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犯罪都市のライフスタイル  作者: 東雲 良
第一章 灰色の流刑地
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A-3




 これだけの犯罪があれば、当然ながらたくさんの人間が死んでいる。


 実態はどうあれ、フォルトゥナは監獄だ。そのため中の住人は刑期を全うしている最中という事になる。罪を償っている人間が罪を犯している、というのは本末転倒も良いところだが、世の中のシステムが上手く機能していないのであれば仕方がない。


 そして囚人は囚人であるがゆえに、勝手に死ぬ事は許されない。


 本来は自殺などを考えさせないようにあらゆる施設が充実している、という側面もあったのだが、ここまで治安の悪さが激化すれば自殺よりも殺人の方が増えてしまう。だからこそ進化したものもあるのだった。


 例えば、墓地。


「……やっぱり、あまり良い空気じゃないな」


『行ってらっしゃいませ、ボス』


 バイクのシートから降りると、再び大ボリュームのエンジン音が消える。


 オープンカフェから移動して次の目的地まで来てみると、すでに日は落ちていた。島の中央を埋め尽くすフォルトゥナを横断して、結局は『中』に入る時に通ったゲートBから反対側の『檻』まで来てしまったため、かなり時間は経過していた。


 灰色のアスファルトに、等間隔に引かれた白線。


 薄暗い地下の駐車場だった。あまりここに来る人もいないのか、車もバイクも数える程度しか置かれていなかった。


 少し歩いて階段まで辿り着く。


 地下一階だというのに、やけに地上に出るまでの階段が長く感じる。薄暗さから醸し出されるこの不気味な雰囲気は小さい子には毒だろう。きっと今頃、姉の真奈からプレゼントを受け取っている子どもなんかがここに来たらすぐに泣き出してしまいそうだ、と益体もない事を考える悠真。


「さて」


 駐車場から出た所に、どこにでもある自動販売機が置いてあった。

財布を取り出してブラックコーヒーを購入する。自分のためではない。悠真はさっきオープンカフェで食欲を満たしている。


 アイスだと思って買った缶コーヒーがホットだった事に気づく。右手から左手へとキャッチボールのように缶を短く放り投げながらもう少し歩く。


 墓地だった。


 緑色の野原に、黒に近い灰色の石板。英字や漢字で掘られた名前や生年月日、それに命日。


 見渡す限り、地平線が見えるまで墓石が置かれていた。フォルトゥナが本来の意味から現在へとその本質を変えるまで、命を落としていった者の数。流石にその数は数え切れないが、自分の知り合いの数くらいなら覚えている。


「……」


 せっかく墓参りに来たのだから、生前の知り合い、その墓石の全てを回って話しかけても良いが流石に骨が折れる。


 これだけの敷地を歩くのも一苦労だ。とはいえバイクで墓地を爆走する訳にもいかない。


 名前を聞いただけ。


 少し話をしただけ。


 バイクの後ろに乗せて家まで送っただけ。


 ……人生の長さを考えれば、一度だけしかすれ違わなかった人間もいる。むしろそんなのばかりで、すでにあいつは地面の下にいるんだよと聞かされても素直に泣けないくらいの関係の者の方が多かった。


 それでも、これから仲良くなれそうなヤツだっていた。会ったばかりのヤツだというのに、恋人の惚気話をした男だっていた。同じコーヒーの銘柄が好きなヤツも、夢を語ってくれたヤツも、家族や友人を守るのに必死なヤツもいた。


 その人間の一部を知っていたら、もう無視なんかできなかった。


「……やあ」


 野原の中央。


 誰の墓石でもない。この墓地に埋まる全ての人間へ、お供え物を添えるためのスペースがあった。その端っこ、大量に置かれた品物にたった一本の缶コーヒーを供える少年はぐっと気温が低くなるのを感じていた。


