D-3
ただし、感動の再会とはいかなかった。
フェストパレス姉妹、その妹・ヘレンの方が頭を抱えてこう叫んだのだ。
「おっ、お姉ちゃんが犯罪島に毒されてバニーガールさんになっているんだけど、これは一体全体どういう種類の悪夢なの……ッッッ!?」
「ちょっと待てェい‼」
乙女には丁寧口調をかなぐり捨ててでも否定しなければならない事があるらしい。
しかし大学生らしき少女を連れたヘレン=フェストパレスは、顔を真っ赤にするバニーガールな姉にこう続ける。彼女の両手は卑猥なものでも見るかのように両手が顔に当てられており、その指の隙間からステラの方を窺っている。
「うわあ、そんな、うわあ。それ足が隠れていない、うわあ……手首と首のワイシャツみたいなそれは必要なの……? 胸もサイズが合っていないし少し動いたら周りの目がえらい事になるんじゃあ……???」
「これはフォルトゥナの森よりも深い事情がありましてよ!? 本当に色々あったんですの、なかなかにアクロバットで刺激的な夜がな‼」
「正直に言ってよお姉ちゃん! 色んな意味で賑やかな繁華街の方でハメを外し過ぎて汚れちゃったってさあ……ッ‼」
「何だその決めつけ!? 全体的に誤解ですわ‼」
「なら何か着る努力をしたら? 具体的には羽織るものをだ……ッ‼」
「だからそんな時間もなかったんですのよ‼」
姉妹喧嘩に発展する前に、ヘレンの方が女子大生に羽交い絞めにされていた。
全体的に状況を整理すると、この場にいるのはステラやヘレン、女子大生の荻野真奈だけではない。ログハウス、それもいくつかある孤児施設に住む全員が一ヶ所に集中していた。
避難誘導を行っていたのは、バニーガールの格好をしたステラ。それに先ほどの少年の携帯電話をハッキングしたヘレンのスマートグラスから避難経路が表示されている。
(というかこれ、表示しているのは、何だかその、まんま人間のような……? こんなに使い手の状況を把握して映す情報を選べる人工知能なんて、一般のサービスで提供されていたっけ……?)
どるーん、と疑問に返答でもするように、森の奥からエンジンを吹かす音が聞こえた。今のはバイクだろうか?
思わず首を傾げるヘレンだったが、姉のステラはみんなを一ヶ所に留めるのに必死だ。人数を考えれば校庭ほどのサイズが必要なのに、それに足る十分な開けた場所がない。さらに小さな子どもが多いせいでまとめ役が足りないという悲劇が同時に起きている。
「ヘレン、あなたも手伝ってくださいな。とりあえずこの森をみんなで抜ければ何とか……」
その時だった。
赤い眼鏡を掛けた金髪の妹が返答をする前に、闇の奥から別の声が這い出てくる。
「ハイ問・題。ほんとにそんな皮算用でどうにかなる状況かにゃあ?」
やはり、真っ先にゾッとした震えを背筋に覚えたのは、その女に一度邂逅していたステラ=フェストパレスだっただろう。
「っ‼」
金髪のバニーガールが振り返ると、そこには敵が立っていた。
目元まで隠れる長い茶髪に、やたらとマタニティドレスの似合う女性。
名はヴァレンシア=ハニーハート。以前と違うところと言えば、その手に一際大きな三つ又の槍『スタンスピア』を握っている点だ。女性が扱う得物にしては随分と長くて重そうだが、ヴァレンシアに不満そうな表情はない。むしろクルクルと楽しそうに振り回している。
「さぁーって、これはまた愚かな避難誘導ねえ」
空いた片手で大きなお腹をさすりながら、ヴァレンシアは笑みと共に言う。
「何せ親玉の私の元にガキども全員集めちゃうんだから、ほんと笑っちゃうわよねえ☆」
「……身ごもった女性の言う台詞とは思えませんわね。流石、大きくて真っ黒なお腹をお持ちの方は言う事が違いますわ」
「あら、よほど殺して欲しいみたいね」
雷雲のように『スタンスピア』が低く唸る。
散り散りの場所で鋭い悲鳴がいくつも上がる。大人の悪意に敏感な子ども達が恐怖によって絶叫したのだ。
じりっ、という砂を踏む音と共に、一人の姉が前に踏み出す。続くように女子大生も。
ここで盾になるのは自分の役割だと宣言するかのように。
