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犯罪都市のライフスタイル  作者: 東雲 良
第三章 蜜の香りは死を誘う
13/25

C-1





 そこにはステラ=フェストパレスが周囲を見渡すだけでも、数十種類の武器が存在していた。


 アサルトライフル、対物ライフル、ショットガン、猟銃、リボルバー拳銃、マシンガン、カービン銃、対戦車ライフル……その中でも一際目を引くのは、先端が三つ又に分かれた槍であった。


 工事用の足場や作業車両の上、様々な場所に立つダークスーツの男達の全員がこちらを照準している。まるで肉食獣の群れに崖まで追い詰められた小動物であった。


「……やば、い、ですわ、よ……」


 金髪に赤のインナーカラーを入れたバニーガールの少女が青い顔のまま唖然とする。


 全方角から無差別に殺到する死の気配。


 それでも純白のバイクに乗った彼らが撃たれても死なないのは、荻野悠真が拳銃を突き付けているからだ。


 誰に?


 目の前の女に、である。


「初めまして、『プレグナント』。いいや、『女王』とでもお呼びした方が良いのかな」


「あら、あら、あらあ」


 甘い匂いを振り撒く女性だった。


 茶色のロングヘア。長い前髪で目元まで隠れているため、彼女がどこを見ているかは分かりづらいがこの状況でトカレフを構えた悠真以外を注視する可能性は低いだろう。二〇歳程度の女性はいくつかの特徴があったが、最も目を引くのはその格好と体のとある部位だろう。


 マタニティドレス。


 さらに大きく膨らんだお腹。


 すらりとした腕や足とはアンバランスな大きな腹。どんな条件下でも拳銃を突き付けている側が悪党に見えてしまうこのビジョン。


 しかし命を狙われている劣勢は変わらない。銃口は下げない。


「……僕は妊婦でも容赦しないぞ」


「うふ☆ でしょうでしょう、この状況で私に銃を突き付けているからこそ、命が継続されているものね」


 大袈裟に、恭しく頭を下げてマタニティドレスの女性は語る。


「ヴァレンシア=ハニーハート。初めましてと言っておくわ、荻野悠真クン」


 一方的に知られている、という感覚はしなかった。


 いつか、どこかで。そんな既視感があったのだ。絶対に顔を見た事はない。だが少年の頭脳をもってしても明確に時期や場所を特定する事はできないながらも、彼女の名を聞いた時に初めてという感覚がしなかったのだ。


「どこで僕を知ったのかな」


「フォルトゥナの『英雄』絡み。これでどこまで予想がつくかにゃ?」


「……、なるほど、『あの男』が過去に救った人間の一人か。削除した人物データに君の情報があった気がするよ」


 こいつがギャングの頭だ。


 悠真の概算で一〇〇人以上。『プレグナント』の多くの構成員を束ねる組織のトップ。


 工事現場の地形、足場、車両の組み方、その布陣。ここまで彼を追い込んだ実力を評価して、悠真はボスが陣取っているであろう位置に銃を向けたのだ。彼の方針に反する行動だった。計算ではなく、何の根拠もない一か八かの賭け。


