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犯罪都市のライフスタイル  作者: 東雲 良
序章 犯罪島フォルトゥナ
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犯罪島フォルトゥナ




 一〇〇キロカロリー。


 この表記が荻野悠真の判断を狂わせたのだった。


 いいや、壁に貼られたオススメのメニュー表にドドンと映し出されたこの文言に惑わされた人は彼だけではないらしい。他の席を見てみると、自分と同じ商品を頼んだ二、三人の男性客が顔を真っ青にしていた。


 ジーンズにフード付きのレザージャケット、暖かい春の時期だというのにテーブルの隅に載っている革の手袋はバイクの装備品。とにかくどこにでもいそうな高校生の少年は今一度スプーンを握り直していたのだった。


「……うえっぷ」


 今いる場所は喫茶店。


 二人掛けの席に一人で座る荻野悠真の目の前には、これでもかとフルーツやソフトクリームやチョコソースやスナック菓子などをとにかく全部乗せした特大パフェ。これで一〇〇キロカロリーに抑えているとはどうにも納得できない。ちなみに通常のファミレスやらカフェやらに出てくるパフェでも大抵二、三〇〇キロカロリーは超える。


 おおよそ掌二・五倍分の高さを誇るパフェ、その半分くらいまでがんばって食べ進めたところで少年の胃袋に限界がきた。


「……っぷ、もう、もう無理だ、頼まなきゃ良かった……」


「くっく、独り身の男性客一名がメイド喫茶の空気にアテられて死にかけている件について、これは一体どう処理してあげようか」


 いやにフレンドリーに話しかけてくる同年代の少女がいた。


 格好は白と黒のメイドさん。もしもここが学校の教室や街の交差点、電車の中であればとんでもない光景だが、彼女の言う通りここはメイド喫茶なので何の問題もない。


 一通り客を捌き終えて暇な時間でもできたのか、所々に青色を入れたメイド服を纏う少女は悠真の向かい、真正面の椅子に座る。


「だから言ったんだよ、コーヒーもブラック派な荻野にはキツいって」


「メニュー内容が詐欺なんだ。これのどこか一〇〇キロカロリーなのかな、明らかに一〇〇〇キロカロリーはオーバーしているだろう」


「この世にある料理で糖質やら脂質やらがどれだけカットできると思う? 本来のフルーツの甘さはご存知? イマドキの食べ物には余計なものが入り過ぎなんだよ。他にも色々と工夫を施せばこうして女子に優しい商品へと変貌したのがこちらになります、ご主人様っ☆」


「済まない、普段はクラスメイトの西園寺から横ピースでウィンクは少しキツいものがある」


「ここではみぃたんと呼べブッ殺すぞ」


 メイドさんが絶対に言ってはいけない言葉を口にした辺りで、悠真はバイト中のクラスメイトから目線を逸らす事にした。


 やけにカラフルな室内、その壁には客との記念写真や読みづらい名前のメニュー、これまた色とりどりな可愛い飾りなどで装飾されている。


 この店のメイドさんはカチューシャやスカートのフリルに好きな色を取り入れる事で個性化を図っているらしい。赤、青、黄、緑、紫、茶……。とにかくこの空間で存在しない色を探す方が難しそうだ。


 ミニスカートのメイドを見て『なっていない』と言い出す人もいるようだが、生憎と荻野悠真にそんな西洋のガチなメイドさんの知識はないのでどう改造すれば正解かは分からない。


 だが絶対に、少なくとも今は客にガン飛ばす『なっていない』以前のメイドさん、みぃたんに悠真はこんな事を言う。


「他のメイドさんと目が合うとなんか恥ずかしいんだけど」


「ああん? 私の友達に手ぇ出すなら結婚前提で付き合う覚悟をなさい。じゃないと声を掛ける許可は出してあげないからね」


「そうじゃなくて。彼女達が僕の事を観察しているんだよ、たぶん。……あとその目つき、西園寺のファンにはやらない方が良いぞ」


「あら、彼らの別の扉を開けてしまうかしら」


「あまりの恐怖に君から離れて行くからだよって痛っあ!?」


 メイドさんと数名のお客さんが唐突な大声に驚いてこちらを振り向くが、テーブルの下で足の甲を抉るように踏み抜かれた少年としてはそれどころではないのだった。


 テーブルに額を押し付けて震えつつしばらく痛みに耐えていると、暴力メイドが眉をひそめる。


「で、なにその自意識過剰な視線の受け取り方。荻野が見てるんでしょ、女の子のおっぱいとか太腿とかお尻とか胸とか」


「同じ部位が二つあったよ馬鹿野郎」


「二つあるから良いでしょうスケベ」


「君はすぐにそのメイド服を脱いだ方が良い。似合う似合わないじゃなく品格とか気品とかの話でだ!」


「それ大体同じ意味でしょ。あなたも単語が重複してる」


 メイドがやたらとパフェの方に注目していた。


 荻野悠真はやけに長い銀色のスプーンをパフェにグサグサ突き刺して、溶けかけのソフトクリームを崩しながら、


「まあ仕方がないよ。あの子達はまだ慣れていないからね、荻野に」


「やっぱり僕のバイトが不思議で仕方ないんじゃないのか。あんな高校生に何ができるんだーって。しかも出番が来ない方が多いから同じ給料をもらっているのが得心いかないっていうか」