 しゃがみ込んで、彼らに言う。


「今日は寒くなりそうだし、温かいコーヒーで正解だった」


 手を合わせる。地面から突き出したような形の墓石を見下ろす。


 全員の顔を思い出し、ある男の笑みだけが奇妙にこびりつく。それでも頭の中から振り払い、立ち上がってきびすを返す。


 どうせどれだけ祈ったって、死人は口を開かない。


 長居は無用だ。感傷的にもなりたくない。


 元来た道を引き返し、墓石の横をすり抜けて野原を出て行く。


 自動販売機の横を通り過ぎる。地下の駐車場へ続く階段を下りて、白線が等間隔に引かれた灰色の地面を歩く。地下が薄暗いのは、やはり天井につけられた電灯の出力が足りていないからか。おそらく交換する業者が潰されたかサボッているのだろう。


 いつものように革の手袋を付け直し、ジーンズのポケットからスマートフォンを取り出す。


 愛車に辿り着く。


「ナビゲー……」


 と、純白のバイク、その側に立ってハンドル中央にあるスマホホルダーにデバイスを押し付けた時だった。不意にこんな出来事が起きた。



 ガチリ、というこの街では当たり前の音と共に、銃口が後頭部に押し付けられたのだ。



「動くな」


「……」


「両手を上に。スマートフォンはホルダーにはめ込んだままに。手に取るな」


 フォルトゥナに入るという事は、危険地域への海外旅行とそう変わらない。


 覚悟していても、実際に後ろから死の香りが漂う塊を突きつけられるのは居心地の良いものではない。心臓が奇妙な音を奏で始める。故意だろうが何かの間違いだろうが、背後の悪人が人差し指を引くだけで少年は絶命する。


 手を挙げる際に、革の手袋でバイクのミラーを軽く弾く。


 銃を押し付けている悪党には偶然ミラーに手が当たってしまったようにしか見えなかったかもしれないが、荻野悠真はミラーの角度を調節して背後の人物を確かめていた。


 目が合ってしまっては意味がない。彼女の首元辺りを狙って視線を調整する。


「……僕は『外』の人間だ。フォルトゥナでは中の囚人同士でしか争いを起こさないっていう暗黙の了解があるはずだけど」


「外の人間に手出しをすれば周囲から非道なヤツといった扱いを受ける。まるで稚魚を吊り上げてしまってもリリースしない釣り師め、という具合に。もちろん知っていますわ」


 声、そしてミラーから見える限定された範囲ではあるが、おそらく相手は女性だ。


 ぐりぐりとこちらに銃口を押し付けられるたびに、彼の中で緊張感が高まっていく。


「荻野悠真。間違いありまして?」


「……、僕を知ってるのか。どこで名前を聞いたのかな」


「とある『英雄』がこの街にはいたそうですわね。性別も姓名も分かりませんでしたが、そいつは機能不全に陥りかかっている看守の最後の防衛線だった、と。ご存知でしょう、首を横には振らせませんわよ」


「……そのラインで辿ってきたという訳か。よくやるものだ、できる限りあの男のデータは削除したはずなのに。ここまで来た事には素直に関心するよ」


「お褒めに預かり光栄ですわ。残念ながら褒め言葉は聞き飽きていますが」


 銃口を押し付けた時とは、明らかに口調が違う。


 リズム良く話している事からも、悠真はこちらが彼女の素だろうと推測する。決して気を許しているからではない。優位に立っているがゆえに、彼女に取り繕う必要がなくなっているだけだ。


 チリチリと身を炙られるような緊迫感が続く。


「……で、一体どういうご用件かな。その銃で僕を撃ち殺したいのならすでにそうしているだろう」


「『プレグナント』」


「?」


「この名前に聞き覚えはありまして?」


「知り合いに妊婦はいないはずだ」


「求めている解答からは程遠いですわね。……実際は数ヶ月前から稼働しているらしい地下組織ですの。武器あり、麻薬あり、火薬ありなとにかく何でもドンと来いの犯罪集団、この街では『ギャング』なんて呼ばれているらしいですが」


