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Chapter:0019

「あいつ……あの男……絶対に殺す……」


 肩で息をして、汗や砂にまみれ、市香は日が昇る頃にようやくリクレクション収容所へ到着した。

 通常であれば一日はかかる工程を、文字通り死ぬ気で夜の間に駆け抜けて既に満身創痍である。途中恨み言をつぶやきながら走り始め、そのあまりにも凄まじい姿はすれ違う人がいれば確実に「アレは幽鬼だ」と言うだろうと思えた。


「ああ……しんど……」


 しんどい。それ以外の言葉が出てこない。

 しかし立ち止まっている暇はないと飛び上がって空から建物を眺めれば、裏手にある処刑場に大量の男たちが集められているのが見えた。


「はっ……なるほど、隠す気はないわけね。とは言え王族だから見せしめはなしか」


 まるでお膳立てされたような状況に腹を立てながらも、姿を消したままその場に向かう。

 野次馬からは見えない場所。しかし市香であれば見える場所に処刑台が設置されていた。

 一列に並べられた男たちの手足には枷がはめられ、処刑台にはロープが吊り下がっている。

 その処刑台の端に、見覚えのある男が立っていた。


「ああ……そういうこと。私がここに来るって確信しているわけだ」


 ミール・バートン。

 何故ここにいるかなど考えなくてもわかる。抜け出したのがばれるのは時間の問題だったし、ここに来るだろうということは誰にでもわかった。

 どこかで邪魔が入るだろうとは思っていたが、こうも面倒な舞台を整えてくるとはさすが腹の黒い男だと舌打ちをする。


「時間がないから強行突破と行きますか」


 その言葉と同時に、市香は国を落とした時と同じように力を使って処刑台をまるでハリボテのごとく上から潰した。

 バキバキと大きな音を立てながら一瞬でゴミへと変わったそれに、文字通り蜂の巣をつついたような騒ぎになる。

 ただバーレスクたちとミールだけが、上を向いた。


「…………」


 正義の味方のような口上はいらない。

 ただ静かに、疾く遂げる。

 ミールが能力を使う前に、邪魔な者たちは全て地に縫いつけた。


「お前たちは手を出すな。この女はお前たちごときでは相手にならん」


 ミールの静かな声に歯向かうものはいない。誰もが“こいつに勝てるわけがない”と知らしめられたからだ。何故体が動かなくなったのかを理解するのにだいぶ時間がかかり、理解したときには全てが遅かった。

