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Chapter:0021

「ただの海賊の俺らに何ができるってんだ!」


 月夜の海。

 波は静かで風もない。

 月光浴をするには絶好の日和だが、この船――バーレスクの所有する船上は重苦しい空気が満ちていた。


「せっかくキツネが助けてくれたんだ。この生命を使って頭とキツネを助けに行こうぜ」

「いや、せっかく助けてもらったからこそ大事に使わんきゃなんねーんじゃねぇの? ただ突っ込んだって、一瞬で全員殺されて終わりよ」


 揉めていることと言えば自分たちだけが船に戻され、肝心のバーレスクと市香がいないことだった。

 二人がどこにいるかはわからない。

 しかし皆には確信があった。

 あの二人は未だ面倒くさい者たちと共にいると。


「なあ」


 一人の男の声に、全員がそちらを見る。


「こんなとき、頭ならどうすると思う?」


 その問に答えるものはなかった。

 しかし、皆の気持ちがひとつになる。


「例え粉にされるとしても男なら動かなきゃならねぇ時があるんじゃねぇのか」

「そうさ。だって俺らは元々帰る家もねぇならず者だからなあ」


 誰かが笑いだし、それが伝染する。

 やがてひとしきり笑った後に、船員たちは誰一人として先程の絶望しきった顔をしていなかった。


「さあ、行くか。お姫様(お頭)と小娘を助けに行かねぇとな」


 飼い犬は飼い主に似る。

 獰猛な笑みをたたえた男たちは、月が雲で隠れて暗くなった海を滑るように移動し始めた。



 + + + + +



「息災か?」


 牢屋に押し込められてだいぶ立つが、バーレスクのもとを誰かが訪れたのはこれが初めてだった。

 見慣れない騎士に興味なさげな視線を向け、すぐに窓の外へ視線を戻す。


「無視をするなよ。寂しいだろ」


 その言葉と同時に、騎士の姿が別のものに変わった。


「……レイヴンズチェスト!? 何をしに――というかどこから入りやがった……!!」

「うるさい。そう粋るな」


 無くなった腕は相変わらずのようで、不自然に潰れた布が動きに合わせて揺れる。


「お前、宝玉を知っているか」


 何のことだと一瞬訝しむと、レイヴンズチェストは大きくため息をついて肩をすくめた。


「やはり持っているのは女の方か」


 誰のことを言っているのかすぐに理解し、レイヴンズチェストを睨みつける。


「何を睨んでいるんだ。被害者は俺の方だぞ」

「腕を切り落とされても文句が言えねぇことをしたのはお前だろうが。俺から盗み、あいつらを傷つけようとした」

()()()?」


 食い気味で言葉をかぶせられ、眉根を寄せる。


「違うだろう、バーレスク。最初に指輪を俺から盗んだのはお前だよ」

「……何を言っている」


 全く理解できなかった。

 しかし目の前の男は血走った目で、余裕を失ってバーレスクを睨みつけている。


「お前はいつも俺から盗んでいくな。そしてそれを盗んだ自覚がないのが忌々しい」

「何を言って――」

「だから」


 手を叩きつけるようにして鉄格子を掴む。


「俺は決めたんだ。絶対に、お前から、大切なものを奪ってやると」


 沈黙が落ち、虫の声ひとつ聞こえなくなる。

 この気の狂ったような男はなんだ。

 何を怒っているんだ。

 その問いに答えるものはいなかったが、嫌な予感に背筋が凍る。


「わからないのか、()()()


