける。同時に右手をレザージャケットの奥に突っ込む。


 背中から取り出したのは。



 拳銃のトカレフだった。



「なっ……!?」


 それは左右どちらから聞こえた悲鳴だったか。ダークスーツの男が目を剥く。しかし悠真はこう言っていたはずだ。犯罪都市フォルトゥナに入るのに、何の準備もしていないとでも思っているのか、と。


 すでに警告はしていた。出し惜しみや手加減、遠慮もしないと忠告もあったはずである。


 だから、その人差し指に躊躇はなかった。



 ダァン‼ という火薬の弾ける音がして、男の太腿に風穴が空いた。



「ヒットだ」


 その一言が全てだった。


 それ以上は何の音もなく、最後の二人が同時に地面に倒れ伏した。




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