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犯罪都市のライフスタイル  作者: 東雲 良
第三章 蜜の香りは死を誘う
17/25

C-5





「……は?」


 ステラ=フェストパレスは唖然としていた。


 荻野悠真の言った言葉の意味が分からない。そんな中でゲートの受付窓口の中ではID証の確認作業が進む。


「では全ゲートを停止させます。最大で一時間、フォルトゥナの檻は機能を停止します。本当によろしいですね?」


「ああ。それと済まない」


「はい?」


 ID証を受け取った悠真は、窓口に一人しか看守がいない事を確認すると背中に隠していた警棒で職員のこめかみを打ち抜く。


 ゲートには最大で七名が常駐しているはずだ。きっと奥にはまだ看守がいる。異変に気付かれる前に悠真は窓口から中に身を乗り入れて、気を失った看守のベルト辺りに手を伸ばし、トカレフのマガジンを何本か頂戴する。


 一本だけ手の中に握り、他はレザージャケットのポケットに突っ込んでおく。


 さらに悠真は倒れた白いバイクの元へと戻り、倒れた車体を起こす事に。その場で一歩も動かないステラに握っていたままのマガジンを放り投げる。


「ステラ、マガジンを差し替えておいてくれ」


「……」


 少女が受け取ったのを確認すると、拳銃をしまっておくホルスターをジャケットの下に巻き直してから白いバイクのハンドルを握り締める。


 バイクに搭載されたガイド役の人工知能も流石に車体は起こせないらしい。


「よっと。無事かナビゲーター」


『ハロー、ボス』


 バイクを起こしてスタンドを立てると、いつものようにエンジンがかかる。


 ガソリンタンクやハンドル、シートなどは細かい傷まみれだったが走行には何の支障もなさそうであった。スマートフォンにバイクの3D映像が映し出され、損傷部分が赤く染まる。


『マシン全体の損傷率一四%。その内のほとんどがタイヤ部分の破損になります』


「そうか。とりあえず廃車じゃなくて何よりだ」


『ボス。工事現場にいた「プレグナント」の構成員はミスヴァレンシア=ハニーハートを加えて五四名。フォルトゥナの檻、その出入り口である二六個全てのゲートに三名ずつ配置されているとしたら単純計算で七八名。合計一三二名。しかも墓地の地下駐車場で遭遇した車やメイド喫茶を強襲してきた連中、大型バイク乗りなどを含めればこの人数を軽く超えます』


「分かってる。相当な規模のギャングを敵に回している」


『ではボス、次の目的地はいかがなさいますか?』


「……、まさかあの工事現場に戻る訳にもいかないしね」


 重たいため息をついた悠真は、何となく純白のバイクのシートを撫でる。


 ヴァレンシア=ハニーハートが『プレグナント』のアジトを公開しているといっても、この人数を相手に乗り込むのは自殺行為だ。


(……単身乗り込んで壊滅させるのならまだ何とかなるかもしれないけど、ステラの妹を抱えて完全無事に脱出する、なんて危険が過ぎる。そもそも僕一人で行くって言ってもステラは聞かないだろうし)


 情報が少ない。


 猶予はゲートが閉じている間のたった一時間。このままではヴァレンシア=ハニーハートが『プレグナント』の目的を達成してしまう。限られた時間で最適な動きをしなければフォルトゥナの囚人が檻の外へと溢れ出す。


 だが首の皮はまだ一枚繋がっている。情報源がない訳ではない。


「ステラ、その三人の中の誰かを起こそう。脅して情報を吐かせ……」


 そこで、まるで電化製品のコードが千切れたかのように、背後を振り返った悠真の動きがぴたりと止まった。


 流石の彼でも、後ろに広がるその光景だけは予想できなかった。



 美少女の握るトカレフの銃口が少年の眉間をぴたりと照準していたのだ。



「……っ」


 蛇に睨まれたカエルのように、悠真の背筋に気味の悪い震えが走る。


 先ほどステラ=フェストパレスは拳銃に対する恐怖を克服したばかりだ。何がきっかけで、どんな動機で荻野悠真に銃口を向けているのかは知らないが、条件は何も変わらない。


 彼女が引き金を引くだけで、彼は死ぬ。


 ゆっくりと両手を挙げて、悠真は慎重に言葉を選んでいく。


「……何の真似かな、ステラ。今頃バニーガールの格好をさせたままメイド喫茶を連れ出した事に怒り始めたって訳でもないだろう」


「何者でして」


 低い声。姉の真奈やクラスメイトでメイドの西園寺三香からは聞いた事のない、強烈な圧を持つ声色だった。


「ゲートを封鎖する権利を持つ管理人ですって? 檻や看守、囚人といった社会的システムに介入できる権限があるなんて聞いた事がありませんわ。あなたは一体何者でして!?」


