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Chapter:0009

「つまるところ、拗ねているわけだ私は」


 市香はマストの上に座り込みながら、ぼうっと過去のことに思いを馳せていた。

 誰かを憎みながらその場にいるのはつらい。何より相手に失礼である。それにこれからその対象が契約主となるのだ。

 その点をしっかりと反省し、どこが嫌だったのか、どうしたらいいのかを考える。


「私が頑張ろうとしている時に出鼻をくじくようなことを言ったアイツが悪い」


 言わずもがな、対象はバーレスクのことである。


「でもいつまでも引きずって嫌悪しているのは私が悪い。しかも、たぶんアイツは全く私のことを覚えていない」


 腕を組み、憎々しげにため息をついた。


「なんだこれは」


 もはやよほどのことがない限り、この微妙な嫌悪感はなくならないだろうと結論づけ、ハイ解散とばかりに勢い良く寝転んだ。

 全くもって無意味な反省会だ。当の本人に反省の色は見えない。


「……まあね、確かにあの時の私は言い訳じみたことを言ったし、無知だったし、愚かだったと思うわ。でも、なーんにも知らない土地に放り込まれて、その土地の常識を言われてもね」


 見上げた空は快晴で、市香の心の中とは大違いだ。

 洗濯日和、行楽日和。そんな言葉が頭に浮かんでは消えていく。


「そもそも私は――」


 そんな気持ちのよい空の下、あまり歓迎のできない気配が現れる。

 それを敏感に感じ取った市香は、起き上がると周囲を見渡した。


「……目視できる範囲に影はなし、か」


 ならばと目に見えない透明の陣牢を広げていく。

 これはこの世で市香しかできない探索能力だ。このことは協会にすら報告していない。こればかりは色のつかない陣牢だったので、わざわざ申告しなくてもばれないだろうと思っていた。

 これを広げていくことで、まるで大型船に付いたレーダーのごとき役割を果たす。

 そして、そのレーダーに探していたものが引っかかった。双眼鏡でよくよく見てみれば、遥か彼方に小さなゴマ粒のようなものが見える。


「十六時の方向にガレオン船が一隻、あとは小さな帆船が……一、二、三、四……五、六」


 さて、仕事だ。


「包め」


 呟けば、赤黒い半透明の膜がガレオン船を包んでいく。

 異様な色に、船員たちはすぐそれが市香の陣牢だと気づいた。そして一斉に戦いの準備を始める。

 この陣牢は敵に対する威嚇でもあった。

 この色はキツネの色だ。

 キツネが乗っている船とあらば、迂回して逃げていく船もあった。だから大抵の護衛対象は無事に目的地へとつくことができるのだが、はたして今日のお客様はどうだろうか。


「……恐らく航路を変えるつもりなし、と」


 一向にスピードを緩めない船は肉眼でも余裕で目視できる範囲に入り、砲台を全てこちらに向けて全速力で向かってきている。

 お互いの船が百メートル範囲内に入れば戦闘開始となるだろう。なにせ相手の船にも船守がいるはずなのだから。


「誰だ」


 下から聞こえてきた声に、市香は顔を向けずに答えた。


「知らない。髑髏が花を咥えているジョリー・ロジャー」


 そう言った瞬間、市香の声が聞こえたらしい甲板から男たちの大爆笑が聞こえてきた。


「……?」


 急に戦闘モードが解除されたことを不審に思い、甲板の方へ視線をよこす。

 すると既に大砲を片付け始めている者までいた。


「……戦わないの?」

「いや戦うことになると思うが」


 困ったような――いや、どちらかと言えば呆れたような顔で笑うバーレスクに、市香はますます首を傾げた。


「なんで大砲をしまうわけ? あの船は知り合い?」


 その問いに答えたのは船員の一人だった。


「船守様や、ありゃ俺らのファンだぜ」


 意地悪そうに笑う男に、周囲の男たちも下品な笑いを浮かべる。


「ファン……?」


 はたしてこの脂ぎって赤黒い野郎どもにファンがつくのだろうかと半ば引いていると、その船員はさらに続けた。


「なんでかウチのお頭にお熱でなあ。どこまで~も追いかけてくるんだわ。だが、いかんせん貴族の寄せ集めだからよ。大砲も銃もまともに打てやしねぇ。ウチの大砲なんか準備するだけ無駄さ」


