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犯罪都市のライフスタイル  作者: 東雲 良
第三章 蜜の香りは死を誘う
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C-4





「何だかお外が騒がしいのー」


 そんな事を言いながらおぼつかない足取りでこちらに走ってくるのは、四歳くらいの小さな男の子だった。


 暖かい春の夜だというのに手編みのセーターを着込んだ小さな子どもに、大学生くらいの女性が注意を促した。


「こらこら、走らないの。慌てなくてもお姉ちゃんは逃げないわよー」


「あうー」


 胸の中に飛び込んで来る純粋の塊みたいな子どもに顔を綻ばせるのは、荻野真奈という大学生の女性だった。薄いピンクのカーディガンにロングスカートといった格好のポニーテールの真奈は、先ほどから頬やら口角やらが緩むのを止められない様子であった。


 場所は床や壁、天井までもが木でできたログハウス。


 キャンプ場を模したそこは、今日ボランティア活動で訪れていた孤児の施設だった。フォルトゥナのような犯罪島では、実は空気の綺麗な場所は大切である。利益の生まれない場所を襲う囚人は流石に稀なのだ。


 今は楽しい自由時間。


 施設の子ども達とサークルのメンバーの間でプレゼント交換が終わり、お互いの贈り物を受け取った者同士で、普段生活しているログハウスの中で親睦を深める。彼らが就寝するまでお世話するのが本日の活動内容なのだった。


 まるで保育園のような大きな広場で二〇名を超える子どもがボランティアサークルのメンバーに甘える時間。


 つまり。


 プロフィールの好物の欄に『小さい子』と真面目な顔して書いてしまう連中からすれば、ご褒美大フィーバーの時間なのだった‼


「おねーちゃん、セーターありがとう!」


「うん大切に使ってね私もプレゼントされたこのネックレスは一生大事にするからね‼」


 荻野真奈、弟には見せられない顔の上に目が据わってしまっている始末なのだった。


 あと一、二歳上だったら明らかに性的悪影響が発生してしまいそうなほど大きな胸の中で男の子を強烈に抱き締める真奈に数名のサークルメンバーがうんざりしたような視線を向ける。


「あのさあ」


 大学のボランティア活動のメンバー、その内の友人の一人がこんな風に話しかけてくる。


「モデルもやっちゃってる今をトキメク恋する乙女が彼氏も作らず小さい子どもにそのゆるっゆるの笑顔はどうかと思う訳よ」


「うるさい死ね」


「辛辣なのは結構だけど、大きくなった弟さんの代わりに『そういうの』をここで発散するのはやめてくれんかね。愛情に飢えている子どもがアンタのせいでいずれ出会うであろう『母親代わり』に満足できなくなったらどうするつもりだい」


「そうなったら私自身の手で責任を取るわ、どんな障害が立ちはだかろうともね(キランッ)」


「ブラコン」


「ぶふっ!?」


 ド派手に文脈を断ち切って真奈の弱点をぶち抜いてきたサークル仲間な訳だが、これは果たしてどちらが辛辣なのだろうか。


「ふ、ふひひ」


「ついに壊れたかい」


「あ、あなたは何も分かっていない。そう、現実というクエスト中ならばともかくここでボッコボコに攻撃されて打ちのめされたってその場ですぐにHPは満タンになるわ‼ だって今私の胸の中には回復薬があるもの‼」


 本棚の方から、転びそうな危ない足取りでトテトテ歩いて来る影があった。


 小さな女の子が胸の前で絵本を抱えてこちらにやって来たのだ。小さな男の子を抱える荻野真奈にその大きな本を押し付けて彼女は言う。


「おねーちゃん、これ読んで!」


「今は俺のおねーちゃんなのに!?」


「独り占めはいけないんだよ! 先生が言ってた!」


 嫉妬で揉め始めた純粋な両者に真奈の表情が緩んでいく。なんか傷ついた心が回復しているらしい。


 きっとこいつは白馬の王子様と一国の騎士が自分を取り合うよりも、小さな男の子と女の子に両手を引っ張られる方が幸せになれるタイプの人間である。


「はいはい喧嘩はいけませんよー。お姉ちゃんが読んであげるから二人とも膝の上にいらっしゃい」


 手招きすると絵本を持ってきた女の子と手編みのセーターを着た男の子がチョコンと真奈の太腿の上に座る。


 さらに緩んでいく真奈の顔を見て、サークル仲間のメンバーが何度目か分からないほどにドン引きしていた。


「……こりゃあ末期だ」


「聞こえてる。手遅れの症状を診断した医者みたいな言い草はやめて頂戴」


 大きな絵本を手に取る。何となく男の子と女の子の頭を交互にナデナデ。


 タイトルは『金の斧』。


「イソップ物語か」


「「いそっぷ?」」


「何でもないわ。始まり始まり―」


 慣れた手つきで絵本をめくっていく真奈。


 これくらいの歳の子は手を抜いて絵本を読むと本気で心が離れていく事をその大学生は経験から知っていた。……まあやけに大人びた弟は一人で図書館に行って色々と本を読み漁っていたので、絵本を読んであげた幸せな記憶はほとんどないのだが。


「という訳で、木こりは池に鉄の斧を落としてしまいました」


「この森も近くに池がある! あそこに斧が落ちてるの!?」


「んー、どうだろうねえ。そもそもあれは池じゃなくてこの島全体を潤している湖なのよ。だから斧は落ちていないかもしれないわね」


「何が違うの?」


「女神様がいるかいないかよ。そう、そして湖には女神様がいるのです! だから木こりが斧を落とした

その瞬間、キラキラーっと美しい女神様が水面から出てきたのでしたー」


「「ひゃあー」」


「なにその反応可愛い‼」


「「早く続きー」」


「はーい。そして女神様は片手に金の斧を持ち……」


 と至福の時を味わいながら、絵本を読む真奈は部屋の端っこで上手く輪に混ざれない女の子を見つけた。膝を抱えて赤縁眼鏡を掛けるその少女は、きっと見知らぬ多数の大学生が自分の領域に入って来た事で委縮しているのだろう。ああいう子はこちらから壁を壊さないと話しかけてくれない。


(……絵本を読み終わったらあとで話しかけてみようかしら)


 そんな事を考えながら絵本の朗読を続ける。


 だが一つだけ。まるで消化不良の胃の気持ち悪さに遅れて気付いたかのように、茶髪ポニーテールの真奈は首を傾げそうになる。


(うん? そう言えばこの子、さっき外が騒がしいとか言っていたような? こんな静かな森の奥で騒音なんか起きるものなのかしら……?)




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