 しかし、そのアクション一つで対等まで持ち込んだ。


 皮膚の表面を炙るような緊張感が場を包む。この場にいる全員の手に冷たい汗が滲む。


「ステラの妹は無事なんだろうな」


「うふふ、やっぱりあの子のお姉さんよね、その後ろの子。姉妹揃ってとーっても可愛い子達ね。ほんと食べちゃいたいくらい」


 両手で頬を押さえて身をくねらせるヴァレンシア=ハニーハート。


 状況と愛想がまるで釣り合っていない。喫茶店で好きな女優の話でもするかのようなヴァレンシアの気軽さに、ステラの背筋にぞわぞわとした寒気が走る。


「はーあ、子どもってほんと良いわよねえ。あなたもどれだけ大きいのかと思ったらまだまだ『あの方』には及ばない年の可愛い可愛い高校生だったなんて」


「済まない。他は知らないが僕にとってその言葉は嬉しくない」


「『あの方』もそう言ってたわ。抱き着いて胸を押し付けられるたびに顔を赤くしていたから、面白がってからかってみたら今度は頬を膨らませるんだもの」


「知るか」


 摑み所がない。


 悠真が引き金を引けば、次の瞬間には脳天をぶち抜かれる緊迫感を察知していないはずがないのに、その焦りや緊張が一切伝わってこない。


「フォルトゥナのシステムを破壊する。……どういうつもりかな、ハニーハート」


「ヴァレンシアと呼んでほしいわ。『あの方』がそう呼んでいたように」


 まるで好きな男性を思い浮かべてベッドで悶える中学生。そんな印象を与えてくる動きと共に妊婦は笑う。


「やっぱりあの子は天才ね。暗号文を送るだろうとは踏んでいたけれどそこまでの情報量を含ませるだなんて。流石に見抜けなかったにゃあ」


「答えろ、何をどうするつもりなのか」


「うふ、プランの全貌を見抜かれてはいないようね」


「犯罪を許容する人間の考えなんか分かるものか」


「まあひどい」


 まるで宝物を扱うように、膨らんだお腹を手でなぞるヴァレンシア。


「やっぱりほら、私の子どものためにもね、フォルトゥナを素敵な街にしたいの」


「だから?」


「この街は狂っている」


 場そのものを冷却するような、底冷えした言葉が聞こえた。


「罪を犯しても看守に捕まり、たいして痛くもないペナルティを負う。人は怪我をして死に腐り、たった一つしかない墓場に集まっていくの」


「……」


「あなたも着けているその銀のネックレスの保護効果もどこまで続くか分かったものじゃない。ああ、私がこうして指を鳴らすだけであなたは蜂の巣になるのだったわね。もうシルバーアクセサリも無駄かもにゃあ」


「社会的システムか機械的システムか。何を破壊するつもりかは知らないが、これ以上フォルトゥナを壊せば不条理はさらに加速していくぞ」


「ああ別に隠す事でもないし教えてあげるね」


 まるで小さな子どもに遠い国のおとぎ話でも教えるかのような口調だった。


 ここがリビングのソファーであれば悠真の頭でも撫でてしまいそうなほど母性を振り撒きながら、ヴァレンシアは続ける。両手を合わせてそれを頬の横に。誕生日に欲しがっていたプレゼントを渡すような笑顔で。


「『ゲート』の破壊。これが『プレグナント』の目的なの」


「……な」


「国すらも諦めちゃったフォルトゥナ、そのゲート。それが壊れて『外』に、いいえ、『外』の外に囚人達が溢れ出しても誰も気にしないわ。そりゃあ多くは連れ戻されるでしょう、指名手配だってされるかも。だけど大部分はまあ良いか、一つ犯罪都市が消えたんだから。そんな風に結論を導き出すに決まっている」


「ば、かな。そんな馬鹿な話がある訳がない! フォルトゥナは国が目指した形とは随分と変わってしまったけど、それでも囚人を入れておく箱庭としては機能している。きちんと更生して正しく平和な街に戻って行く人達だっているのに!?」


「そんな一握りの存在に私達は振り回されるべきなのかにゃあ」


「罪を犯した、それを償っているんだ。その程度の我慢は仕方がないだろう‼」


「仕方がない。そう、仕方がないで済まされている。だからさあ、うーん、なんというか」


 ついに、であった。

 妊婦は家事に疲れたように息を吐いて、次にこう言い放ったのだ。



「なんか気に入らないのよねえ。もっと自由に生きれば良いじゃんっていうか?」



「……、……」


 言葉もなかった。


 気を抜いてしまえば、危うく荻野悠真は拳銃を持った手を下げてしまうところであった。


 パクパクと意味もなく口を開閉させる少年を見て、本当に心の底から心配そうにヴァレンシアはこんな風に続けた。


「あら、悠真クンったらフェストパレス姉妹がハッカーだから機械的システムの破壊だと踏んでしまっていたのかにゃ? だいじょーぶ、大丈夫ですよー。それは仕方のない予測なの、だって私がそう思わせるように情報を処理したんだから」


「ふざ、けるな……。ふざけるなよハニーハート‼」


「フェストパレスの妹は『スタンスピア』を作るエンジニアとして機能したの。全てのマシンの基幹プログラムに介入、そう、ちょうど万能な妨害電波に似た役割を果たすあの槍」


「……フォルトゥナを囲む檻を管理しているのは人工知能、一つのゲートには最大でも七名しか常駐していない。まさか……」


「ええ、ええ! 半分以上の業務を果たすのは管理AIなの! つまりゲートを突破するためにはゲートに常駐するたった七人の看守を無力化すれば良いだけなのすごいでしょう⁉ お金で簡単に買収できちゃいますで有名なあの看守をね‼」


