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Chapter:0002

分割分のため、新規投稿ではありません。

すでに旧「Chapter:0000」をお読みになった方は「Chapter:0004(2019年7月24日22時更新)」からお読みください。

「晴れの空は青い色~浮かぶ雲穏やかで~小さなきらめき水面を走る~」


 音を外しながら歌うのは先程の狐面の女だ。

 沈みゆく商人のガレオン船を眺めながら、キツネは海の上で仁王立ちをする。


「いや~、しかし……さっきまで乗っていたとは思えないほどの崩壊ぶりだなあ」


 キツネは契約が切れた途端、その船が襲われていようが一切手を出さなかった。

 これは“船守たるもの弱きを助け強きを挫く”というような旨の海神協定を違反しているが、歌に夢中で気が付かなかった、気がついたら沈み終わる直前だった、と言い張るつもりだ。気付かなかったものは仕方がない。

 それにかの商会は仲間内でも何度か「依頼料の支払いを渋られた」と報告が上がっていて、上層部でも「そろそろ依頼を断るか」と問題になっていたので、恐らく許してもらえるだろう。

 途中何度か救難信号を出されたが、全部無視した。歌に夢中で気が付かなかったのだから仕方がない。最初は船守の姿が見えていたためかおっかなびっくりだった“襲来者”も、近くにいる船守が手を出さないと知った途端に猛攻の嵐だ。


「一体いくらの損失になるのやら。オマケに船には商会長さんも乗っていたしなあ」


 ポツリと漏らしたその時、襲来者のガレオン船から一艘の小舟がやってくるのが見えた。

 そしてその先端には船長と思われる男と数名の男たち――海賊だ。


「また面倒な。あの手旗信号は交渉依頼か……うーん……こちらは確実に目があっているし無視できないか……なんで海賊風情があの信号を知っているんだか。貴族以上専用だぞ。さてはどこぞの貴族が漏らしたなあ……?」


 キツネが迷っているうちに船はスウッと近寄ってくると、キツネから数メートル先で船を停めた。

 そこでようやくキツネはその男が誰なのかに気づく。そして気づいた瞬間、顔をひきつらせて小さく悪態をついた。


「わーお、地獄かよ」


 しかし男はそれに気づかない。


「やーあ。かの有名な船守、キツネ殿とお見受けする」


 見知った顔を見て眉間にシワを寄せながら男を眺めれば、男の胸元に見覚えのありすぎる髑髏が目に入った。頭骨を突き抜ける悪魔の手。

 それをつけていれば政府には勿論、海賊からも追われる身となり、入ることができる港も限られると言われる。

 やはり逃げるべきだったかと思いながら、キツネは大きなため息をついた。


「……どうも。そういうあなたは四大海賊バーレスク・カーン殿ではないですか」

「ほう? 俺を知っているのか? 光栄だな」


 改めて男を眺める。

 整った顔立ちの男は若く、船乗りではありえない筋肉の付き方をしている。軍人――それもかなり訓練されたものだ。

 背も高いその男は、モサモサと伸びた不揃いの紫紺の長髪をかき上げた。鋭い眼光が一つ。恐らくもう一つは失くしたのだろう。革の眼帯で覆われた左目の他には、金色が一つだけ。

 泣く子も黙るバーレスク・カーンと言えば、この世界で知らぬものはいない大海賊の一人だ。たとえ軍人じみた筋肉の付き方をしていようが。


「船守をしていて四大海賊の一人を知らないなんてありえませんよ」

「そうか? それは失礼した。失礼ついでに話がある」

「お断りします」

「海神協定に則り、交渉の場を請い願う。立会人は“審判者フトロフ”、四〇(ヨンマル)協定を遂行せよ」


 バーレスクから逃げられない“海神協定”を宣言され、キツネは小さく舌打ちする。

 通常、この審判者フトロフの名を使った商談は海賊風情が知っているようなものではない。それを何故この男が知っているのかと苛立ち紛れに睨みつければ、それを察したバーレスクが口角を上げた。


「偶然キツネ殿に会えるとは。俺ァは幸運だなあ」


 これは船守協会専用の協定であり、船守として生計を立てていくのであれば絶対に守らねばならない掟だ。先程の救難信号などを含め、数百の掟がある。

 そのいくつもある中の一つが交渉の場を請い願う掟だ。これを宣言されれば、船守は既に仕事を請け負っていない限り聞かなかったことにすることはできない。

 例えそれが悪魔からの交渉であれ、海神協定を用いて契約交渉を持ちかけられれば、立ち止まって話を聞く必要があるのだ。


「キツネ殿は悪魔であろうと契約をすると聞いて探していたんだ」


 だが強制力が強いがゆえに、この協定はある程度教養のある者しか知らない。ハッキリと言えば、ならず者や身分の低い者が知っているほど開けた協定ではないのだ。

 通常であれば船守を必要とする高給取りたちに有償――それもかなり高額な金銭取引で配布される冊子に書かれている。金のない者は自分で船守になり、自分の小舟を自分で守る程度なのだ。そしてそれで十分だった。

 なぜなら、余談ではあるが船守という職につくのはさほど難しくないからである。もちろんいわゆる“ピンキリ”にはなるが。


「私だって断るときは断るんですよ」


 閑話休題。

 通常の船守たちは海賊から交渉されても、無法者が海神協定を知らないのをいいことに逃げ切ることができる。

 ある種、船守を守るための措置でもあったが、しかしたった今、その海神協定が海賊の口から宣言された。

 キツネはこいつは面倒なタイプの海賊だったなと内心で舌打ちしたが、それを顔には出さない。恐らくは襲った船からの盗品で知恵を付けたのだろうとあたりをつけて小さく舌打ちする。

 例え盗品でつけた知恵だろうが、宣言されたからには相手が悪魔であろうが話くらいは聞かなければならない。

 さて、どうやって断るか――依頼を断るべく、キツネの頭の中に自らを守るための数百の掟が駆け巡る。


「いやいやまずは聞いてほしい。実はな、キツネ殿。つい先日、俺の船守たちが死んだ。だから今、俺の船には船守がいないのだ」


 依頼主からの依頼を受けるかどうかは任意だが、誰も海賊と仕事がしたいなどとは思わないだろう。

 船守は掃いて捨てるほどいる。誰もが憧れ、簡単になることができ、比較的安全性が高く、大事にされる仕事だ。

 それゆえ、競争の激しい船守は印象第一。海賊などと言った悪党の船守を勤めれば、あっという間に()()()が広まる。


「だがこれから少し大きな仕事が入っていてなあ。船守がいないのでは不安なのだ。ぜひ俺の船を守って頂きたい」


 もちろん、金さえ貰えれば誰とでも契約すると言う者もいれば、国相手にしか商売をしないと言う“高級船守”もいる。

 そして、キツネは前者であった。


「……ひとまず話だけはお聞きしましょうか」

「ありがたい。では我らがジョーボルト号へご案内いたそう」


 キツネは金さえ貰えれば、相手が悪魔であろうと契約をする。それはこの界隈で有名な話だ。

 だがそれでも、この男だけは別だったのだ。

 身の危険を感じるということで、掟を持ち出して断ろうと算段をつけた。だから仕方なく男の誘いに乗るのだ。商談を断る為にはもっと情報がほしい。

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