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犯罪都市のライフスタイル  作者: 東雲 良
第二章 救済の純度
11/25

B-6






「よし、攻めろ攻めろ! あっちは五人くらいなら危なげなく無力化しちまうって話だ、油断するなよ‼」


 セシリア=コールドはそんな声を聞いてびくびくと身を震わせる。


 小動物系の彼女の役割が『狙撃』だとはいえ、直接的に手を下すのは変わらない。標的が何をしたのかは知らないが、己の目標のために人を傷つける事に対して猛烈な嫌悪感を覚えるセシリア。


 それでも彼女の中の知識欲が暴力行為という犯罪を許容してしまっている。


 小動物系のセシリアの隣にいるのはおそらく補助役だろう、大柄の男が肩に手を置いてくる。


「おい、手順は忘れてねえだろうな?」


「も、もちろん! 停電させた喫茶店から出てくる標的を『スタンスピア』の狙撃で貫く。その、それは第二段階。まずは一〇名ほどで店内に乗り込み標的の首を獲る、と」


「第二段階までに成功させるぞ。……つーか第一段階で成功されると困るんだよ、俺達に条件達成のボーナスがつかねえじゃねえか」


「そ、そこは良いんじゃないの。ほら、通常のギャラでさ」


「馬鹿野郎、金は欲張ってナンボなんだよ。特にこの街ではな」


 そうこう言っている内に、店内から派手な音が響く。


 バチバチと雷雲が紫電を見せるような音を鳴らしているのは、おそらく構成されたチーム全員が持つ三つ又の槍『スタンスピア』だろう。ちなみに停電の原因もこれである。


「にしてもすげえよな」


「ええ、先端を当てるだけでマシンの基幹プログラムを停止させるデバイス。その、傍から見ればデジタルマシン全てを無意味にさせてしまう便利な妨害機材にしか見えないよね。……この人を傷つける形状だけはどうにも好きになれないけ……」


 話の途中だった。


 直後、店内から意味不明な音が響き渡る。



 ドルァン‼ という腹に響く爆発のようなエンジン音が夜の街を震撼させたのだ。



「な」


 聞き間違いだと思ったが、明らかにそれはメイド喫茶の店内から響いていた。


 パクパクと口を無意味に開閉させるセシリア=コールドは、予想外の事態に大きく取り乱す。


「何が起こってるの……ッ!?」



     2



 少し時間を巻き戻そう。


 荻野悠真が事務室の扉を開けると、そこには純白のバイクが停まっていた。


「あら、どうしてこれがここにありまして? 立体駐車場の方に停めていたはずではありませんの」


 いまいち危機感の足りないステラ=フェストパレスにヘルメットを被せる。バニーガールとなった彼女のウサミミカチューシャが派手に潰れるが、命より大切なウサミミカチューシャはこの世に存在しないのだった。


「ちょっ、何ですのよ」


「疑問は後だ。ヤツらが踏み込んで来るまで六〇秒を切っている」


 その言を聞き流せなかったのは、フリフリしたメイド服を身に纏った西園寺三香だ。


 背面のライトを消したスマートフォンをバイクのホルダーにはめ込み、細い通路に停まった白いバイクに跨る少年に西園寺は質問を飛ばす。


「ちょっと! どういう事なの荻野!? ヤツらって、踏み込んで来るって何なの!?」


「西園寺、従業員と客を全員事務室に避難させるんだ。僕らがここから出たら裏口から避難してくれ、今すぐにだ」


 さらに疑問を言葉にしようとしたメイドを無視して、悠真は事務室の扉を閉めてしまう。建物の外に蛇のように纏わりつく鉄の通路をバイクで静かに移動する。元々は人が通る事しか想定していない裏口の専用通路だ。バイクの横幅はギリギリといった具合だった。


「どうして下ばかり見ていまして?」


「警戒中なんだ。やっぱり連絡通路を通ってバイクを回収しに行くと踏んでいるから裏口の方はノーマークだったみたいだね」


「?」


 一度メイド喫茶の中に引き返す。


 正面玄関からではなく、非常口として機能するはずの扉から入る。


 事務室からメイドがたくさんいる店内に向かっても良かったが、非常口は建物を囲んでいる怪しいヤツらに押さえられている可能性があった。客を安全に逃がすには、一度悠真が非常口を警戒する必要があったのだ。


 バイクに乗ったまま中に入るとみぃたんが必死で従業員と客を事務室の方へと誘導していた。


「やあ西園寺、精が出るね」


「キサマそのクソ眩しいヘッドライトやめろ床にへばりつくタイヤの汚れは後できちんと掃除しに来なさいよもちろんバイト代なんざ出ねえからなあ‼」


「口調」


「お願いしますねご主人様ァ‼」


 終わり良ければ全て良しなのか、全力のビジネススマイルで最後を締めくくった西園寺が避難を完了させる。彼女自身も奥の方へと引っ込んで行くのを見て一安心する。


 一連の事態を眺めていたステラは、悠真の腰に手を回したまま首を傾げていたようだった。


「何だかあの着せ替え魔、緊急時に手慣れていなくって?」


「ああ、僕が避難を促したらその通りに従えってバイトの契約時にそう約束したからね。……あとなんか西園寺の事を嫌ってないかな」


「わたくしは! この格好に納得している訳ではありませんのよ‼」


 どうやら背後のバニーガールはぷんすかしているようだった。


 だが、彼女は悠真の感じている緊張感を共有できていない。心臓をきゅっと摑まれている感覚が少年の体を苛む。革の手袋の中にじっとりとした汗が浮かぶ。


「ナビゲーター。エンジン停止、バッテリーはオンのままだ」


『かしこまりました』


「僕の合図で点火。急発進するぞ」


『ええボス。いつでもどうぞ』


 目を瞑る。


 どうせ建物が停電した状態では、視界なんて大した意味は持たない。バイクのヘッドライトも発進までは消しておく。


 かつん、かつんという音が響く。


 足音が近づいて行くにつれて、心臓を苛むあの感覚が大きくなっていく。追い詰められている。現状はこちらが不利。それが感覚で分かる。


 立体駐車場からの帰り際、連絡通路から下を見下ろしたのは正解だった。両手で三つ又の槍を握り締めた小動物系の女性を発見して、急いで純白のバイクを取りに戻ったのだ。まだ悠真とステラの両名がメイド喫茶の中にいると思い込んでいた彼らは、マシンを店に運ぶ少年には気付かなかっただろう。


