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Chapter:0003

分割分のため、新規投稿ではありません。

すでに旧「Chapter:0000」をお読みになった方は「Chapter:0004(2019年7月24日22時更新)」からお読みください。

「一日二十万ガル、三食寝床付き、五年契約でいかがだろうか」


 ガラの悪い男共の間を通り抜け、船長室についた瞬間にこれだ。

 話が早くて好ましいが、そもそもこの男自体が嫌いであったキツネにとっては苛立ちしかなかった。茶でも出せと言おうとして、本当に出てきても腹が立つので代わりに小さくため息をついた。


「私の最低価格は一日五十万ガルからです。依頼内容によっては値が上がります。Sランクですと百五十万ガルが最低価格となります。それに初めての契約は一週間までと決めていますし、その後に契約を続けるかどうかは私次第です」

「たった一日で百五十万だと!? 船守の相場は一日五万だろうが! 桁が違うわ!! それに契約内容を聞いておいて依頼を断るなんざ卑怯だろうが!」


 巻き舌で唾を飛ばしながらそう言ったのは、バーレスクの横に控えていた左足のない男である。今は安い鉄で作った義足をはめているが、体の大きさに見合わぬ細さに市香は他人事ながらそれで長時間歩けるのかと心配になった。

 しかしその心配も一瞬で記憶の彼方に流れると、キツネはどの船でも船長の横の男は怒鳴るための要員なのだろうと自分を納得させつつ首を傾げてみせた。


「いいえ、まだ金額を聞いただけですし、受けたいそぶりも見せていません。それに商談内容を詳しく聞いてから断ることは海神協定からみても何の問題もないのです。船守の命を守るためですから。もちろんその場合、私共は依頼内容を口外したりしません。それに――」


 仮面の下で目を細め、隠しきれない苛立ちが声を低くさせる。


「私は依頼をするとなればそれ相応の働きをします。過去、この金額で断った方はいらっしゃいませんでした」

「このっ……!!」


 この男、今にも人を殺しそうなほど怒っているのに、一向にキツネに手を出そうとしない。

 内心で手ではなく口が先に出るタイプなのか、偉いじゃないか、と、血気盛んな海賊を思えば良心的とも思えるその行動に感動していれば、バーレスクがシュッと葉巻の煙を吐いた。


「よろしい。では一日三百万ガルで一週間頼む。お互いに気に入れば継続して契約を更新しよう」

「いえ、お断りします」

「アアン!? テメェ!! お頭がこう言って、しかも値段だって上げてんのにテメェはあ~!!」


 本当によく怒鳴る男だな、と痛む耳を撫でながらキツネは口を開く。


「私は相手が悪魔であろうが契約をします」

「なら何でお頭が駄目なんだよ! せめて依頼内容くらい聞け!!」


 私がこの男を気に入らない以外に何の理由があるって言うんだ。

 その言葉をかろうじて飲み込んで、キツネは小さく首を傾げた。


「海神協定をご存知のようなので言いますが、身の危険を感じる依頼に関しては断ることができます」

「お前、まだ仕事内容を聞いていないだろう!!」


 男は流石に我慢ができなかったようだった。

 音もなく一直線に振り下ろした男の武器は、派手な音を立ててキツネの頭上で止まる。

 そう、頭上だ。それがキツネの頭をカチ割ることはない。しかし男は確かにカチ割るつもりで武器を振り下ろしていた。


「相変わらず海賊は血の気が多いなあ」


 悪態をつくキツネの周囲には赤黒い火花が飛び、男は額に血管を浮かべながら喉の奥から絞り出し力を込めている。しかし、男はキツネの出した赤黒い火花――船守の陣牢(じんろう)と呼ばれる障壁を壊すことはできなかった。


「ほーう、それがキツネ殿の陣牢か。噂で聞くよりも遥かに禍々しいな。やはりお前は悪魔なのか? 人間ではあり得ない色だ。普通は白とか金だろう?」


 その質問には答えない。正確に言えば答えることができない。船守協会に口止めされているからだ。

 そう、キツネはこの世界の者ではなかった。日本人だ。

 今更であるが本名は御幡市香といい、数年前まで普通のOLをしていた。それが何かの拍子でこの世界に紛れ込んでしまい、助けてもらった老夫婦に船守の適性があるかもしれないと教えてもらったというわけだ。