 幼少期のあだ名。

 それを呼ぶのは唯一人――


「……兄上?」


 レイヴンズチェストの顔が見慣れたものに変わる。


「ずっとお前を追っていた。お前が俺の婚約者の指輪を奪って逃げたあの日からずっとだ」

「あに、うえ……あなたは確かに()()()()()だ」


 地面に吸い込まれていくような感覚に、足元がふらつく。


「腕は失ったが指輪は取り返したぞ。そうだな、次は――この腕も取り返すか」


 レイヴンズチェストは鉄格子からゆらりと離れていく。


「あの船守、質のいい魔力を持っているな」


 心臓を握りつぶされたような気がした。



 + + + + +



「どういうことですか!! 何故、牢に入れられたイチカは戻ってこないんだ!」


 今、船守協会が始まって以来の珍事が起こっていた。強引に船守の牢屋へ押し込んだ船守が、いくら経っても帰ってこないのだ。

 そもそも船守の牢屋に入れられた者は歴史を見ても片手で数える程度だが、その誰もが用が済めば必ず扉から吐き出されていた。

 それが今回は扉がそのままスウッと消えて、待てど暮らせど再び現れる様子はない。

 ならば再び扉を召喚せよと言ったが、そうすると悪魔に対価を支払わなければならないのでできないという。

 ミールは、かつて無いほど悪魔なんかと契約をした協会を恨んでいた。


「くそ……!!」


 壁を力いっぱい殴りつける。拳の皮が破けて血が出るが、まるで気づいていないかのように殴り続ける。


「俺は何回……あいつを……!!」

「あの能力は確かに惜しいが、牢屋へ入った者は気が狂う者も多い。あれのことは諦めて――」

「諦める?」


 取り乱していたのが嘘のように冷酷な表情をする。


「僕が? あれを?」

「バ、バートン副協会長……君は疲れているんじゃないのかね」

「諦めろと? 私にそれを言いますか。あなたがたが? アハハ、おかしいですね」


 一人称がコロコロ変わり、表情もそれに伴い変わる。

 取り乱したかと思えば急に冷静になり、泣いていたかと思えば薄っすら笑う。

 ああ、この男はいつから気が狂っていたんだと肝が冷え、そしてたった一人の船守に対して異常な執着を見せるこの男を、どうやったら刺激せずにいられるのだろうと呼吸を浅くする。


「いや、僕が諦めるのは当たり前か。イチカにずっと無理を強いていたからな。でも俺が諦める必要あるのか? 私はずっと頑張っていたじゃないか。そうとも、私は――」


 その時だった。

 建物の外が昼間のように明るくなり、その直後に大きな爆発音が聞こえる。

 空気が震え、窓が破裂し、熱風が吹き荒れる。


「なんだ!?」


 一瞬にして蜂の巣をつついたような騒ぎになり、誰かが窓を開け、そして叫んだ。

 悪魔がやってきたと。



 + + + + +



「うはははは!! 愉快愉快!!」


 騒ぎに乗じて海賊たちは闇夜を駆け抜ける。

 時折持っている松明で建物に火を放ち、騎士たちを翻弄する。


「誰が暴れてんのか知らねぇけど、このすきに助けるぞ!」


 海賊たちがバーレスクを助けようと各地の収容所を強襲したのと同じくして、何者かが同じく収容所を襲っていた。

 それは姿も形も見えないが、確実に騎士たちの戦力を欠いていた。


「案外キツネじゃねーか?」

「ばーかキツネが何人もいてたまるか」

「でもこんな事ができるのなんて、キツネ以外にいるのか? あいつ人型の何かを作れるって言っていたぞ」


 一体誰が。キツネではないか。

 そう噂しながら奔走しているときのことだ。


「君たちは市香の仲間か?」


 突如目の前に現れたのは、顔のない紳士だった。


「か、顔が……なんなんだテメェは!!」

「君たちは市香の仲間かと聞いている。その返答次第では君たちを殺さなければならないので、正直に答えてくれ」


 偉そうな口を聞いて。殺される前に殺してやる。

 と、心の中で言った。実際口に出していたら殺されていただろうが。


「ん? まさか市香という名が通じんのか。まいったな。別の名前は覚えていないんだが」


 男が腕を組んで首を傾げながら唸り始める。


「確か動物のような名前だった気が……ネコ、いや……イタチ……いや、なんだったか……」


 誰も動けず、誰も言葉を発しない。

 海賊たちは気づいたのだ。

 目の前にいる男の影がないことに。

 この世で生きている者で影がない者など存在しない。つまり目の前の男は――


「――悪魔」


 その言葉に、今までウンウン唸っていた男がニヤリと笑った気がした。


「そうだよ。よくわかったな。どうやら市香の仲間のようだし、君たちは見逃してやろう。そもそもこれは過剰分のお返しなんだ。今とても気分が良い。あの娘、意外と面白いものを持っていたので楽しいんだ」


 そういうと男は興味を失ったように視線をそらし、両手から信じられないような大きさの火の玉を出しては建物にぶつけていく。

 建物は次々と倒壊していき、まさに地獄を見ているようだった。

 その後姿を見送りながら、海賊たちは小さくあえいで地面へ座り込む。


「キツネの知り合いに……悪魔が……?」


 ――よくわからないが助かった。

 それが今この場にいる全員の意見だった。

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