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犯罪都市のライフスタイル  作者: 東雲 良
第一章 灰色の流刑地
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A-1




「はいこれ、昨日のバイト代」


「ありがとう。遠慮なくいただきます」


 バイクを盗まれかけた夜が明け、翌日の放課後だった。


 制服を着た荻野悠真と西園寺三香ことみぃたんは、代わり映えのしない通学路を下校していた。


 教室の中でバイト代の入った茶色の封筒を渡さなかった理由は簡単で、悠真とメイド少女・西園寺の通う学校はバイト禁止だからである。教室で封筒を渡して学校側にバレるリスクを自ら増やす必要もないだろう。


 ちなみにバイクの免許を取るのも禁止されているので、この時点で悠真の方は二つ校則を破っている事になる。


 封筒の方に特に執着はない。


 ネクタイを緩めた少年は現金を取り出して中身を財布に移しながら、普段はメイド少女にこんな質問をした。


「この後もバイト?」


「まあね」


「何だかいつもバイトしてないか。職業学生っていうより、もう鋭い目つきで足を踏むドSなメイドさんのイメージの方が強いんだけど」


「それは光栄ね‼ ワタシ、もっとガンバル‼」


「否定しよう西園寺。ここは絶対に瞳をキラキラさせるところじゃない」


「ま、バイトは楽しいから毎日入りたいくらいなんだけど、流石に遊ぶ時間がなくなると何のために稼いでいるのか分からなくなるから重たいシフトは避けてるわよ」


 高校生になってからは、時間の余裕が広がった気がする。


 勉強に余裕はなくなっていく一方な馬鹿野郎だったが、帰宅部の彼はここから自分の楽しい時間が始まる。寝るまでの数時間をベッドの上でダラダラしたりバイクに乗ったりネットサーフィンをしたり……と優雅な時間を過ごせる訳だが、心配事を家に持ち帰るのは頂けない。動画を見ている最中に、襲われてます助けてとか言われてもどうしろというのだ。


「今日は用心棒は良いのかな」


「今夜は深夜までのシフトじゃないし、店長もいるから大丈夫よ。荻野は店長がいない時のみんなの安心要素って感じだから」


 そんな会話を交わしてから、交差点で手を振ってクラスメイトと別れる悠真。


 しばらく歩いて、暮らしているマンションへと無事に到着する。持っていた鍵でセキュリティを解除してからエレベーターに乗る。


 そして扉を開けてマンションの一室に帰ってみると、あんまり見たくない光景が広がっていた。


「……母さん。玄関開けていきなりお祈りされても僕はお願いを叶えられないよ」


「あはは、悠真ったら面白い」


「母さん」


「これは謝っているのです」


「具体的に」


「いやあ、お姉ちゃんったら馬鹿よね。面会に行くのに『外』の物を持って行くんだーって息巻いていたのにリビングのソファーにすっかり忘れて行っちゃって」


「あのおっちょこちょいめ……ッ‼」


「ほら、何度もお姉ちゃんにフォルトゥナに行かせる訳にはいかないでしょ? その点悠真だったら何だか安心! ハイこれその手提げバッグ! きちんとお姉ちゃんに届けてあげて!」


「姉さんを呼び戻せば良いだろう! すぐに電話だ!」


「もう『中』に入ってしまってるわよ。もう一往復させると大変だけど、悠真ならバイクでひとっ飛びでしょ? お姉ちゃんは女の子なんだしやっぱり心配よ」


「母さん、バイクは飛ばない。それに危険なのは僕も変わらないよ。フォルトゥナじゃ性別なんかほとんど関係ないんだし」


 辟易した風に言いながらも、荻野悠真は母の手から手提げ鞄を受け取っていた。


 心配事があると、楽しく自分の時間を過ごせない彼の性格が災いしていたのだった。


「ふふ、悠真の美点よねー。ツンデレさんめ」


「これは本当にそういうのじゃない。一応バイクに乗れるからそのついでだ」


「ご褒美に二人の大好きなシチュー作っておくからねー」


「どうして僕が働くのに忘れ物した姉さんも得をするのか!?」


 一度自室に向かう。教科書の詰め込まれたバックパックをデスクに置く。


 いつものジーンズとパーカー付きのレザージャケットを纏うと最後にスマートフォンと財布、姉の手提げ鞄を持った事を確認する。


 部屋から出ると、まだ母親は玄関にいた。スニーカーを整理してくれていたらしく、彼が毎度バイクに乗る時の靴を履きやすい位置に置いてくれている。


「行ってきます」


「手提げ鞄、バイクに乗ったら邪魔にならない? 交通費出してあげるから電車で行っても良いわよ?」


「これくらいなら大丈夫だよ。ちなみに中身は? 割れ物とかだったら扱い方も変わってくるんだけど」


「ええと、確か手編みの薄いセーターだったような」


「……はあ、価値はないのに傷つけたら一発アウトの品物じゃないか。面倒臭い」


 姉のプライバシーを尊重して、部屋で鞄の中身を見なかった少年の素直さにニヤニヤしている母親の方が煩わしかったのでもう放っておこう。


 靴を履いてから、さっさと部屋を出る。


 外に出て背後の扉が閉まるその直前、こんな声が聞こえてきた。


「気を付けてね。本当に」


 返事をする間もなく、自然に扉がバタンと音を立てて閉まっていった。


 このタイミングで言われると、ぞわりと背筋に冷たいものが走る事請け合いであった。





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