 そして船守なら比較的安全な割に高給取りになれると言われ、老夫婦に迷惑をかけるわけにもいかないので、翌日には老夫婦に船守協会へと連れて行ってもらい、そこで船守としての登録を行った。

 その時に初めて、自分の陣牢と呼ばれる船守の力が普通ではないと気付かされたのだ。


「その悪魔じみた力は、お前自身が悪魔であるからなのか? 悪魔は悪魔を恐れない。お前が悪魔とすら契約をするのはそういう理由か? それにガレオン船が四隻並走していても平然と一人で全隻に陣牢を張っていたと聞いたが。それも丸三日。あれは本当か?」

「質問が多いですね。訓練すればそのくらい何でもないですよ。睡眠時間を頂けるのなら私が死なない限り貼り続けますが」

「知らないのか? 最高峰の船守でも六人で一隻のガレオン船に毛穴から血を出すほど苦しみながら陣牢を張るんだ。もっとも三日も寝ずに続ければ確実に死ぬが」


 キツネ――市香は知らない。この世界のことを何も知らない。何も知らないからこそ、行動一つ取ってしても周囲から“変なやつだ”と言われる。


「言っただろう。俺の船守“たち”が死んだと。一人では小舟しか守れないぞ。“普通”は。無知だな、キツネ殿は」


 その台詞に嫌なことを思い出し、市香の顔が面の下で歪む。

 そう、バーレスクは数年前に無知だった市香を“無知は罪だぞ”と言って笑い、こてんぱにこき下ろし、お前なんぞいらないと言った男なのだ。

 それはいたく市香を傷つけた。

 もちろん、バーレスクはそのことを覚えていない。それどころか、今目の前にいるのがその時の少女であることにすら気づいていない。

 それなのにこの男は、あの時と同じ台詞を吐いて市香を傷つけた。


「キツネ殿、無知は罪だ。船守なのに、船を守るのに何人必要か知らないだと? だが、お前にはどうにも無知以上の何かがあるように思えてならない」

「ですから能力が。自惚れと思っていただいて結構ですが、実際に実績があります。無知でもやっていけるくらいには」

「いや無知でもと言うが――待て、お前以前にも会ったような気がするな」

「あら、女性の誘い方が上手くないようですね」


 バーレスクは市香と数年前に出会っていることに気づいていない。

 今は仮面を付けている。あの時言葉を交わしたのは二~三言。だから、バーレスクは目の前の船守が数年前に出会った“奇妙な女”であることを知らない。


「まあ、とにかく依頼は請けませんので。これにて失礼いたし――」

「海神協定に則り、王族強制令を発動す。我が名はヨハイ・ハンデルセン・デ・ロワ」


 ざわりと市香の肌が粟立つ。


「病弱な王子とは俺のことだ。立会人は“審判者フトロフ”、一〇(ヒトマル)協定を遂行せよ」


 市香はこの世界については誰よりも無知だが、海神協定は誰よりも覚えている。

 だからこそ、この逃れられない王族からの依頼の拘束力を知っていた。


「お、王子――っんの……クソ野郎! 誰が病弱だ……!! どおりで海賊ごときが知らない問いかけを知っていると思ったら……!」


 それに反すれば船守協会で審議にかけられ、その結果“船守に咎有り”となった瞬間に強制的に一番大切なものを失うということも。

 あまりにも倫理に反するこの法は、船守協会に所属している者しか知らない。船守が協定について何故こうも口うるさいのかと言う者が多いが、それにはこんな理由があったのだった。

 少し前は好戦的な王兄殿下が外出時頻繁に使っていたが、それも事故で死んでからは王族の間で封印されたはずなのだ。細かい経緯は明らかにされていないが、協会に所属している船守の間では常識のそれ。


「さて、キツネ殿の飼い主は今日から俺だ」


 しかしそれが今、簡単に覆った。


「うるさい! もうあんたに敬語なんか使わないわよ、このロクデナシ!! 国民を騙してよくも……!! 王族が世界的に指名手配になっている犯罪者ですって!?」

「その件は国家機密だ。船守ともあろう方が守秘義務を違反するとは思えんが、頼んだぞ」

「ぐっ……ああ、そう! わかったわよクソ男!! でも協会には報告する義務があるわ」

「ああ、そうだ。念のために言っておくが、俺の船は世界一忙しいぞ。前職たちが死んだのは過労死だ」


 例え強制的に従わせようとする輩がいても、市香は最終的に従うしかない。

 まだ、掟に反して一番大切なものを失うわけにはいかないのだ。

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