 指先ひとつ動かせない中で、立っているのはバーレスクの一味とミールのみ。声を出すこともできないほどの圧力が、処刑場の警備にあたっている全ての職員を襲っている。


「あなたにしては、いささか乱暴な登場ですね」


 それには答えず、指先をわずかに動かしてミールの周りに陣牢を張った。

 閉じ込めるつもりで張ったそれは、同じく指先の動きだけで四散させられる。


「私とあんた、マジで相性が悪いわ」

「そうですか? 結構びくびくしているのですが。気を抜いたら私も地面を舐めることになりそうなので」

「よく言う……」


 ミールはゆっくり動くと腕を組み、首を傾げながら困ったような表情を浮かべた。


「ねえ、やめませんか。私があなたを救うためにどれほど苦労しているかわからないのですか」

「何を言っているのかわからないわ」

「あなたはいつも他人を信じて騙されて傷ついている。その繰り返しで心はボロボロになって疲労しているのに、あなたはその事に気づかない。だから何度でも騙されるんだ」

「何のこと?」


 言いたいことがわからないわけではない。


「もう傷ついて泣くあなたをみたくないのです。あなたはいつも人に騙されるのに、それでも何故か人を信じたがる」


 何度も「騙された」と思いながら生きていたくないだけだ。

 市香は誰かを疑ってしか生きられない人生が嫌だった。例えこの世界がそのようにできていたとしても、であれば騙されないように力をつければいいだけの話で。

 もし騙されたのだとしたら、それは己の力不足だったと諦めればいい。

 そう思っていた。


「私は騙されただなんて思っていない」


 だから否定したが、その声は思ったよりも弱々しくなってしまった。

 もしかして声が少し震えたのがばれてしまっただろうかと面の下で周囲を見渡すが、誰の表情も読み取ることができないほど動揺していることに気づいてしまった。

 全員が市香を可哀想な女だと思っているような気がした。


「もう一度いいますが、私はもう、あなたが傷つくのは見たくないんです」


 毒だ。


「…………」


 この言葉は毒だ。


「OK。わかった」


 毒は、解毒することでしか解消できない。

 そうでなければ――


「わかったから、もう喋らないでくれる?」


 気が付かないふりをするか、もしくは毒に侵されたまま苦しんで生きるしかない。


「イチ――」


 市香は持てる全ての力を使ってミールを地面へとねじ伏せた。

 いささか強引になったため、ボキボキと骨の折れるおとがする。


「ぐうっ……!?」

「動かないでね」


 死んだような目でそう言うと、市香は拘束されているバーレスクたちの縄を次々と解いていった。

 音もなく、顔を歪めるでもなく、ただ涙をポロポロと落とす。


「…………」


 そうやって最後の一人の縄を外し終えると、今度は陣牢で船員たちを包み込んで空中に浮かす。


「な、なんだ……!?」

「動かないで。船まで送るだけだから。人数が多いから数人に別けてになるけど」


 一瞬にして消えていく船員たちを見て、その場にいた者は驚愕の眼差しを向けた。

 そもそも陣牢とは守るためのもので、こういった使い方がされることはありえない。人を離れた地に移転させるというのは魔力を使う以外に方法はなく、そのようなことができる者はこの世に極々わずかしかいないというのが常識であった。


「お、お、おい……本当にこれ船にたどり着いているのか……?」


 引きつった顔でそう言うマーチンボルグを見て、市香はゆっくり口角を上げると口を開いた。


「確かめてみて」


 腕の一振りでマーチンボルグの姿が消える。

 そうして次々と船員を消していると、足元から「化物」と震える声が聞こえてきた。

 一瞬、市香の動きが止まる。ゆっくり視線を落とせば、目が合った騎士が引きつった顔で小さく悲鳴を上げる。


「…………」


 それを少し見つめた後、市香は興味を失ったように視線をそらした。


「はい、最後」


 視線の先にはバーレスク。

 その顔は難しい表情をしており、何かを考え込んでいるように見える。

 何か言われるのが怖くて、市香は目を逸しながら手をあげた。


「…………」


 その手を掴まれ、動きが止まる。


「……なに?」

「お前も一緒に来るんだよなあ?」

「…………」

「……は~、ご立派なことで」


 別に行かないとは言っていないだろうが。

 そんな言葉が浮かんでは消え、小さくため息をつく。


「なら俺はナシだ」

「でも――」

「“でも”も“だって”もナシだ」

「…………」


 なんと言えば納得してもらえるのか、強制的に移動すればいいのかと市香が悩み始めたときだった。


「ああ、やはりそいつがネックだったんですね。いなくなれば元のあなたに戻るだろうかと思ったのは正解だったようですね」


 バーレスクに向けられた銃口。聞き慣れた撃鉄の音。

 何故動けるのか、何を言っているのか――聞きたいことは山ほどあったが、疑問が先に出たのか体が先に動いたのかはわからない。


「イチカ!!」


 自分で撃ったくせに。本名を呼ぶなよ。

 割れた面の隙間から見えたのは、血の気の引いた顔で市香を見るミールだった。

 ひっくり返って仰向けになり、面が地面を転がる。視線を彷徨わせれば、同じく驚愕の眼差しを向けるバーレスクが見える。それを見て「ああ、良かった。この人は撃たれていない」と思ったら心臓がギュッと痛んだ気がした。


「イチカ……!! イチカ!!」


 這い寄ってきたミールの手が震えながら市香を抱き起こし、顔をペタペタと触る。


「……よっ……よかっ……どこ、も……傷ついて……ない……面が……面で頭が守られたのか……? 本当に……良かった……」


 涙をボロボロ零しながら息を荒くする男に、市香は何を泣いているんだと内心でため息をついた。

 背骨が折られるほどの勢いで抱きしめられ、息が詰まる。


「痛いことには変わりないし、今別のところが痛いから離して」

「おい」


 地を這うような声に思わず半目になる。


「何故庇った」


 何故、か。そう言われると困る。

 市香はその問いに対する答えを持っていなかった。

 強いて言えば“体が動いた”だが、そんな答えを期待しているようには思えなかった。

 だから――


「……バーレスク、私たぶん、あなたのことが気になるんだと思うんだけど」


 そう言ってから、何だ告白みたいになってしまったじゃないかと後悔する。

 バーレスクがどんな顔をしているのか怖くて見られない。

 しかし誘惑に負けて少し視線を向ければ、バーレスクは市香が想像もしていなかった顔をしていた。


「……何その顔」


 バーレスクは答えない。

 苦虫を飲み込んだような表情を浮かべ、ただ市香を見ている。


「ねぇ、その顔やめてよ」

「副協会長殿、取り引きだ」


 市香の言葉を遮り、満面の笑みでバーレスクが言う。


「俺の船員、それからこの馬鹿を見逃してくれ」

「馬鹿? じゃなくてちょっと、バーレスク――」

「見返りは?」


 二人の男はまるでその場に市香がいないように振る舞う。


「俺の首だが?」

「人一人分の首で全員が賄えるとお思いですか? 随分とうぬぼれていらっしゃるようですが」

「随分偉そうに言うが、俺は腐っても王族だぞ」


 ぞっとするような声。

 重苦しい空気。


「王族の命が一般市民と同じ重さだと思うなよ」


 この傲慢とも思える一言で、全てが決まった。

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