 なんだその舐め腐った関係は。


「そもそもあんな大群率いて俺らとやりあうなんざ、馬鹿のすることだぜ~? さすが貴族様は考えることがちげぇや」

「味方同士が邪魔になって、まともに動けやしないんだからな、お茶している奴だっているくらいだし」


 誰かが面白おかしくそう言い、どっと沸く。

 本当にそんなに舐めていていいのかと呆れたが、市香は特に口を開かず、来客がいる方向へ目をやった。


「あいつら大砲なんか海に向かって構えるだけで船に向かっては撃ちやし――」


 爆発音とともに市香の陣牢がビリビリと音を立てる。陣牢にあたった砲弾は弾き返され、海の中へと落ちていった。


「誰が撃ってこないって?」


 まるで怖気づいた風でもなく、市香は下ろしていた両手を左右に広げると陣牢を強化する。

 陣牢は色を濃くし、黒い稲妻がその表面を走った。


「おいおい、なんだ? 随分と積極的になったなあ」


 想像よりも遥かに臨戦態勢となっている市香を見て、船員たちはぽかんと口を開ける。


「それで誰なの、あれ? 本物の海賊になった貴族?」

「いや。まだ“海賊ごっこ”だな。まあ、俺の……言いたかないが幼馴染みたいなもんだ」


 バーレスクがそう言って大きなため息をついた瞬間、敵船の方から拡声器のハウリングが海に響き渡る。

 そのあまりにも大きな音に、船員たちは耳をふさいだ。


『あ~! テストテスト! おい、聞こえているな闇落ちの美姫!』

「や、やみおちのびき……?」


 とんでもない呼び名に思わずバーレスクを見れば、見たこともないほど苦々しい顔で目を細めていた。


「さあ? そんなこと言ったかな?」

「いや、今確かに美姫って――」

「こらこら、それ以上言ってやんな船守様よぉ」


 周りの船員たちはそんな姿を見てニヤニヤといやらしい笑いを浮かべる。


「……なんなの」

「あの船に乗っているやつはお頭の幼馴染だ。その昔、お頭のことを女だと思って求婚した過去がある」

「はあ~ん? なるほど?」


 その言葉に思わず微笑みを浮かべ、横目でバーレスクのことを見る。

 相変わらずバーレスクは苦々しい顔をしているが、怒っているようではなかった。


『美姫よ! 今日こそ、俺はお前の船を壊すからな! 五分後だ! お前が二度と海に出られないようにしてやる! 撃つと言ったら撃つからな! 怪我をしたくなければ、今すぐ海に飛び込め! 拾ってやる!』


 なるほど、周囲にある小型の帆船は船員を回収するためのものか。それも六隻もいるので、きっと全員助けるつもりなのだろう。相手は犯罪者だと言うのに心優しいお方だ。

 市香が納得して何度か小さく頷けば、再びハウリング気味の馬鹿でかい声が響き渡った。


『拾った船員たちは海軍に引き渡すが、俺は慈悲深いので、お前だけはなんとかしてやる! だからすぐにでも投降するんだ!』

「海賊相手にまともな説得をする人なんて初めて見たわ」

「なら今度からよく見ることになるぜ。顔を覚えておけ」


 船員たちは下品に笑い、各々自分の武器を肩に担いで首や指を鳴らす。

 ――と、その時だった。


『いいか! 美姫と言えど容赦は――あ、何をする!』


 何か重い物が転がる音、そして硝子の割れる音。

 人の呻き声が一瞬聞こえ、そして静かになった。


『その陣牢の色はキツネだな?』


 まるで知り合いのようなノリで話しかけてきたのは、全く聞き覚えのない声。

 一斉に船員たちに見られるも、僅かに目を見開いた市香は知らないとばかりに肩をすくめながら首を振った。


「全く心当たりがないのか?」

「ええ、全く」


 そう言いながらも記憶を辿るが、微塵も引っかからない。

 そして声の主は、そんな困惑に気づいたかのようにこう続けた。


『ああ、会うのは初めてだったな。私はレイヴンズチェストと呼ばれている者だが、知っているかな?』


 一瞬にして船上に緊張が走った。


『少し理由(わけ)があり、この船の主と一緒に仕事をすることになった。だが、その“理由”もあっという間に解決しそうな予感がしている。実に運がいい』

「……あなたの方が心当たりありそうだけど。なんで幼馴染とやらとレイヴンズチェストが結託してんの」

「全く心当たりがねぇなあ。声を聞いたのすら初めてだ」


 バーレスクの声は楽しげであるが、その表情は厳しい。


「まあ、初っ端から潰しておけば問題ねぇだろ。やれるな? 船守殿」

「いやだから戦ったことないから知らないっつの」


 いつの間にやら船員たちは大砲の準備をし始めていた。

 各々が武器を持ち直し、敵船を睨みつけている。


『さあ、キツネ。腕試しといこうか? 狩りの始まりだ』


 ねっとりとした声が、海上に響く。

 辺りは薄暗くなり始めていた。

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