「ステラ、今はそんな事を話している時間はない」


「荻野悠真、あまりわたくしをナメないでいただきたいですわ」


 緊張の密度が上がっていく。


 お互いの全身に力がこもっていくのを感じる。よくあれだけ手に力が入っていて引き金を引かないでいられるものだと少年は感心していた。あんなに肩に力が入っていても、おそらくステラの銃弾が悠真を取り逃がす事はないだろう。それだけ至近で銃口を突き付けられている。


「いいえ、わたくし達姉妹を、と言うべきでしょうか。そろそろ下に見られている事へのムカつきが限界を迎えてしまいましたの」


「……どういう意味かな」


「質問しているのはわたくしですわ。答えなさいな、あなたが何者なのか」


「僕はその引き金を引かれても構わない。代わりに君が妹を助けられなくなるだけだ」


「ではこうしますわ」


 彼のポリシーを理解していたからだろう。


 あらかじめ決めていたかのように、ステラは銃の向きを大きく変えた。


 トカレフの方向が一度上を向き横に逸れる。そう、バニーガールの格好をした金髪碧眼の少女は自らのこめかみに銃口を押し付けたのだ。


「……っっっ!?」


「くす、初めてそんな顔を見せてくれましたわね」


 高熱になっている銃口でも気にしない。


 こめかみからじゅうと皮膚を炙るような音を鳴らしながら、ステラは犬歯を見せて己の身を危険に晒す。


「自分の助けたいもの以外はどうなったって構わない、でしたっけ。ならあなたのネックは『ここ』ですわ。わたくしが引き金を引けば全ては台無しになるのではなくって?」


「……君にはできない」


「すでにナメるなと忠告はしたはずですわ」


「君にはできない! 妹を助けたいはずだ、そのために危険を冒してこんな場所までやって来たんだろう!? 何だこの余計な回り道は!? 今は仲間内でこんな事をしている場合じゃない‼」


「かもしれませんわね。でもわたくし、これでも結構わがまま娘でしてよ。そう、怖がりで聞き分けの良い妹よりはよっぽど」


「だからどういう意味だと聞いている」


「誰かを救う、そのためには純度が大切。なるほど聞こえも良いし場合によっては素敵な心意気ですわ。そう、ただし場合によっては、ですけれど」


「何が言いたい」


 こちらに銃口が向いていれば、トカレフを奪うために挙げた両手も使う事ができた。


 しかし、この状況は揉み合いになっただけで致命的だ。ステラの手が握られてしまっただけで、彼女の頭が撃ち抜かれてしまう可能性がある。


 確率としては低いが、絶対にないとは言い切れない。


 ここにきて墓地の地下駐車場で悠真が仕掛けた言葉のトリックが邪魔をする。車やバイクの連鎖爆発と同じだ。わずかな可能性でもあり得る以上は強行突破する訳にはいかない。


 光の見えない暗い夜。


 たった二人だけの世界で彼女は告げた。


「自殺願望丸見えの危険な人に救われたって嬉しくないと言っていますのよ。わたくし達姉妹は崖っぷちですけれど人の屍の上で幸せになりたいなんて思いませんわ」


「何か勘違いしていないかな。僕は自殺願望なんか持っていない」


「ヤケクソ気味、とでも言い換えましょうか」


「偏見だ」


 やはり涼しく続けた悠真に、ステラはもう取り合わなかった。


 警戒を緩める事なく彼女は続ける。


「産まれた時からその信条を抱えて生きてきた、とは言わせませんわ。どうせ『英雄』辺りが関係しているのは何となく分かっていますの。そろそろ吐いてはどうでして?」


「……、聞いても楽しくない話だよ」


「それでも得体の知れない怪物に救われる不気味さを払拭できるのなら構いませんわ」


「……僕の人を助けるための技術はね」


 言い澱む。


 流石にいつもの涼しい調子で全てをスラスラ言えるほど、悠真は精神の完成された大人でもなかったらしい。



「『あの男』、『英雄』、呼び方は色々あるようだけど……全ては僕の実父、父さんから教わったものだ」



「……、……」


「強い人だった。看守の一人に過ぎなかったけど、きっと今でも彼らの中で知らない人はいないと思う。正義とか救済とか愛とか、普通の人が聞いたら顔を真っ赤にしてしまいそうな恥ずかしい言葉を本気で信じて、たった一人でギャングを潰しにかかるような男だった」