「それは大変だ。だけど僕との関係が見えない。繰り返すようだけど僕は『外』の人間だ」


「でも実力がありますわ」


 断言するような調子だった。


 それは褒め言葉ではない。まるで誰にも分からない化石の価値を見抜いたような口振りだ。


「その組織が所有しているものを奪いたい。協力なさい」


「メリットがない」


「では引き金を引いてもよろしくて?」


 わずかに首の角度を調整して眼球を動かす。


 そいつの首元には、ゲートでもらえるシルバーのネックレスがなかった。明らかに『外』の人間ではない。つまり悠真がフォルトゥナ内の闘争に巻き込まれかけている状況である。


 荻野悠真に彼女の手助けをする筋合いはない。


 そして、こんな風に銃口を後頭部に押し付けられる謂れもない。


「まず一つ言っておく」


「?」


「こういった駐車場なんかで人に銃を向けるのはまずい。ガソリンタンクに弾が当たれば爆発の可能性があるからだ」


「だからこそ背後を取っていますわ。抵抗される前に撃ち殺せますの。……それとも何かしら、手元が狂って大きく的を外すとでも?」


「そしてバイクや車の側というのも頂けない。車なら中で仲間が隙を窺っているかもしれない」


「しかしあなたはバイクに乗って来たでしょう。いくつか車は停まっていますが、ここに一人で来たのは見ていましたの。仲間がいる線は消えていますわよ」


 きっと自身の完全な優位を確信しているからだろう。


 背後から流れてくる空気が弛緩しているのを感じる悠真。右横の純白のバイクに視線を落としながら、彼は呟くように言う。


「あまりこいつをナメない方が良いと思うけど」


「シートの中に人が待機しているとでも仰るおつもりかしら。ヘルメットも入らないマニュアル操作式のバイクのシートに? 少しは嘘の練習をなさった方がよろしくてよ」


「改造車ってのはたくさん存在する。特に馬力を上げようとか看守からの拳銃の狙撃に耐えようとか試すから、フォルトゥナの車両はかなり改造されたマシンが多い」


「それでもキーすら突き刺していないバイクに何ができると」


 張り詰めた緊張の中に、弛緩し切った空気が充満していた。


 だからこそ、荻野悠真は一言だけこう告げた。


「ナビゲーター」


 直後、まるでその言葉を待っていたかのようだった。


 ガォン‼ という地下の駐車場全体を震撼させるような、凄まじいエンジン音が爆発する。しかもただエンジンが動き出しただけではない。普段以上の音が出るように、回転率が最大まで上がっていた。


「っ!?」


 そして身をすくませたのは背後の人物だ。


 銃口が逸れるのを後頭部の感覚だけで察した悠真は、即座に振り返って彼女の手首を摑む。銃を持つ手だけではなく、もう一方の腕も押さえる。さらに足技が来ないように右足の甲をあらかじめ踏みつけておく。


 思わず爆音に驚いてバイクに銃口を向けてしまった悪人は、舌打ちしながら少年を睨みつける。


「つっ、この……っ‼」


「あまり力は込めない方が良い。ガソリンタンクに当たれば爆発の危険があると言ったはずだ」


 銃の操作は完全に悠真が握っていた。


 しかも台数が少ないとはいえ、ここには他の四駆や二輪車もある。爆発が連鎖して地下空間が丸ごと爆熱、爆風に埋め尽くされる可能性だってあるのだ。


 確率としては低いだろう。


 しかし絶対にないとは言い切れない。


 銃口を逸らして荻野悠真の足や手に何とか銃口を向けようとしているようだが、押しても引いても手が動かせないため諦めるしかない。


 肩まで金髪を伸ばした、一五歳くらいの少女だった。


 赤のインナーカラーを入れているのが特徴的な彼女は、黒を基調とした軍隊風のワイシャツにミニスカートを纏っていた。腰に巻かれた太い革製の黒のベルトには手錠や拳銃のホルスターが引っかけられており、おまけに頭には小さく星の描かれたポリスハットが載っていた。ややサイズが合っていないのか、少し屈むだけで第二ボタンまで開けたシャツの胸元から下着が見えてしまいそうであった。


(……看守の服装っ?)


