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犯罪都市のライフスタイル  作者: 東雲 良
第二章 救済の純度
10/25

B-5




     1



 カタカタと、その手の震えだけは止める事ができなかった。


 自分の体なのに自らの言う事を聞かない。その三つ又の槍を持つ手は痺れているかのように振動を続け、とても照準できるような状態ではなかった。


「大丈夫だよ、新人」


「えっ、あ」


 手を震わせているセシリア=コールドは、大柄の男から肩に手を置かれておっかなびっくりといった調子で背中を丸める。


「あの、その、でもこの槍がどこまで万能なのかは、その、分からないし……」


「うじうじ情けない女だな。『女王』が言っていただろうが、切っ先を対象に向けて手元のスイッチを押す。あとは下投げでも構わないのさ」


「そ、そんなので本当に相手にヒットするものなのかな……? あうあう、別に疑っている訳では、その、ないけどさあ……」


「フォルトゥナは案外高層ビルが多い。特にこういう立体駐車場のある場所の周りは複合商業施設の入ったビルが多いからな」


 びくびく震える小動物系なセシリアが周囲を見渡すだけでも、三〇名を超える囚人がそこら中の物陰で蠢いているのが確認できる。


 紛う事なき立派な戦力であった。


 共にダークスーツ。働き蟻のような彼らは、各々先端が三つ又に分かれた槍を担いでいた。


「この槍、『スタンスピア』だっけか。こいつは人を痺れさせるのが長所って訳じゃねえ。周りのビルの鉄筋なんかに磁力を通して槍が真っ直ぐに飛ぶように工夫されているんだとよ。これだけ覚えておけ。スイッチを押して、狙いを定めて適当に投げる。後は磁力が勝手に補助してくれる。どうやら人の手によるものじゃなく、内蔵された人工知能によって軌道が調整されているって話らしいがよ」


「なんかそれ、ロケットみたいな次元まで話が進んでいない……?」


「さあね。俺はテメェと違ってインテリじゃねえから分かんねえ」


「……どこまでAI化って進むのかな。その、三〇年後にはAIの数が人を超えるなんて言われているけど、やっぱりフォルトゥナってどこかネジが狂っているよねえ……」


「俺の知った事じゃない。こいつを目標にぶち当ててギャラをもらう。それが俺達の仕事ってヤツだよ」


「うう、もうヤダこの血の気の多い連中……」


 地震が通り過ぎるのを待つように、身を縮めてうずくまってしまうセシリア。


 だが争い事が大嫌いと先陣切って主張しそうな小動物は、手の中に収まる槍を手放そうとはしない。むしろそれが命綱だと言わんばかりに両手で強く握り締めている。戦場で銃を携帯しているだけで安心感がある、といった類の話でもないようだった。


「はあ、やってられないよう……」


「『スタンスピア』の中に収まっている人工知能を解析したい、だっけか? ギャラの代わりにこの槍そのものをご所望とは、ほんと変わったヤツだよな」


「これだからエンジニアって生き物は自分の事がイヤになるんだよう! 金よりも愛よりも知識欲だなんて、その、やっぱり私って変わり者過ぎる‼」


 セシリア=コールド(二四歳)、そろそろ小動物系という単語がイタくなる年齢なのだった。


 ただし彼女にその自覚があるかどうかは、また別の話である。



     2



 おっかえりなさいませーご主人様ァああああああああああああああああああああ‼ というあの凄まじい威圧感を誇る挨拶から逃げるため裏口から事務室へと入る荻野悠真。


 ステラ=フェストパレスが着替えを終えて席に戻っていたらどうしようとも思ったが、その心配は杞憂に終わった。


 なぜならば。



 事務室の扉を開けた瞬間に、半裸のバニーガールが軽く飛び上がったのだ。



「な……ッ‼」


「しまった」


 ウサギの耳の形をしたカチューシャを頭に乗っけたステラ=フェストパレスであった。


 みるみる顔を真っ赤にしていくバニーガールは半裸が恥ずかしいのか、それともその恥ずかしい格好に耐えられないのか、黒いタイツに隠れた太腿や露出した胸元まで紅潮させて叫び声を上げようとする。


 犯罪者呼ばわりされるのは御免だった悠真は、壁にもたれかかりながら冷静に告げる。


「待った。まず二つ疑問がある」


「なになななにがなにがなにをな言ってなんなにがなにをななななななな……ッ‼」


「まずどうしてロッカールームじゃなくて事務室で着替えているのかな。そして鍵を掛けないのは? ここがフォルトゥナって事を忘れているんじゃないのか」


「ああ、ごめんごめん」


 軽い調子で謝罪してくるのは、ステラを着せ替え人形にしていたみぃたんこと西園寺三香である。


「ちょっと私がフィーバーし過ぎて四着目なんだよ。あ、残りの三着はきちんと写真を撮ってあるけど荻野見る? 一枚三〇〇円でーすご主人様っ☆」


「ご主人様から違法に金を取るな駄メイド」


「女の子のえっちな姿に料金が発生するのは誰が何と言おうと合法だよ」


「だァれがえっちな姿でして!?」


 乙女には絶対に看過できないワードだったのか、吠えるようにステラが叫ぶ。


 そしてバニーガールなら丁度良い。手首と首にワイシャツの意匠を取り込んだアクセサリを付けるバニーの女の子を見て悠真は及第点だと判断する。


「よし、じゃあ行こうか」


「行こうって、この姿のままでして!? 肌色率が五〇%を超えてましてよォ‼」


「今から行くのは繁華街だ。それくらいの格好の方が紛れられる。……それに言うほど露出はしてないよ、黒タイツで足は隠れてる」


「ジロジロ見るなですわッッッ‼」


「ああなるほど、足のラインが出ているのが気になるのかな。大丈夫だよ、西園寺よりは細くて綺麗だ」


「「あァ!?」」


 ステラは照れ隠し、西園寺は乙女の怒りパワーマックスで両方の美少女から本気の喧嘩キックを頂戴する事になった馬鹿野郎。


 何もなるほどではないのだった。


 警戒心が上限を突き破っている状態ならば多方向からの槍だって対処できるくせに、身内からの唐突な攻撃は防御が間に合わないらしい。大の男が背後の事務室の扉まで美しく吹っ飛び背中の衝撃を思い切り受けてズルズルと尻から床に落ちる。


 出会ったばかりの二人の少女が目線も合わさず息ぴったりな感じでハイタッチしているのを見てやや泣きそうになる人助け野郎。バニーガールとメイドさんはこんなにも相性が良いのか。


「チッ、そのレザージャケットに仕込まれたプロテクターが邪魔ですわね」


「ぐふ……とりあえず僕らは同じ目標を定めたペアだという事から再確認しようじゃないか」


 助けようとしている対象とガチバトル繰り広げて怪我をさせてしまうようでは本末転倒だ。


 何だか己の掲げる救いの定義の弱点を見つけてしまったような気がする悠真は、遠い目でバニーガールを見つめる。


 そんな時だった。


 あまりにも唐突な出来事が起きる。


 バヅッ‼ という音が響いて、蛍光灯の照明が消えたのだ。


「なにー停電? フォルトゥナって施設だけは頑丈だからこういうのはあんまり起きないって話じゃなかったかしら」


「ああ」


 そして、荻野悠真は特に驚く様子もなく立ち上がる。


 なぜだか彼のスマートフォンは、すでに背面のフラッシュライトの部分を輝かせていた。光源を確保して、誰もパニックに陥っていない事を確認すると少年は涼しく告げた。


「やはりこう来たか」





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