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犯罪都市のライフスタイル  作者: 東雲 良
第四章 人を助ける意味なんて
19/25

D-1





 決戦の時なのだった。


 片手に絵本、もう一方の手にはクマのぬいぐるみを摑み、子ども大好きモデルもやっちゃう大学生の荻野真奈は、金髪の赤縁眼鏡を掛けた少女に戦いを挑んでいた。


 そう、標的はみんなの輪に入れずに、足を抱えて部屋の隅っこに座っていた暗い雰囲気の女の子である。


 とりあえず自分の顔の前にクマのぬいぐるみを持っていき、腹話術的なおしゃべりを実行。


「こんばんは、がおがお。こっちで一緒に遊ぼうよう、がおがおー!」


「……」


 赤縁眼鏡の視線がこちらに動く。


 真奈を捉える。


 そして彼女は何も言わなかった。ただすげえ頭の悪いヤツのテストの点数を見たような目になると、目の前の小さな少女は視線を元に戻したのだった。


(ぐっ……‼ なかなかの強敵ね……っ!?)


 つらい。子ども相手とはいえ二〇歳を超えてからぬいぐるみのクマさんに本気のアフレコしたのに、抜本的に完全無視である。多少でもくすりと笑ってくれれば救いはあるもののパーフェクトなシカトとは一体どういう了見か。どれだけイタい言動を取ってもあのテンションの低い弟だって軽く腹をド突いてくれるというのに‼


 目が死んでいる。


 そもそも興味を持ってもらっていないのがビシバシ伝わってくる。


 もうこうなったら当たって砕けろである。


 軽く怖がられて逃げられてしまうかもしれないが、それがきっかけでどこかの輪に入ってくれるならばそれはそれで目標は達成なのだ。


「お嬢ちゃん、シンデレラは好きかな? それともピーターパン? 日本が出身じゃないのなら桃太郎やかぐや姫なんか興味があるんじゃないかしら!?」


「……アナログ」


「へ?」


「アナログ過ぎて……くだらない……」


「ぐう!?」


 頬が引き攣る感覚がした。


 孤児の施設は基本的に資金不足だ。携帯電話やテレビゲームなどといったオモチャなんかある訳がないし、ログハウスにある物は全てアナログチックなものばかりである。


 背後、ログハウスの部屋の真ん中から諦めたような視線でこちらを見るサークル仲間なんて気にしていられない。とにかく部屋の中で楽しそうに遊んでいる、あちこちの『輪っか』へと視線を移し赤縁眼鏡の少女が興味を引かれそうなものを提示していく。


「で、でもけん玉とかあやとりとかもやってみると面白いわよ? それにおままごとだってやってみると楽しいかもしれない!」


「……つまんない。みんな馬鹿」


「ほっほーう。お嬢ちゃん、若い頃なら尖っていれば何でも良いと思っているクチかね? なら私とクイズ勝負でもしてみる? 一〇〇マス計算の速度勝負でも構わないわよ」


「私が勝つしやらない……」


「まったまたー。負けちゃうのが怖いんでしょー」


「その安い挑発に乗ってボコボコにしてあげても良いけど……あなたの思い通りのレールに入ってしまうからやらない……」


「くっ、やっぱりなかなか強敵ね!?」


 もうこの時点で一敗してしまった気もするが、勝敗にこだわってしまっては真奈に勝ち目はない。


 そもそも、この女の子を輪の中に加えれば彼女の勝利なのだ。


「いっそ嫌われてしまうのを覚悟で体格差に物言わせてみんなのトコまで連れて行ってやろうかしら。もう逃げられない場所まで行ってしまえばこの子に選択肢はなくなる訳だし……」