 全体を見て思い浮かぶのは、アメリカンポリスだ。


 頼りない女警官のような格好をした彼女は、銃を持った手を必死で解こうとしながら、


「この、あなたねえ……っ‼」


「しっ。それよりも君の背後に停まっている黒いバンが分かるかな。ああ、確認のために振り返らないように」


 ぐいっと優しく手を引いて、バイクのミラーから車を確認できる位置まで少女の体を誘導する。当然、銃口はガソリンタンクを照準させたままである。


 さらに無理な体勢となったせいで、胸元が大変危うい金髪の少女は目を細めていた。


「……、分かり、ますけれど」


「ミラー越しにあの車の運転席を撃てるかな。人間は助手席にしか乗っていないから大丈夫、人を殺す心配はないよ」


「ど、どうしてですの……?」


「先ほどからずっと見られている。それも僕を、ではなく君をだ。ここから安全に連れ出すくらいは手伝ってやろうって言っているんだ」


「わ、わたくしは銃を持っていますわ。危険なんか……」


「どれほどの腕かは知らないけど、エンジン音に驚いて狙いを逸らしてしまうくらいならそう期待はできない。相手も銃を持っていたらどうするつもりかな。レイプ願望があるなら無理強いはしないけど」


「レイ……ッ!?」


 何を想像したのか、顔を真っ青にしてから次に真っ赤にするアメリカンポリス。


 金髪に入れたインナーカラーの色と全く同じ顔色になった彼女に、純白のバイクに搭載されたナビゲーターがスマートフォンのスピーカーからこんな捕捉を加えた。


『ナンバーから盗難車だと判明しました。車内で待機しているのは囚人だと判断するべきでしょう。人影も複数名を確認しています』


 ホルダーに入ったスマートフォンのインカメラで確認したのか、人工知能がそんな風に補足してきた。というかこのガイド、どのゲートが空いているだとか盗難車がどうだとか、悠真の知らないところで重要なサーバーから情報を抜き取っていないか?


 そんな疑問もあるが、今は余計な部分に脳のリソースを割いている余裕はない。


「つまりヤツらは僕には手を出さないかもしれないけど、君には手を出す気満々という訳だ。さてどうする? 撃つなら素早く、発砲後はすぐにバイクの後部座席に飛び乗れ」


「……、……」


 数秒の思考期間があった。


 そしてガチャリ‼ という音と共に背後を振り返り、アメリカンポリスは警官らしく運転席に発砲した。本職の腕と違うのは、悠真の指示に従わなかった点と警告せずにいきなり引き金を引いた点か。