槍の切っ先が迫る。
まずはバニーガールの少女から。
そう判断したヴァレンシアの凶器がステラ=フェストパレスの瞳を抉る。
だがその一瞬前、ステラが血を一滴でも流すよりも早く。
音速を超えた鉛弾が深い森を引き裂いていった。
それは吸い込まれるように直線の軌道を描き、三つ又の槍を弾いていく。
「あら、あら、あらあ☆」
初めて会った時のように、嬉しそうな声でヴァレンシアはそう呟いていた。
そして一言。
救済対象のみ、という限定ではあるが。
その場にいる限り、絶対にそれを守り抜く事に長けた少年の声が聞こえた。
「ヒットだ」
「ええ、ええ! ぴったり直撃! それも槍を弾いた弾丸が地面を抉っているというのも素敵よ。弾が子ども達に当たらないように角度を調整したのね、えらいえらーい」
「状況が分かっていないのかな。ここはあの誘い込まれた工事現場のようにお前の万全の布陣って訳じゃない」
と告げながら、茂みの奥からフードを被った荻野悠真が出てくる。……なぜか女子大生の方へ顔を見せないようにしている気がするのは、ステラの勘違いなのだろうか。
彼はいつかと同じく、油断なく銃口をヴァレンシアの額の中央に銃口を突き付けていた。
「撃てば、終わる」
「ではなぜそうしないのかにゃあ」
「下準備がいるんだよ」
パチンッ‼ と指を強く鳴らす荻野悠真。
すると、ヘレン=フェストパレスの掛けた赤いスマートグラスに異変があった。
不意にメガネのツルから骨伝導式で女性の人工音声が響く。
『ミスヘレン。大きく一歩下がってください』
直後、ゴォ‼ という酸素を燃焼する音と共に、巨大な炎が立ち塞がる。
驚きに目を剥くヘレンや女子大生の真奈。さらに周囲の子ども達も全員まとめて炎の壁の外側に追いやられる。
それも直線の壁を作るだけの炎ではない。
森のあちこち、見渡す限りの炎が森を燃やしている。
そして驚いていたのは、事前に作戦を聞かされていたステラもその例外ではなかった。
「ちょっ、これは何の真似でして!?」
「だから助ける対象だって言っているだろう、何度言えば良いんだ。炎の渦の中に連れ込む馬鹿がいてたまるか」
チィ‼ と全力の舌打ちをするバニーガールのステラに、妹のヘレンが若干恐れおののく。
一緒にタネを考えた手品に混ぜてもらえない助手のような顔だった。
炎の壁の内側で、荻野悠真は静かに告げた。
もうフードも必要ない。顔を炎の光に晒しながら、彼は銃の引き金に意識を集中させていく。
「これで邪魔者はいなくなった」
「うふ、よーうやく、二人きりになれたね」
くすりと前髪の奥でヴァレンシア=ハニーハートが笑う。
「それにしてもおっかなあい。あらかじめ森の中にガソリンを撒いて引火しやすくしていたのね。火を点けたのは『あの方』の愛用していた秘書プログラムの人工知能かにゃあ。あれ、今は乗り物に搭載しているとか言っていたような気がするけれど」
「この程度、悪人でも何でもないさ。おっかないっていうのはお前のような人の事を言うんだ」
「うふ、褒められちゃった☆」
ふざけたように言うヴァレンシアが一際大きい『スタンスピア』を揺らしていた。
その小さな挙動を悠真は見逃さない。引き金に掛かる人差し指にぐっと力が込められる。
「動くなよ、ハニーハート。僕は進んで女の体に風穴を空ける趣味はない」
「あらお優しい。どうして逡巡しているの?」
頬に手を当て、お腹の大きな女性は場違いなほどに優しく笑っていた。
「撃てば良いのに。悠真クンに躊躇う理由なんてないでしょ? ほら、働きアリ達はたーくさんバンバン撃ってくれたじゃない」
「君のお仲間だったはずだ。その言い草はあんまりじゃないか」
「あんなヤツらは『あの方』や悠真クンに比べたら大した事はないわよう」
とにかくね、と彼女は己の額の真ん中を指差しながら、
「撃たないの? あ、それとも綺麗なお姉さんは撃ちたくないのかにゃあ?」
「黙れ」
告げながら、何だかカチンときた荻野悠真は引き金を引いた。
直線に飛ぶ弾丸が女性の柔肌を抉るために森の中を引き裂いて行く。




