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Chapter:0022

「何この惨状」


 市香の口をついて出たのはそんな一言だった。

 一晩かけて自分がどこの森にいるのかを調べ、位置がわかったらひたすらセンチェルトの方角に向けて飛び続け、ようやくついたと思ったらまるで戦争でもあったのかというほど街はボロボロになっている。


「何この惨状」


 再び同じ言葉を口にして辺りを見回す。

 住民が怪我をしている様子はないが、収容所だけが完全に倒壊しているのを見て薄っすら状況を把握しつつあった。

 何者かの襲撃があったのは明白で、しかしそれが誰かはわからない。そしてそこにいた者たちがどうなったのかも。

 ザッと血の気が引いていき、誰かに自分の姿が見られるかもしれないというのも忘れて走り出す。


「嘘でしょう……なんでこんな……」


 そしてもう少しでたどり着くというときに、建物の隙間から伸びてきた手が市香の肩を掴んだ。


「ひえっ……!?」

「待て待て待て俺だ……!!」


 反射的に殴ろうとして、見覚えのある顔にその手を止める。


「マーチンボルグ!! あなた生きていたの!?」

「そりゃこっちの台詞だぜキツネ。怪我は?」

「ない。つーかまるで状況がわからないんだけど、何が起こってるの」

「いや、俺らもわからん。取り敢えずこちらの味方に欠けはねぇ」


 ひとまず良かったと胸をなでおろし、そして見ない姿に目を細める。


「バーレスクは?」

「そっちが知らないとなるとこっちもわからんな」


 予測していた答えに頭を抱え、大きなため息をついた。


「取り敢えずわかった。探す」

「今俺たちも皆で探しているが、そもそもここにはいない可能性が高い」

「絶対? いるとしたらどこにいると思う?」

「王城だ。なんでか王兄殿下が生きていた。走り回っているときにこの目で姿を見たから確かだ」


 時が止まる。

 王兄殿下が事故死したのは有名な話だ。

 婚約者が馬車の事故で亡くなり、当時婚約者だった王兄殿下は大層気落ちした。あまりにも鬱々としているので自暴自棄になっていた王兄殿下を気晴らしにと連れ出したのが王弟殿下だったが、その出先で同じく事故死。

 一部ではお家騒動の暗殺や自殺ではとも言われていた曰く付きの事故だったが、その真相は全て闇に葬り去れれる。

 ここまでは国民であれば誰もが知っている話だ。


「……ごめん、生きていると何か問題なの?」

「知っての通りバーレスクは王弟殿下だ。あの二人は相性が悪い」

「喧嘩ばかりってこと?」

「いや……なんつーか……」


 歯切れの悪い様子に市香は眉根を寄せる。


「レイヴンズチェストに盗まれた指輪は王兄殿下と婚約者の物だが、元々それを王兄殿下の元から盗んだのはバーレスクでな」

「は? なんでそんな馬鹿なことを?」

「それはバーレスクしか知らねぇよ。だが当時は世間でも兄と弟で婚約者を取り合っていたとか、そういった黒い噂(ゴシップ)が尽きなかったが……バーレスクは一度もそれを否定しなかった」


 なるほど……それが真実か。

 一番最初に依頼を受けたときに言い淀んだのは噂が真実だったからか。

 市香はそう結論付けると大きなため息をついた。


「と、まあ。色々言ったがそれも世間の評判だから真相はあいつしか知らねぇけどな」

「……で、私は結局どうしたらいいの」

「王兄殿下はバーレスクのことが死ぬほど嫌いだ。今あいつに捕まっているとすれば、じっくりいたぶられて殺されるだろう。つまりまだ殺されていないはずだ、捕まってからそう時間は経っていない」


 真面目な顔をするマーチンボルグに、市香の表情も引き締まる。


「俺は学がねぇ。だから正しい依頼の仕方も契約書の作り方もわからねぇ。だが金はある。かき集めた。船員の全財産だ」

「それで?」

「これ全部でお前を雇いたい。バーレスクを、俺らのお頭を助けてほしい。足りるか?」


 自分よりも遥かに若い小娘に向かって頭を下げる。

 その姿を見てため息をつくと、市香はマーチンボルグの肩を何度か叩いて頭を上げさせた。


「お金はいらない。私、個人の感情で動くつもりだから」

「え……」

「私ね、掟を破ったのがバレて協会を辞めさせられたの」


 どこか吹っ切れたように笑いながら言う市香に、マーチンボルグは小さい目を極限まで見開くのだった。



 + + + + +



「おはよう、バリィ」


 頭から水をかけられ、跳ね起きる。

 しかし衝撃と鉄の擦れる音に、四肢をつながれていることを思い出した。


「……随分な起こし方ですね」

「手っ取り早いだろう?」


 何日経ったかもわからない。

 城に連れて行かれ、王兄が生きているのに誰も驚かないのを見て、自分がいない間に随分と事態が動いていたのだなと思う。

 王兄は確かに死んで国葬をしたはずだった。なのに何故、こうも堂々と城内を歩きまわっているのだ。それも顔はレイヴンズチェストのままで、騎士からしたら明らかに止めなければならない人物のはず。それが一度も止められないどころか、すれ違うときには敬礼すらされている。