 ボンネットに弾丸が突き刺さったのを見て舌打ちする荻野悠真。


 ヘルメットを摑んだ少年はバイクに飛び乗りながら、踵でスタンドを蹴飛ばす。少女が飛び乗ったのを確認すると、スロットルを回して急発進する。


「ほらヘルメット被れ!」


「わっぷ! ああもう雑ですわ! ポリスハットの上から被れるとお思いでして!?」


「雑なのは君だ。どうして振り返って撃った!? ミラー越しに撃てないのならそう言ってほしかったよ、僕が撃った方が最適だった!」


「ふっ、しかも運転席を狙ったのにボンネットに弾丸をめり込ませてやりましたの」


「どうしてそこで胸を張れるのか、理由が全く分からない……っ‼」


 複数のエンジン音が背後で唸る。


 停まっていた車、その内の五台ほどが後部座席にアメリカンポリスを乗せた悠真のバイクを追い駆け始めたのだ。


「彼らに心当たりは?」


「一つだけ」


「追ってくる車は複数だけど」


「組織って怖いですわね」


 ため息が止まらなかった。


 クラッチを切ってギアを上げる。悠真のマシンの最大ギアは6だが、すぐに5まで上がっていく。普段は4までしか使わない少年からすれば、すでに事態は緊急である。


「ナビゲーター。マップ表示」


『ええボス』


 スマートフォンにマップが表示される。


 一目でおおよその道を把握すると、荻野悠真は遠い目になった。轟々と風が後ろに流れていく中で、フード付きのレザージャケットを着た少年は口の中で呟く。


「人通りが多い」


「この辺りは飲み屋街からスイーツ店までたくさんありますわよ! とてもバイクや車が横断できる場所ではありませんの!」


「……なら仕方がないか」


「どうしますの!?」


「罰当たり、これで行こう」


 商店街や飲み屋街は通らない。


 一度だけ減速すると後ろの車輪を右足のブレーキでロックする。半ば滑るような格好で方向転換した純白のバイクがカーブを描く。アスファルトとゴムが擦れて白煙を上げながら、それでも絶妙なハンドル捌きで白いバイクは反対車線へと乗り込んで行く。背後から普通に走ってきた無関係の車が蛇行するが、追突する前に悠真は二輪車を加速させる。


 そして、どこにでもある自動販売機の前を通り過ぎ、目的の場所に突っ込んだ。


 そう。



 大量に墓石の立つ、野原の墓地へ。



「ばっ」


「二人乗りに慣れていないのは分かるけど暴れないでくれ。車体がブレる」


「罰当たりですわあッッッ‼」


「だからさっきそう言っただろう」


 悠真はさらに速度を上げながら、小刻みに体重を左右に移動させる。


 背後から着いてくる車はミラーで確認しているが、もうその必要もない。墓石は明らかにボンネットに激突する高さだ。馬力があればいくつかは薙ぎ倒せるかもしれないが、きっとこの野原を直線に抜ける前に限界が来て走行不能に陥るはずだ。


 追い駆けて来る車の先頭はひょっとしたら馬鹿だったのか、直近の墓石に激突した結果墓石に押し負けて、派手に縦に回転していた。ゴロゴロと転がって別の墓石に天井から突き刺さっていく。


「迂回されて先回りされるかもしれませんわよ!?」


「その前に振り切る」


 こんな時でも悠真の声の波長は変わらない。


 教習所では絶対に習わないレベルの難易度を誇るスラロームを危なげなくこなしていく。だが背後を振り返ったアメリカンポリスが短く絶叫して、機体の重心が本格的にズレを起こす。危うく暮石に激突しそうになる。


「あの、なんかライフル構えていますわよ!?」


「まったく、窓からあんなに身を乗り出したら危ないのに」


 抜け目なくミラーで背後を確認していた少年がやはり涼しく言う。


 さらに加速する。度々バイクの重心を揺らすお転婆ポリスを後部座席に押し留めるべく、片手でシートにぐっと押し込む。


「ちょっ、どこ触ってまして‼」


「肩だよ。暴れられたら意味がないんだ、動かないでくれないかな」


 そして肩から腰へと滑らかに手を移動させた荻野悠真の手には、彼女の腰のホルダーから奪ったリボルバー拳銃が収まっていた。


「あっコラわたくしの銃!?」


「こいつらから逃げたらまた後頭部に銃口押し付けられるのは御免だ」


 そしてお手本のような挙動があった。


 アメリカンポリスの格好をした少女のように背後は振り返らない。腕を四五度後ろに伸ばしてから手首も四五度ほど曲げる。上下の銃口の角度は感覚だけで調節する。真後ろに向けられた銃口から放たれる弾丸がどんな軌道を描くか、彼の頭脳が精密機械のように演算していく。


 鋭く息を吸う。


 何の躊躇もなく引き金を引く。


「ヒットだ」


 火薬の破裂音と共に空気が弾けるような音が響く。寸分の狂いもなく前輪のタイヤに弾丸が被弾して、ゴムの塊が音を立てて破裂する。


 車ごと大きく揺れてライフルは狙いをつけられる状態ではない。背後の狙撃手が放った銃弾の行方など興味すら示さない。そのまま速度を上げて墓地を抜けて行く。


「すごい……」


 後方から追い駆けて来る車は、一台たりとも存在しなかった。


 彼の腕、その片鱗を見た、金髪に赤のインナーカラーを入れた少女は呆然と呟く。


「……流石は『英雄』に手解きを受けたと言われるだけはありますわね」




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