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犯罪都市のライフスタイル  作者: 東雲 良
第三章 蜜の香りは死を誘う
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C-6





 その瞬間、オルヴィス=ブラクハルトは激痛によって意識を無理矢理に覚醒させられた。


「がァ!? あぐォあ‼」


「叫べるだけの元気があるようで何より」


 手足を動かすたびに、ぎちぎちという縄が軋むような音が響く。いいや、ようなではない。手と足を細い縄で拘束されたまま、アスファルトの地面の上に転がされている事に気付く。


 周囲を注意深く観察してみると、フード付きのレザージャケットを纏う少年が自分の腹部を靴底で踏みつけているところであった。見事に重心が押さえつけられている。起き上がるどころか寝返りを打つのも難しいだろう。


 さらに彼の背後には金髪碧眼のバニーガール少女がオルヴィス=ブラクハルトの顔面に向けて銃口を構えているのも目撃してしまい、両手で顔を覆おうとして手足の拘束を思い出すダークスーツの馬鹿野郎。


「が、うあ……」


「聞きたい事がある」


 事前に聞いていた情報が正しければ、荻野悠真という名の少年だったか。


 彼は警棒の先端を男の胸部にめり込ませていた。皮膚が凹むくらいで済む話ならば、オルヴィスも耐えられたかもしれない。


 だが。


 先ほど撃たれたばかり、銃弾で風穴の空いた所を警棒の先端で抉られていれば話は別だ。


「ヴァレンシア=ハニーハートはどこにいる。僕を工事現場に誘い込むほどの頭をしているんだ、どうせ公開している『プレグナント』の施設は囮だろう」


「っ、はは、知るか」


「妙だね。他の二人に聞いたところ君が情報を握っているって話だったんだけど」


 警棒が銃創を離れ、オルヴィスの視線を誘導するような動きをする。


 ほとんど反射的にそちらを見てみると、檻の出入り口に当たるゲートの機能を停止させるために共に任務に出たはずの二人が同じように地面に転がっていた。二人の顔は見えない。ダークスーツが乱れているところから察するに、かなりの拷問を受けたのだろうか。


「……俺は吐かねえ」


「その頑固な精神面は、健康な体に基づく思考回路を取っている。つまり」


 再び警棒は銃創へ。


 オルヴィス=ブラクハルトが何か言う前に、先ほどよりも深く警棒が突っ込まれる。


「ぐおァあ!? あっ、ああ‼」


「体の方が限界を迎えれば心の方も壊れていく。……撃たれたのは胸部なのに肺と心臓は逸れている。幸運としか言えないこのラッキーを棒に振るつもりならご自由に」


「はっ、はっ、はっ‼ 知るかっ、知らねえ!」


「そうかい」


 涼しく答えた少年の警棒がダークスーツを纏う体の中にめり込んだまま大きく動く。


 ぶづっ‼ という今までの人生で聞いた事のない音が耳を刺激して、オルヴィスの本能が危険信号を訴えてくる。少年の方は何も言わない。ただどぷどぷと赤黒い血液が体外へと排出されていく。


「なにが、なにを……っ!?」


「血管を千切った。これで君の出血量はまた増える。そうだね、君の体重だとあと一、二リットルほども血を流せば意識が途絶えるはずだけど」


「は、は……気絶なら、さっきもしたっつーの」


「それだけで済むとでも? このまま止血しなければ後は失血死を迎えるだけだ。ああそれと栓の役割をしている警棒を抜けばさらに出血量は増加していく。試してみるか?」


「待っ……‼」


 ズズッ……と気味の悪い音を鳴らして引き抜かれていく警棒。少年の言った通りオルヴィスの体から血が溢れていく。


「くそっ、くそッッッ!?」


「僕の計算だとあと三〇秒。血を見るとさらに鼓動が早くなるタイプの人間か。どんどんハマってきたね、死の泥沼に」


「っっっ‼」


 意識が遠のいていく。


 心臓がうるさいほどに鼓動を刻むが、脳が血液の不足を訴えているのが分かる。瞳孔が狭まっているのか、夜の世界がさらに暗くなっていく。


「がう、やめ、あばう……」


 頭の中を埋め尽くすのは恐怖だった。


 このまま目を瞑って二度と目覚める事のない世界へ行くか。それとも命乞いをして次に繋がる人生のチャンスを得るか。


「あと一〇秒」


「っ……‼」


「ああ、もう見ていられないな。苦しんでいるし可哀想だ、そう思わないかステラ」


「そうですわね。いっそ頭をぶち抜いて差し上げた方がよろしいのではなくって?」


「優しいな。ぜひそうしてやってくれ」


 カチ、と引き金にかかる指の音。


 そこが限界だった。


 オルヴィスは必死になって腹の底から叫び声を上げる。


「分かった、しゃべる‼ 全てを話す! だから命だけは助けてくれッッッ‼」


 直後だった。


 ドスッ‼ と警棒がダークスーツの銃創に突き刺さり、再び血管に栓をしていく。


 激痛で声も出せないほどに喘ぎのた打ち回りそうになるが、その痛みが命綱となる。重心を押さえられているのでオルヴィスはろくに動く事もできずにこう続ける。


「……『女王』は、森を、目指している」


「森? そこにアジトがあるのか」


「アジトなんざ、はは、元々ねえよ」


 心臓の鼓動がうるさい。


 オルヴィスは荒い息を吐きながら、残り少ない血を頭に回していく。


「『女王』は本当にフォルトゥナを崩すつもりだ。俺達を働きアリなんて呼んでいるが、きっとあれはろくなもんじゃない。腹が減っても砂糖は欲しがらない、ガキの肉を喰おうってんだからな」


「? 待て、話が見えない。ハニーハートの狙いは何なのかな」


「……チッ」


 まもなく意識が飛ぶ。ろくに腹芸をする余裕もない。本当の本当に全てを諦めて、オルヴィス=ブラクハルトは次の一言を力なく続けた。


 全てを教えれば手当てをしてもらえるかもしれないという一縷の望みに彼は懸けたのだ。



「……孤児の施設だよ。『女王』はそこの子どもを利用してこの街を崩すつもりだ」





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