 どれだけ考えてもその答えは出ず、牢に繋がれて騎士に忌々しい表情を向けられたときに「なるほど死者よりも海賊のほうが忌々しいものらしい」と苦笑いが出た。


「傷は沁みるか? 洗ってやろうか?」

「いや結構」


 拷問によってできた傷は熱を持っており、じくじくと痛む。

 しかし手当なんぞ頼んだ日にはどうなるかわからない。

 なにせ殺したいほど憎まれているのだから――


「少し話をしようか」

「…………」


 断ると言っても離し続けるのだろうと思い、何も言わないことにした。


「この指輪をお前が盗んだ日、私は必死に探すふりをしたがお前が持っているのは知っていたんだ」

「……そうですか。俺の記憶が確かであれば、あれはあなたに渡したのではなく持っていたものを自分にくれるのだと思いこんで取り上げただけだったかと思ったが。それも嫉妬に狂って」

「お前は私がアレに囚われて気が狂うと思ったんだろう? だから盗んだ。違うか?」

「話を聞く気はないようだ」

「だがな、俺が初めて狂ったのだとしたらもっと前だ」


 落ち窪んだ目が、バーレスクを睨みつける。

 レイヴンズチェストの顔にノイズが走り、やがて見慣れた王兄の顔に変わる。


「お前、俺の婚約者(マリィ)を愛していただろう。そしてマリィもお前を愛していた。違うか?」

「――何を……」

「お前はいつだってそうだったな。周りはお前ばかり褒め、俺はいつもお前の日陰者だった。だから伴侶だけは自分で選んだ者をと思ったが、その伴侶すらお前を選んだのだから笑える」

「王兄殿下は勘違いしているようですが――」

「黙れ!!」


 体に走る衝撃。

 骨の折れる音。

 紅い雫が床に散り、排水溝へと流れていく。


「皆そうやって俺のことを――」


 荒い息を吐き、前髪を乱暴につかみ、何度も深呼吸して心を落ち着かせる。

 何度かそうしてようやく息を整え、レイヴンズチェストは大きく息を吐きだした。


「……俺がわざわざ回りくどい真似をして、お前から指輪を取り返した理由を知りたいか」

「いや、興味無いが」

「お前の大事なもの全てを奪うためだ。わかるか? 俺はこのときのために悪魔と契約までしたのだ。魔力を得て、城の愚か者どもを洗脳し、こうして姿かたちを変えてお前に接触し、初めに指輪、そして仲間――いずれ女を愛することがあればそれも全て奪う……」


 恍惚とした表情で宙を見ていたのに、ぐるりと目が泳いだ次の瞬間には射殺さんばかりにバーレスクを睨みつける。


「そう思ったが……それはそれで腹が立つ。お前、マリィからあの貧相な船守に心変わりしたのか」

「悪魔に魂を売っただと……? くだらない……そんなことのためになんてことを……キツネ殿が言っていた魔力とはそのことか……!」

「そんなこと? くだらないかどうかも、そんなことなのかどうかも、もうすぐわかる。あの女は直ここに来るのだから」


 死んだ目でそう言うが、その言葉に反応して顔をひきつらせたバーレスクを見て、レイヴンズチェストは心底嬉しそうに顔を歪めた。



 + + + + +



「くそ……どうすれば……」


 ミールは焦っていた。

 どうやっても市香を助け出す方法が思いつかない。

 市香を助けるために力をつけたのに、それは何の役にも立っていなかった。


「何か……何かあるはずだ……」


 どうやれば、どう動けば……そう考えて、ミールは一つの結論にたどり着いた。


「…………」


 たどり着いてしまえば、それ以外にない気がしてくるのが不思議だ。何故思いつかなかったのかと自分に呆れる。

 すぐさま自室でひざまずき、床にある隠し金庫を開く。

 その中に収められていた一冊の黒い本。これは副協会長になるときに引き継いだ悪魔の経典だった。

 一番始めに協会が悪魔と契約したときのことが書かれたそれは門外不出の代物。本来であれば協会長のみが所有するが、その写しをこっそりと隠し持っていた。

 ――今、ミールは自分の中の正義を執行するためにそれを使う時がきたのだ。


「臓物でもなんでも持っていけ」


 口の中で唱えた、悪魔を呼び出す呪文。

 目の前に見覚えのある扉が現れ、ミールは一瞬にしてその中に引きずり込まれていった。

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