『ボス。スピーカーで音を拾っています。おおよそ一〇名。接近中』


「黙れナビゲーター、君の声で聞こえない」


 複数の足音。


 荒い息遣い。


 沈黙。そしてドアノブを回す音。


 これ以上、待つ理由などなかった。


「エンジン始動」


『かしこまりました』



 ドルァン‼ という腹に響く爆発のようなエンジン音が夜の街を震撼させた。



 直後、扉が開け放たれると同時、ウィリー気味に悠真のマシンが出口に突進していく。槍で突かれる前に速度を上げる。連絡通路を突っ切って立体駐車場の中へと入って行く。


 だが、不意にブレーキを掛けた悠真にステラが大声で抗議する。


「あいつら『プレグナント』の連中でして!?」


「ああ」


「逃げないといけませんわよね!?」


「もちろん。槍で貫かれたいのなら話は別だけど」


「だったらどうして止まっていまして!? 早く駐車場の出口に向かうべきですわ‼」


「そうしたいところだけど間違いなく待ち伏せされている。きっと駐車場の開閉バーは三つ又の槍のせいで機能が停止している。あれはナビゲーターすら機能不全に陥らせる代物みたいだからね」


「だったらどうしますのよ!?」


「ここは三階。知っているかなステラ、フリースタイルモトクロス……まあようはバイクのアクロバットショーなんかでは、このくらいの高さから平気で着地しているんだ」


 ひっく、と引き攣った息遣いが悠真の背後から聞こえた。


 次の少年のアクションを想像してしまったからだろう。そして気味の悪い呼吸のテンポから考えるに、きっと彼女の予想は間違っていない。


「つまりタイヤで着地すれば、この程度の高さなら何の問題もないんだ。さあて、一体どういう軌道でここから飛べば無事で済むかなー。誰かが手伝ってくれると助かるなー」


『ボス。軌道予測完了。車を一台踏み台にして地面との入射角を調整しましょう』


「良い案だ」


 スマートフォンに表示される立体駐車場周辺の建物の配置、さらに防犯カメラなどから収集したらしい敵の位置。あらゆるデータを見てフード付きのレザージャケットを纏う少年は、総じて行けると判断する。


 ニィ……と、荻野悠真の顔に刻まれる獰猛な笑みを見る事がなかったステラは、果たして幸運なのか不運なのか。


 ドルンドルンと重たい音を響かせて後輪を空転させながらその場で方向転換し、彼は軌道予測のルート、そのスタート地点でスタンバイする。メイド喫茶を背後に、交通の流れに合流するための大通りへと次の目標を見定める。


「行くぞ。ああ言葉が違ったか、飛ぶぞ」


『ええボス』


「まっマジですのお!?」


 一際大きなエンジン音が爆発する。


 再び前輪を浮かせながら発進したバイクはリズム良くギアを上げる。そのまま車のバンパーに激突する勢いで車両の上に乗り上げる。そもそもブレーキなど考えなかった。


 そのまま純白のバイクが流れ星のように夜空を舞う。


「っ、っ、っ‼」


 悠真の腰にしがみつくしかないステラは、そこで目撃した。


 彼がジャケットの背中側に手を突っ込み、拳銃のトカレフを取り出したその瞬間を。


 多方向から死の感覚が襲う。いずれも下方向から到来するその殺気は、三つ又の槍が飛び道具としてこちらに殺到していたのだ。


 その一つ。


 確実に彼らを照準して捉えていた槍の一つに、荻野悠真は銃口をピタリと見据える。空中ではハンドルは意味を為さない。タンクを挟む膝を命綱の代わりにする。両手を放し、指先の全神経を拳銃に集中させる。上下の高さや高速移動中のハンデなど物ともしない。槍への恐怖も高所による影響も存在しない。


 あるのは一つ。

 静かに響く、たったの一言。



「ヒットだ」



 火薬の炸裂する音。


 空気を押し退けるように空間を叩く七・六二ミリ弾が音速を超えて宙を裂く。それは弾丸よりも細い切っ先、太い三つ又の槍の中央を潰すかのような軌道を描く。


 直後、殺意と殺意が衝突した。


 耳をつんざくような凄まじい金属音が響き、下から飛来する槍の方が叩き落されたのだ。


 脅威は排除したが窮地を脱してはいない。内臓をふわりと浮かばせる浮遊感が身を包む。


「おっ、落ちてますわよお‼」


「分かってる」


 上からの着地というよりも、下から突き上げるような衝撃に必死でハンドルを操作する。周りの車両に速度を合わせながら、左右に振られる車体をコントロールしていく。危うく拳銃を落としそうになるが、何とか走行可能な状態を保つ事に成功する。


 そして背後。荻野悠真の知るところではなかったが、その手で放った槍を叩き落された小動物系の女性・セシリア=コールドは頭を抱えてこう絶叫する。


「ああっ、私の欲している技術が粉々にぃ!!!???」





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