「なら彼女達を納得させるための機会があった方が良いと? 例えばもう一度武装した集団が押し入って来るとか」


「まさか。僕も彼女達と同じ意見だから、せめて食事でも頼んでこのお店にお金を落とそうと思っただけだよ」


「でしょう? あなたがそういう人だから用心棒なんて頼んでいるんじゃないの。彼女達はあなたが役に立つってトコを見てないから分からない。……知らないだけだよ」


 今度は別にふざけていない、優しいウィンクが返ってきた。


 ついに特大パフェの無惨な姿が見ていられなくなったのか、目の前のメイドはテーブルの端に置いてあった小さな食器ケースからスプーンを取り出して食べかけのスイーツに手を出してしまう。こいつ本当にメイドなのか。


 と、西園寺ことみぃたんの表情を遠くから見ていた彼女のファンらしき男性客がプチパニックを起こしかけたようだが、どうやらみんな客としての節度は守るらしい。特に難癖をつけてくる事はない。


 横目でそんな様子を見て、さらに悠真は息を吐く。


「……この店は平和だね」


「あむ、抹茶アイスうまー。……だから安全な『外』からこうして『中』までバイトしに来ているんだよ。お金も良いし好きな事ができる環境って最高だよねー」


「『中』のバイトの金が良いのは認めよう。だとしてもだ」


「何よ」


「何度も言うけど、僕がここにいる理由ってないんじゃないかな。警備室とまでは言わないから事務室や裏口で待機していれば構わないと思うんだけど。ここは針の筵過ぎる」


「事務室はうちのメイドの個人情報が保存されたパソコンとかあるから駄目。荻野がそういう人じゃないとは分かっちゃいるけど、あなたを知らない子もいるからね。私はそういう不安をこの店に持ち込んでほしくないの」


「裏口」


「一応あなたもバイトでしょ。裏口でお菓子とジュース食べていれば給料もらえるなんて思われたら余計に彼女達のフラストレーションが上がっていくかもしれないよ」


 パフェ用の長いスプーンでなければ、底のフルーツゼリーまで届かない。


 周囲には絶対に聞こえないように舌打ちしたメイドさんは、荻野悠真の手からやたらと長いスプーンを奪い取ると容器の奥へと侵食していく。


 ガタガタッ! とやはり彼女目当てでこのメイド喫茶に来ているお客様方がお怒りになる音が聞こえたが、当の西園寺は意に介さない。ゼリーの上に生クリームを器用に乗せて口に運んでいく。


 間接キスを気にして頬を染めるとかいうアクションも一切ない。


 あったらあったで帰り道に背中を刺されそうで素直に怖いが。


「……この店は平和だよ、まったく。『ここ』じゃあ嫉妬で人が簡単に襲われるのなんて当たり前なのに」


 あはは、とみぃたんはスプーンを口元に当てたままこんな事を言った。



「犯罪島フォルトゥナ。……やっぱり物騒だよねえ。つい先月もこの店に強盗が入ったばかりだし。閉店作業中にたった一人だった私を荻野が迎えに来てくれていなかったら一体どうなっていたのやら。さてさて、その鼻の下伸ばした犯罪者どもを五人もぶちのめしてくれた荻野クンや。そろそろ白状してみないかね、あの芸当はどこで覚えて他に何ができるのか、さ」



「……それは」


 と言いかけた段階で、ビビーッ‼ と強烈な高音のサイレンが店の外から聞こえた。


 この店に慣れている二人は即座に気づいた。警報が聞こえたのは、悠真が自分のバイクを停めている立体駐車場の方角からである。


 テーブルの隅っこに置かれた革のグローブを見てから、少年の顔へと視線を移すメイド少女西園寺。


 そう、ここは犯罪島。誰かが何かを奪うのに、特に大仰な理由など必要ない。


 直感で全てを察した少女は、諦めたように肩の力を抜いてこう告げた。


「バイク。……パクられる前に急いで保護しに行ったら?」


「くそっ、僕の愛車がなくなってたらバイト代どころか貯金までパーだぞ!?」



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