 発想がぶっ飛んでいるように見えて、根本には確実な理論が存在している。


 引き金にかかる人差し指に奇妙な震えを走らせながら、悠真は総合的に判断する。


 可能だと、そう思う。


「うふ、うふふう。『外』に出たらいっぱいしたい事があるの。たくさんの施設があるっていってもここは地形で言うとドーナツの中の部分でしょ? どうしても海がないのよ。やっぱり輝く海面と白い砂浜を楽しみながらの海水浴って乙女の夢だもん」


「……どれだけ危険な事か分かっているのかな。お腹の子どもも無事なんか保障されていないのに⁉ 僕のように銃を突き付けてくるだけじゃない、何の警告もなく撃つ人間だっているに決まってる‼」


「ああ、これ?」


 ぽんぽん、というお腹を叩く音があった。


 赤ん坊が入っている腹部を叩くには、随分と大雑把なように感じた。普通の人間ならば見ているだけでヒヤヒヤするその光景に、悠真の握る拳銃のグリップに汗が滲む。



「これね、『あの方』との子どもが欲しいなーって思っていたら、なんかデキちゃった☆ それにそういう疑いのある行為にも心当たりはないの。だってね、ハジメテは『あの方』に取っていたもの」



「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 想像妊娠。


 前髪の奥に潜む、どろりと瞳孔が蕩けた瞳。


 見た目には分からない、ヴァレンシア=ハニーハートの中に眠る歪んだ『何か』を垣間見てたった一七歳の高校生は完全に固まってしまっていた。


 中学生くらいのステラ=フェストパレスも呆気に取られたまま、ようやくポツリと言葉を紡ぐ。


「……やば過ぎ、ですわ」


「まったくだ、少しは『あの男』も救済対象を選べば良いものを」


 彼らの会話が聞こえているのかいないのか。


 何の武器も持っていないヴァレンシアはこちらに大きく踏み込みながら、お腹を抱えて少年にこんな風に問いかけてくる。


「私からも一つ良いかしら。どうしてもこの指を鳴らす前に聞いておきたい事があるの」


「ああ」


「どうしてわざわざ死にたがるのかにゃ? ほら、自己犠牲の精神というか己の為にならない行いというか。全体的に何がしたいんだーって感じなのだけれど」


「きっと君には分からないと思うけどさ」


 改めて拳銃でヴァレンシア=ハニーハートの額のド真ん中に狙いを定めながら、悠真は告げた。


「僕が助けたい人以外、他はどうなったって構わない。救済は純度が大切なんだよ」


「う、ふ。うふふふふふふふふふふふふふふっふふふっふふふふふふふふふふふふ☆☆☆‼」


「それはフォルトゥナの囚人だろうが『プレグナント』のようなギャングだろうが関係ない。助ける価値があると思った人のためなら『あの男』はいつも全てを犠牲にして拳を握っていた。……分かるかヴァレンシア=ハニーハート。今の僕はステラを助けるためなら何だって敵に回すぞ。一度助けると約束した、そのための犠牲なんかどうでも良い」


「そう、そう、そうよね! やっぱりそう! 『あの方』に教えを受けたのならそうでなければ‼ まったく、何の躊躇もなく『あの方』と全く同じ言葉を口にできるなんて、ほんとのほんとに最高だわあッッッ‼」


「ハニーハート。僕も一つ、『あの男』の名誉のために言っておきたいんだけど」


「ええ、ええ! 何でも仰って! 私を殺したい? 私のプランを止める方法に心当たりがある? それともお姉さんの体をムチャクチャにしたい? ああ何なのかしら、これ以上に格好良い宣戦布告なんてされたら私ぜえったいおかしくなっちゃうにゃあ‼」


 顔を限界まで紅潮させるヴァレンシアに、悠真は涼しく告げた。


 この一言が、確実に状況を動かすと確信を持っておきながら、それでもなお彼は切り込む。



「お前みたいな女を、『あの男』は絶対に好きにはならない」



「……、あ?」


「あいつが愛したのは、危険な犯罪都市に向かうと分かっていても笑顔で背中を叩いて送り出してくれる優しくて強い女性だ。これ以上ない凶悪犯に立ち向かうと知っていても家族みんなが大好きなシチューを作って静かに祈りながらひたすら待つ。……『あの男』の心を射止めたのは、そんな器の大きい素敵な人だ」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 腹の底からの絶叫の中でも、彼女が指を鳴らす音は鮮明に荻野悠真の耳にも届いてきた。


 直後、四方八方から殺到する殺気が何倍にも膨らみ、大量の引き金が一斉に動いた。





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