 まるで呆れるような口調で。


 だけど遠い日を懐かしむかのような声色だったのは、きっとステラの気のせいではない。


「色々と教えてもらった。こっちは頼んでもいないのに」


「何を、ですの……?」


「人を助けるために必要な事の全てを。バイクのアクロバットも、拳銃の撃ち方も、近接格闘技も、ジャケットにプロテクターを仕込む方法も。くだらないって言いながらも今はこうして役に立っている。……もしかしたら『あの男』は、父さんは、僕がこういう人間になるって分かっていたのかもしれない」


 でも、と悠真の表情が一変した。


 泣くでも怒るでも、ましてや喜ぶでもない。とんでもなく悔しそうな表情に変わったのだ。


「……だからできると思った。中途半端な実力を持ったから、絶対に父さんの助けになれるって根拠のない自信があったんだ。だからあの日あの夜、僕は勝手に人質を助けに行った」


 詳細が省かれ過ぎて、ステラ=フェストパレスには細かい状況なんて想像がつかなかっただろう。何があったのか、どういう事態だったのかすらも分からない。


 それでも、察した。


「……僕のせいだ。馬鹿みたいに突っ込んで、父さんみたいに人を助けられると自分を過信した。その結果が『あれ』だ」


「失敗、したんですのね……?」


「ハッ、悲惨だったよ」


 己を嘲笑するような、その顔。


 過去の黒歴史を掘り返されるよりも、ずっとずっとつらそうな表情があった。


 問い詰めるという目的を果たしつつあるステラの方が罪悪感を覚えてしまうほどに淡い笑みを浮かべながら、悠真の口が動いていく。


「皆殺しだった。この街の『英雄』もクソ馬鹿野郎な息子を庇って死んだそうだよ。それでものちに『聖域の悲劇』と呼ばれたその瓦礫の中から生き残ったガキは、あの死んでいった人々に贖罪するかのように『英雄』の真似事を始めた」


「……そんな」


「看守の装備を持っているのは家にあった父さんの予備を拝借しただけだよ。この白いバイクも元々は僕の持ち物じゃない。今でもゲートを通るたびに名前を見られるけど、いつだってひょっとして『あの男』の息子かって顔を向けられる」


「だから『英雄』の持つ権限が使える訳ですわね」


「ああ、父さんの遺産の一つだよ。息子が切羽詰まった時はID証を見せる、だから一時間で良い、わがままを聞いてくれってね」


「……素敵なお父様ですわね」


「そんな人を殺したのは僕だ」


 ここだけは、絶対に反論などさせない。


 そんな頑固な強さを持つ声で、『英雄』の後継者は続けた。


「あいつが助けられるはずだったものは僕が救う。『あの男』の心臓を盾に銃弾から守ってもらったんだ、こいつを全うしなければ生き残った意味がない。……そう決めた時から命なんて捨てているよ」


「そう、なんですのね」


 これ以上、多くを知る必要はなかった。


 一度だけ頷き、ステラは今にも泣きそうな顔でこんな言葉だけ吐き捨てた。


「……悲しみますわね、あなたの周りであなたを大切に思っている人は、とっても」


 それが最後だった。


 ステラの全身から力が抜けて、トカレフの銃口が地面に向けられたのだ。


 差し出された銃を受け取りながら、悠真は機械的にこう注意した。


「……ステラ、君が決めて構わない。僕は失敗もするし危険だって冒す、正しい事ばかりできるような人間じゃない。それを踏まえて聞くよ。……どうする? まだ僕を頼るか」


「ええ」


 即答だった。こめかみに火傷の跡を残した金髪碧眼の少女は、迷う事なくこう続けたのだ。


「ここまで問い詰めておいて、じゃあさようならなんて、言う訳ありませんわよ」


 しかし拳銃まで持ち出したのだ。


 これで終わりとはいかない。この話が美談ではない以上、ステラにも貫かなければならないものがある。


「条件がありますわ」


「守るかどうかは分からない。僕は助けたいもの以外、他はどうなっても構わないから」


「あなたを妹に紹介しますわ。わたくし達姉妹を助けてくれた『英雄』だと! だから死ぬ事だけは許しませんの! 目覚めが悪い結果だけは御免でしてよ‼」


 深いため息が聞こえた。


 やるべき事がたくさんあって、情報だって足りなくて、多勢に無勢が極まっている。


 だがそれでも、その少年の目からは諦めの色が滲む事はない。


 たった一言、彼は短くこれだけ告げた。



「構わないさ、それで純度が落ちる事もなさそうだ」





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