「……極悪な誘拐犯みたいな事、サラッと言わないで」


「うん、そうね、のちのコミュニケーションで好感度をアップすれば嫌われるマイナスだって回復できる。うん、賭けてみる価値はあるわ‼」


「それを実行すれば、私はトイレに駆け込んで鍵を掛けるからね……?」


 荻野真奈が次の手を失った時だった。


 ぴくりと金髪少女の美しい瞳が動く。何かに気付いたかのように顔を上げると立ち上がり、窓の方へと歩き出す。


「へっ、お嬢ちゃん!?」


「着いて来ないで」


「ああんっ、そんな釣れない事言わないでっ!」


 サークル仲間の視線がさらに厳しくなっていく。


 気にせず窓の方まで着いて行くと、赤い眼鏡を掛けた少女は外をじっと見ているようだった。


「まずい」


「何が……」


 と言いかけて、背後から少女を見た真奈の目に不思議なものが映った。


 彼女の掛けている眼鏡のレンズに様々な情報が表示されている。円を描くものもあればグラフのように映し出されているだけのものもある。小さ過ぎて遠くから覗くだけでは何が表示されているのかも分からないが、一〇歳程度の孤児の少女が一体どうしてこんなハイテクガジェットを持っているのだ?


「おねーちゃん」


「はい何かしら!? かくれんぼする!?」


「……しない。逃げて」


「鬼ごっこ!?」


「違う」


 真剣な口調だった。


 ボソボソと呟くようにしゃべるその口調が明らかに色を変える。本能的な危機を呼び起こさせるために、その少女は静かにこう語ったのだ。


「逃げて。このままだと、みんな死んじゃう」


「へっ?」


 直後だった。


 悪天候の時しか聞こえないはずの音と共に、周囲に雷が落ちた。


「ひゃあ!?」


「うわっ‼」


「なに、なに!?」


 驚くような声がログハウスのあちこちから聞こえる。


 音だけではない。青白い紫電やログハウスを囲む森の木がいくつか燃え上がる。窓から見えるだけで相当に近い距離での爆音だった。しかも一つではない。バリバリと凄まじい音があちこちから炸裂していく。


「な、何が……? 落雷……?」


「そんな訳ない。……きっと私を回収しに来た」


「え?」


 疑問を挟んでいる余裕は、果たしてあったのだろうか。


 続けて周囲一帯の光が消える。ログハウスの蛍光灯が輝きを失い、一気に夜の世界が家の中を埋め尽くす。


 連続して驚きの声が聞こえるが、赤縁眼鏡の少女は真奈の弟のように冷静だった。


「……みんなに灯りを点けないように言って。集合しているログハウスを割り出されると逃げる時間がなくなっちゃう」


「灯りを点けないようにって……」


 スマートフォンなんてボランティアサークルの仲間はみんな持っていた。


 背面のフラッシュライトを輝かせて、サークル仲間が子ども達の安全を確認しているところだった。


「もう遅いみたいだけど」


「……はあ、これは本格的にまずいかも」


 ため息をつくと赤縁眼鏡を掛けた少女は視線をあちこちに動かす。


 最初、真奈は何をしているのだろうと疑問を抱いたが、どうやら眼鏡に表示されているデータを切り替えているらしい。気になって覗いてみると鬱陶しそうに可愛い両手で押し退けられる。それでもがんばってしつこく顔を近づけてみると、金髪少女は泣く泣く諦めたようだった。どうやら彼女はスマートグラスを操作して周囲のマップを表示しているらしい。


「……みんなを逃がして。あなたのスマートフォンに最適ルートを送った」


「なっ」


 言葉と同時、スカートに入れたスマートフォンがぶるりと振動して、慌てて真奈は通知をチェックしようとする。


 だが、ポケットからスマホを取り出した時点ですでにおかしかった。


 ロックを解除する前にメールアプリが起動しており、中身が開封されていたのだ。そこにはマップが表示されており、繁華街までのルートが設定されている。


「これって……?」


「早く」


 まずい気がした。


 ここが『外』ならば、電気が復旧するまで適当に時間を潰すだけだっただろう。


 しかしここはフォルトゥナだ。比較的安全な森の中にこの孤児の施設は作られているが、囚人が絶対にここを襲わないなどという保証は一つもない。


 避難を、促す。


 スマートフォンを握り締めて、逃げるための指示を飛ばしていく。


 そして、荻野真奈はログハウスを出たところでハッと気付いた。


「……あの子は?」


「え?」


 サークル仲間が何の事だと問いかけてくるが、真奈の目はたった一人のみを探していた。


 あの赤縁眼鏡を掛けた、金髪の少女を。


「あの子はどこ!?」




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