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Chapter:0004

短めです。

「なーにが病弱な王子だ……!」


 市香は怒っていた。

 自分を見捨てたくせに、今度は拾おうとしている男――つまり、認めたくはないが今回の依頼人に対して。


「国家機密ぅ~!? ヤバすぎて秘匿されているだけだろうが……!!」


 市香はあまりにも怒りがおさまらず、契約締結は待ってくれと言って甲板に出てきていた。

 遠巻きに船員たちが見ている中、市香はひたすらブツブツと過去の出来事に対して愚痴ていた。

 時折勢い良く拳をマストへぶつける度に、船を傷つけられやしないかと心配した船員たちが様子を見に来る。


「ちくしょう! もう二度と会うこともないだろうと思っていたのに……!!」


 何故こうも怒り狂っているのか――話は市香が船守として独り立ちし、バーレスクに出会う数年前まで遡る。

 市香は何の変哲もない生まれ故郷を離れ、異世界――リンゼンに迷い込んでいた。



 ― 数年前 ―



「え……ここが……?」


 水の都、センチェルト。

 道路よりも水路が多く、一生を船の上で過ごす人もいるという巨大都市。水路には色とりどりの船が浮かび、その上で食事をしている者もいれば、建物や道路にいる人に向けて商売をしている者もいる。


「ここが……船守協会の登録所なの……? 政府の機関じゃなくて……? 国会議事堂みたいに大きい」


 センチェルト中央通りを抜けた先にある左右対称の大きな建物の前、そこに黒髪の小さな女が立っていた。市香だ。

 見上げたその顔は呆けており、口をぽかんと開けて建物を眺めている。塀は刑務所かというほど高く、その頂点には有刺鉄線が絡められている。門の横には数名の見張りがおり、通り過ぎていく人たちを視線で威嚇していた。

 そんな建物の前で立ち尽くす市香。横を通り抜ける人たちは異国の顔立ちをした市香を物珍しそうに眺めていく。

 市香は地図と建物を見比べながら、困惑の表情を浮かべて首を傾げた。


「うーん、おじいさんたちが言っていた場所に間違いなさそうだけど……」


 異世界に迷い込んだあと、自らを世話してくれた老夫婦から紹介されたのは船守の仕事だった。


「……随分と堅固な建物なのね。もしかして軍隊みたいに厳しいのかな」


 助けてくれた老夫婦は幸いにして良い人で、食事の面倒を見てもらったついでにと農場の手伝いを申し出たのだが、老夫婦はどこまでいってもお人好しであった。

 若い市香が人もいないような田舎に縛られるのを可哀想に思い、女性が多くて比較的安全で高収入な仕事として確立されている船守はどうかと勧めたのだ。


「でも、それだけ身元がしっかりしていて、儲かっている職業ってことなのかな」


 あらゆる厄災から船を守るため“絶対に安全”というわけではないが、船乗りたちは船を守る船守を己の船よりも大事にする。それがひいては船のため、自らの安全のためになるからだ。

 それにこの世界では、男性は能力を発揮しない者もいるが女性は船守の力を持っていない者がおらず、少し訓練すれば誰でも簡単になることができた。

 それでも人が溢れて仕事がなくならないのは、最高峰とされている少数の船守でもガレオン船を守るのに六人は必要だというのが理由の一つだ。

 普通の船守であれば、小さな漁船を守るのにすら最低六名。ガレオン船をとなれば十数名が必要になる。小舟であれば一人で事足りるが、それでも一日の漁を終える頃には満身創痍になるほど疲れてしまうのだとか。

 そしてこれが一番の理由であるが、船守としての力を発揮できるのは、男女問わず異性との経験がない者という縛りがあるのだ。大抵は婚期を逃す前に仕事を辞めるので、船守はいくらいても足りないというわけだった。


「面倒だけど、ここで登録をしないとモグリの船守になっちゃうんだよね……」


 登録料もいらないということで、市香は着の身着のままやってきていた。

 船守になれば指定の宿屋を無料で利用することができるため、住むところには困らない。せいぜいその日の食事代を何とかすればいいくらいだ。

 老夫婦はどこまでも良い人だったので、すぐに職を得られないことを心配して一週間分の食事に困らないくらいのお金を持たせてくれた。


「協会なんて正直面倒だけど、大手を振って歩けないなら登録くらいしておくか」


 つまりその一週間の間に仕事を見つければ問題ないというわけだ。

 そしてどんなに底辺の船守ですら、船が生活に密接に関わるこの世界では職に困らない。

 一週間もあれば十分に仕事を見つけられるだろう。


「……よし、行くか」


 かくして、市香は職を得るために堅固な建物の中へ吸い込まれるようにして入って行ったのだった。

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